双子協奏曲

渋川宙

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第31話 真実は天文台でー前編ー

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 龍翔はもう大丈夫だろうと、ゆっくりと彼に近づいた。それに気づき、彼は顔を上げる。
「若宮先生」
「ちょっといいかな」
 こちらも動転していて全く黒子の位置の違いに気づいていない。これで推理もしやすいというものだ。龍翔は外に出ようと彼――駆を連れ出した。行き先はもちろん、天翔の待ち構える天文台室だ。この天文台を訪れるのは初めてだが、大体の構造は頭に入っている。
「先生。あの」
「うん。あれはどういうことだろうね」
 龍翔は先を歩きながらそう問い掛ける。それに対し、駆はちょっと顔を引き攣らせた。
「どういうって」
「あそこが密室だったのは間違いないよ。もし鳥居先生があの刑事の言うとおりにスペアキーを用いていたというのならば、たまたま持っていたということにしてドアを壊す前に出せばいいからね。四人がかりで引っ張らないと開かないドアだし、それにむやみに壊す必要はないと考えるはずだ。その場にいた全員が、あの時にはドアは閉まっていたと証言してくれる。それに職員証を奪われたままにするというのも不注意過ぎるからね。それに最初の事件を鳥居先生が行いのは実質不可能だ。ずっと大雨の対策でミーティングルームにいたことは、誰もが知っていることだからね」
 だからどういうことだろうと、龍翔はそこで駆の方を見た。その目は様々な動揺で揺れている。一番の動揺は天翔に気づかれたかもしれないことだろう。今も龍翔の視線からすぐに顔を背けた。それを確認した龍翔はまた歩を進める。もうすぐ天文台室に繋がる階段だ。
「というわけで、これは最初の事件から検証しないことには間違った結論を導くというわけだ。最初の被害者は小杉圭太君。彼はここの研究員で普段は鳥居先生のところで研究をしている。そして君と仲がいい。ここが一つのポイントだろう。今、俺を巡って様々な推測がされている。当然、君も気を揉んでいた。だから仲のいい小杉君から鳥居先生は俺をどう処遇しようと考えているか、あそこで煙草を吸うついでに聞き出そうとした。違うかな」
 駆はそう問われ、大きく目を見開いた。今の問いかけはどう考えても、駆が犯人だと言っているも同然だった。
「どう考えても最初の小杉君の事件は計画性のあるものではない。もっと言えば、二つ目の久保君の事件もそうだ。いや、久保君の件は一つ目の小杉君の事件が起こらなければなかったことだった。しかし突発的であったことは否定できない。あの惑星ボールは単なるミスリードかと思ったけど違った。そういうことだよね」
 龍翔はそう言いながら天文台室に繋がる階段を上がり始めた。駆は僅かに立ち止まったものの、どういう推理をしたのかが気になるのだろう。結局は黙って従う。
「あれは薬のやり取りで使われていたものだったんだ。それも新しいものをね。つまりあれが現場に落ちていたのは連続性を示すものではなく、共通点を示すものだった。まあ、普通は土産物として売られているものだから気に留めないと判断して現場に残していたのだろう。で、問題はこれが新薬であるって方だね。だからこそ諍いが起こってしまった。君は新薬をダシに小杉君から話を聞きだそうとしたんじゃないのかい。しかし彼は吸うのを優先させろと訴えた。まあ、自分も吸うつもりだからと、君は軽く許可したんだろう。しかしそれが間違いだった。効果が出過ぎたという言い方が正しいのか解らないが、小杉君は酩酊状態に陥ってしまった。しかもそう簡単に抜けそうにないものだった。焦った君はどうにかしなければと思ったことだろう。下手に坂井先生に弱みを握られて俺に迷惑が掛かるような事態も避けたかった。坂井先生もあの給湯室でよく吸っていたんだろ。夕食を作っている時に現れたのは、吸うタイミングを見計らっていたためだ。あの状況で研究室に戻ることは出来なかったからね。だから、すぐにばれるのではと焦りはより強かったはずだ。しかし、ばれずに酩酊状態の小杉君を隠すのは不可能だった。外に出られないし、交代で起きていることになっているからね。いないとばれてしまう。そう、殺してしまう以外はね」
