縁は奇なもの素敵なもの~願孝寺茶話室~

渋川宙

文字の大きさ
23 / 53

第23話 美味しい晩御飯

しおりを挟む
「大人のお二方にはみかんの食前酒を、高校生の方には特性みかんジュースをご用意させていただいております。他にお飲み物をご用意いたしますか」
 薫子が食前酒とジュースを紹介してから、八木と亮翔にメニューを差し出した。これは追加料金が掛かるからねえと、千鶴と琴実は笑って二人を見る。がっくんもお酒メニューに興味津々で、横にいる亮翔のものを覗き見ている。
「魚料理が中心だし、やっぱり日本酒かなあ。地酒も豊富ですねえ。じゃあ、媛しずくを使った純米おりがらみを一合ください」
 八木は意外にもちゃっかり日本酒を頼む。千鶴たち未成年には聞き慣れない名前だった。
「じゃあ、俺は道後ビールのアルトで」
 そして亮翔はこの間、住職の恭敬が地ビールを飲みたいと言っていたからか、道後ビールを注文した。
「かしこまりました。すぐにお持ちします」
 薫子が去ると、八木が食前酒を手に持つ。
「じゃあ、乾杯しておこうか。君たちは親交を深めるため、俺たちは久々の再会を祝して」
 そしてそんなことを言いだした。
「もう、先生ったら」
「ああ、でもがっくん浴衣デビューだったし」
「そうだね。色々と買い物できて楽しかったし」
 千鶴たちはそう言いながらみかんジュースを手に持った。亮翔もしぶしぶと食前酒を手に取る。
「それじゃあ、乾杯」
「かんぱ~い」
 八木の音頭に続き、高校生たちが賑やかに乾杯を続ける。亮翔はクールに杯を傾けただけだった。しかし、イケメンで浴衣姿だからか、それが絵になるくらいに様になっている。
「美味しい。ポンジュースとは違う味だね」
「本当だ。濃い」
「でもすっきりしてる」
 三人が口々にジュースの感想を述べていると薫子が日本酒とビールを持って戻ってきた。
「ありがとうございます。ジュースには三種類のみかんを配合して作っていまして、季節によって種類が変わるので味も変化するんですよ。またお越しの機会がありましたら、他の季節に来てみてください。きっと違う味わいを楽しめますよ」
「へえ」
 千鶴はそれじゃあ家族旅行であの宿泊券を使う時は違うジュースが楽しめる時にしようと心に決める。琴実とがっくんも、また泊まりたいなあと笑顔だった。
「お鍋に火を点けさせていただきます」
 テーブルに日本酒とビールを置き、薫子は手早く会席のそれぞれにある小さな鍋に火を点けて去って行った。それを見て、本当に大変な仕事なんだろうなと千鶴はしみじみとしてしまう。
「百萌はいずれ女将さんになるってことは、ああやって営業トークもするんだろうなあ」
「そうよね。でも、大学に行くんでしょ」
「うん、経営の勉強をするんだって。大変だよねえ」
「でもまあ、そのご縁でここに泊れることになったんだけど」
「そうだった」
 千鶴と琴実はそんなことを言いながら、お刺身へと箸を伸ばした。どれも新鮮で口に入れた瞬間に笑顔になってしまったほどだ。がっくんを見るとこちらも笑顔。大人二人は静かにお酒を飲んでいた。
「家族旅行とも修学旅行とも違う雰囲気だね」
「そうだね」
 そう言えば九月に修学旅行があるんだと千鶴が思い出して呟くと、琴実ももっと騒がしいわよと頷いた。しかし、がっくんは溜め息だ。
「ど、どうしたの?」
「修学旅行だと男子だからなあ」
「ああ、そうか。がっくん、ファイト」
 琴実は大丈夫よと励ました。今まで誰もがっくんが女の子になりたいなんて気づかなかったのだ。誤魔化し切るのは簡単だろう。いざとならば彼女と話したいしと琴実のところに逃げて来ればいい。
「そうそう。沖縄の可愛いお土産は私たちが代わりに買っておくからね。安心して男子やってて」
 千鶴もお土産の買い物は代行するわと請け合った。この間も今日も買い物を一緒にしていて、がっくんの趣味は千鶴に近いと知っている。きっと同じものが欲しいだろうと想像できる。
「あ、うん」
 まさかの援護に、がっくんは驚きつつも笑顔だ。しかし、安心して男子をやってって何だと、しっかりツッコミを入れられる。
「ああ、そうよね。うん。でも、がっくん。大学入ったら女子一本になるの?」
 しかし、千鶴はまだ若干の混乱もあって、そんなことを言ってしまう。
「うん。そうだね。こうやって女の子として生活してると、そっちの方が気持ちとして楽だし。だから、そういうのに理解のある大学を選ぼうと思ってるんだ。将来はまだどうなるか不安が一杯だけど、ちょっとずつ頑張ろうと思う」
 がっくんはそう言って横にいる亮翔を見た。亮翔は頑張れと頷き返してくれる。ううん、いいお兄ちゃんみたいになっているらしい。千鶴としては複雑だ。そいつは二面性があるから気を付けてと言いたくなる。
「亮翔は高梨にとっていい先生なんだなあ」
 そして同じく二面性を知る八木が苦笑してそう呟いたことで、千鶴たちは思い切り笑ってしまった。亮翔はむすっとしたが、三対一では分が悪いと黙々とビールを飲んでいる。
「じゃあ、俺は担任として、高梨の条件に見合う大学を探しておくよ。高梨だけじゃなく、誰にも言えていないだけでそういうことに悩んでいる子もいるだろうし、この機会に勉強しなきゃな」
 そんな亮翔を八木も笑いつつ、いい機会をありがとうとお礼を言うのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。 漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。 陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。 漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。 漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。 養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。 陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。 漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。 仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。 沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。 日本の漁師の多くがこの形態なのだ。 沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。 遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。 内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。 漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。 出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。 休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。 個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。 漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。 専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。 資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。 漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。 食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。 地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。 この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。 もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。 翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。 この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

処理中です...