科学部と怪談の反応式

渋川宙

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第34話 井戸の意外な事実

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「へえ。何だか大実験の予感だな。シャープ芯を使う場合はちょっとしょぼいかなと思ったんだけどさ」
 優我はにんまりと笑う。さすがはレーザーの出力に拘りを見せただけはある。どうやら派手な実験に興味津々なのだ。完全なマッドサイエンティスト候補である。
「取れた――!!」
 そこに林田の雄叫びが響いた。絡まって難解な知恵の輪状態だったところからACアダプタが引っこ抜けたのだ。
「こっちはもう釘も刺して準備万端です」
 亜塔が冷たい視線で林田を見ながら受け取る。
「そうだ。同時に実験するなよ。ブレーカーが飛んだら起こられるのは俺だぞ」
 林田は電子レンジと亜塔を見て注意した。こういうところだけは監督者としての顔になる。以前にブレーカを落とした経験があるのは間違いない。
「どっちが先にやりますか?」
 桜太は電子レンジの中に瓶をセットして訊く。
「お先にどうぞ。火の玉がどういうものか俺も見たい」
 亜塔はさっさと林田から貰ったACアダプタを机に投げて電子レンジの傍に来る。
「それじゃあ、念のために換気をして」
 桜太が指示すると
「窓が開いているから大丈夫だ」
 冷房が切れているせいで沢庵による塩分補給をした楓翔が突っ込んだ。
 その和気藹々としていて何のトラブルもなく実験が進んで行く様子を、廊下から覗く怪しい影があろうとは誰も思っていない。
「何だ。科学部のことだから何かやらかすかと思って待ち構えているというのに」
 怪しい影は悔しそうに言う。
「あっ、火の玉になったぞ」
「おおっ。本当に火がちぎれたりくっついたりしている」
 その科学部はしっかりと電子レンジの実験を成功させて感動していた。こうして実験は成功するものの 学園七不思議は一向に解かないのであった。




 無事に炭でのアーク放電も成功し、火花を盛大に散らした科学部のメンバーと林田はプラズマに満足していた。
「これで空振りだったのは井戸だけだな」
 片づけをしながら亜塔はそんなことを言う。しかしこのプラズマだって空振りと同じだ。結果として化学教室で見た謎の光は謎のままである。だがもう一度あのカオスな実験資料と格闘することは避けたいメンバーは黙っておいた。
「ん?井戸?」
 そこでプラズマボールを片付けていた林田がなぜか反応した。
「北館の裏の森っぽいところにあるじゃないですか。目的不明の井戸が」
 何か情報でも持っているのかと、桜太は電子レンジの片づけをしながら説明した。本当は井戸ではなく貯水タンクだろうという結論になっていたが、見た目が井戸っぽいのでどうしても井戸と言ってしまう。しかし貯水タンクだろうが井戸だろうが水を汲み上げるものがないとおかしいというのに、それがなかったので使途不明だ。
「ああ、あれね。ちゃんと井戸に見える?よかった」
 林田はもさもさ天然パーマを揺らしながら安堵の表情を浮かべた。これには科学部全員が首を傾げる。しかもちゃんと見えるとはどういうことか。
「あの、あれは井戸ではないということですか?」
 興味が勝ってしまった楓翔が質問する。あれが井戸ではないとすれば何なのか。ここは学校の地質調査をしたい楓翔には大きな問題だった。
「そうだよ。あれが必要になったのは俺がこの学校に来て二年目だったかな。急にあの森の中に穴が出来たと大騒ぎになったんだよ」
 林田は答えつつもにやりと笑う。そして楓翔に近づき始めた。楓翔とはまだ熱い抱擁を交わしていないことを思い出したのだ。林田にとって熱い抱擁は男同士の友情の証である。
「穴、ですか?」
 身の危険を察知した楓翔はじりじりと下がり始める。その顔にはなぜ近づいて来るんだ天パという悲鳴が書かれていた。しかも話題が穴というのが暗示的な感じで嫌である。
「初めは生徒が知らない間に掘ったもので、悪戯だと思ったんだけどね。それにしては深いからおかしいなという話になったんだ。で、次に考えたのは地盤沈下というわけだ」
 逃げる楓翔を追いつつ林田は説明を続ける。林田の目はどうして逃げるんだと子犬のように訴えているが、楓翔はそれで止まろうとは思わない。そして他のメンバーは静観を決め込んで助けようとしなかった。
「おおい。林田は別にゲイじゃないぞ」
 本格的に鬼ごっこを始めた楓翔に向けて、莉音がそんなことを言う。しかしゲイかどうかは今は問題ではない。抱擁が嫌なのだ。
「ゲイじゃなかったのか」
 意外だなと思った桜太はそんな感想を漏らしてしまう。あまりに男子ばかり追い駆けるのでアイドル好きはフェイクかと思っていたところだ。それにしても気に入られている莉音が率先してその可能性を否定するというのが変な構図だ。
「そう。俺も気になって確認したからさ。どうも理系で自分と同じ匂いのする男を発見すると同士として過剰に反応してしまうらしい」
 莉音が本気で逃げる楓翔を目で追いつつ言った。林田も諦めが悪く必死に追い駆けている。
「同じ匂い」
 抱き付くことを許してしまった桜太は複雑な心境だった。股間を蹴って悪かったなという思いもあるが、あのもさもさ天然パーマに同士と認められたかと思うと落ち込む。変人との自覚はあるが、なぜか林田と同類項は避けたかった。
「助けてくれ」
 全力で逃げるのに疲れた楓翔は桜太の背中にしがみついた。優我がこの手段で逃げ切っていたので自分もというわけである。
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