僕と変人の交遊録―赤松礼詞は超偏屈科学者―

渋川宙

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第21話 経験者は強い

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「はあ、食った食った」
「本当に食べ切ったよ、この男。糖尿病予備軍め」
 一時間後。大きなテーブルに大量に乗っかていたスイーツが綺麗に路人の腹の中に納まっていた。
 その光景を見ていた学食にいた学生たちから、パチパチと拍手を送られるほどである。これではただの大食い大会だ。
「先生って、意外と限度を知らないんですね」
 その様子に、ちくりと悠馬からツッコミが入る。
 さすがは十二歳にして大学生。そういうところは大人びていた。
「限度なんて知ったら、自分の可能性を狭めるじゃないか。何事もぶっ倒れるまでやってみる。これが大事だよ」
「スポ根?」
 ガッツポーズをして言う路人に、暁良は驚くしかない。日頃、研究室を散らかしたい放題散らかしている理由は、ひょっとしてそれなのか。
 にしても、華奢でいかにも科学者の路人からは、想像できない一言だ。あと、丸眼鏡も先ほどの発言からするとミスマッチ。
「それも、意外ですね。一色先生はどちらかというと、さらっと何事もこなす方かと」
 悠馬はよりイメージが壊れたと、額を押さえている。ううん、どっちが大人なのか、解らなくなる光景だ。
「さらっと、こなしているのは赤松の方だろ? 違うかい?」
 路人はお腹を擦りながら、どうだいと訊く。おっ、上手く話題が礼詞に向かったと、その手腕に、またしても暁良は驚く。
「どうって。日頃から無表情ですし」
 なあと、悠馬は唯花に同意を求める。まあ、そうだろうなと暁良も思うところだ。
「うん。顔の表情が動くの、見たことない」
 そして遠慮がちだがばっさりの唯花の一言。せめて笑い掛けろよと、暁良は思わず天井を見ていた。
 あいつ、そういう融通が利かないよな。ただでさえ強面なのに、整っていても怖いと暁良でも思う。
「それはそうだ。あいつは俺と話している時も、眉一つ動かさない」
「――」
 せめてフォローしろと思った暁良だが、その路人の意見に二人はちょっとほっとしたようだ。
 あれ?
「別に君たちが嫌いだから無表情ってわけじゃないんだよ。あいつも俺も、同じように大学での生活が長いからね。顔の筋肉の使い方を忘れるんだ」
 路人はそんなことを言うが、今の顔からは絶対に想像できない話だ。
 暁良は路人が数年前にやっていた講義ビデオを見たことがあるから、その無表情ぶりは知っているが、二人に想像できるのか。
「先生は、笑顔ですよ?」
 案の定、唯花から質問が飛ぶ。すると路人は暁良の肩をばんっと叩いた。
「いって」
「それは友達が出来たからだよ。君たちだって、友達とは笑顔で喋るでしょ? 寮とかではどう?」
 路人はそう身を乗り出して訊く。まるで内緒話をするかのようだ。
「う、うん」
「まあ、友達と無表情って変だし」
 二人もこそっとならば答えやすいと、それに同意した。
 なるほど、こいつも飛び級で散々苦労しているのだと、暁良はその様子に溜め息だ。あとで紀章に文句を言っておこう。そもそもは、あのおっさんのせいだ。
「だからさ。そういうものなんだよ。赤松と君たちは友達の関係じゃないだろ? それに先生だ。先生として、赤松は君たちを対等に扱っている。ちゃんと研究の議論が出来る人たちだって、認めているんだよ。いいかい?」
「――」
「――」
 その言葉に、二人ははっとした顔をした。悠馬はどこか恥ずかしそうで、唯花は解りやすく、路人から借りたクマさんぬいぐるみを大事そうに抱き締めた。
「だから切り替えが必要なんだよ。周囲の大人が常に笑顔で接してくれるわけじゃない。大学でも、先生ごとに違うんだろうけど、大体が君たちを大人として扱っているはずだ。その時は、我慢するしかない」
 さすがは先輩。アドバイスが的確。しかしこの悟りを開くまでに、一年半の逃走があったわけだが。
「わ、解りました」
「うん」
 二人はそう頷く。
「よし。たまに息抜きに俺の部屋に来ていいよ。俺たちは友達ね。講義も受け持っていないし、君たちの研究も知らない。ただ遊ぶだけ。いいかな?」
 路人がそう提案すると、二人は不思議そうに路人を見た。そしてしばらくしてから、頷く。
「ありがとうございます」
 二人揃っての感謝の言葉に、路人はどうだという顔を暁良に向けてくる。ううむ、子どもの心を掴むのが上手い。
「そのクマさんぬいぐるみはあげるよ。じゃあ、暁良。戻ろうか」
「えっ?」
 犯人探しは?
 暁良はそう思ったが、二人の嬉しそうな顔を前にして、そんな話題が出来るわけがない。
「じゃあ、二人とも。今日はありがとう。楽しかったよ。ほぼ研究室にいるから、いつでも遊びにおいで」
 路人は二人を子ども用研究室に送り届けて、そう言って別れた。二人はもう路人に懐いたようで、バイバイと手を振ってくれた。
「いいのか?」
 犯人探しはどうするんだと、暁良は廊下を歩きながら訊く。
「いいんだよ。もう起こらないだろうし、何かの拍子に話してくれるよ。犯人はあの二人のどちらとも。それが正解だと思うしね」
「なるほど」
 こういう収め方と、暁良は路人の手腕に心から感心していた。
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