 龍翔はそう言うと天文台室のドアを開けた。ここは研究者として絶対に守るべき場所だ。そこでの話し合いが持つ意味は、普通の部屋でするよりは重い。それを考えてここを選択したのだ。
 中はしんと静まり返り、物音ひとつしない。天翔は上手く隠れているようだ。龍翔は大きな天体望遠鏡を見上げると、ほうっと息を吐き出していた。日頃は実験器具とは無縁のせいか、こういうものを見た時の反応は一般人と変わらない。
「先生。どうして小杉が酩酊状態だと」
 黙り込んだ龍翔に、駆は焦れたようにそう訊ねた。まだ何一つ証明されたわけではないと、説明の続きを促す。
「それは表情さ。刺されても笑顔というのはどう考えても無理だからね。小杉君に自殺願望があったというならば別かもしれないが、こんな大雨の日、それも全員が揃っている状況下で殺してくれと願うことはないだろう。というわけで、笑顔の説明は他にないと思うね。それに他の二人も共通して同じ顔をしていた。相当な幻覚作用があるみたいだね」
 これ以上に強力な証拠はないよと龍翔は顔を見なかったのかと不審に思う。しかし駆は今知ったとばかりに驚いていた。それだけ意識は煙草として吸っていた薬に向けられていたということか。それとも、殺人という異常事態に判断能力が鈍っていたのか。
いや、自分も吸っていたはずだから、笑顔というのが当たり前になってしまったのかもしれない。もしくは駆自身も表情の見分けがつかないほどに酔っていたか。しかし、幻覚作用の強さは自覚していたようだ。それ以上の反論はない。
「あの殺人が必死だったと解る理由はもう一つ。死体の顔周辺が濡れていたという事実だ。ともかく煙草の火を消さなければと焦る君は、鍋で汲んだ水を小杉君にかけた。そして無事に火が消えた煙草状の薬を君は回収する。日頃から喫煙習慣があるのならば携帯灰皿は持っているはずだからね。そこに隠しておけばいい。というわけで、最初の殺人は単なる事故のようなものだった。そう犯人は思っていることだろう。そしてそれが使えるかもしれないとも考えた。つまり強い幻覚作用が出ることを知り、これを使えば目の上のたん瘤である坂井先生を消すことが出来るかもしれない。そんな恐ろしい考えが浮かんでしまった。しかし単に小杉君に作用しやすいだけかもしれない。ああいうものに限らず、薬というのは個人差があるものだ。そこで、恐ろしいことだが君は薬仲間である久保君で試してみることにした。新薬と聞けば飛びつくだろうとの思いもあり、実験そのものは穏やかに進んだはずだ。しかし思いのほかすぐには効果が表れなかったんじゃないかい。そこで君はもう一本吸ってきてはどうかと勧めた。単に一本分では無理で、二本以上吸えば効果が出ると解れば計画を止める必要はないと考えた」
 それがミスだったのだ。二本目、こっそりと外で吸うはずが秀人は待ちきれずに、よりによって薬のやり取りに使っている惑星ボールの売っている土産物店の前で吸っていた。それだけでも駆は大いに慌てただろう。しかも、あろうことかそのタイミングで幻覚作用が出てしまった。
「一件目の小杉君の時とは異なり、いつ一緒に煙草を吸っていた坂井先生が来るか解らない状況だ。君は一刻も早く久保君の息の根を止める必要に迫られた。しかし給湯室とは異なり近くに凶器となるものはない。そこで目に留まったのが天体望遠鏡だった」
 そこで駆の肩が初めてびくりと震える。これこそ見抜かれるはずがないと思っていたことなのだろう。天文学者が間違っても天体望遠鏡を使って人を殺すはずがない。そういう前提があるはずだと、自らそれで殺した駆でさえ思っているのだ。
「その時に使われた天体望遠鏡は坂井先生の部屋で見つかっているよ。机の中に隠していたという杜撰さから、前の二件の殺人は坂井先生に押し付けるつもりだったってところかな。包丁が一件目に用いられたものだったことからも、事件をどうにか坂井先生一人に結び付けたかった」
 それはおそらく、駆の中では確実に成立するはずのことだった。たった一人でいた部屋で恵介は命を落とすのだ。何事もなければ自殺に偽装することは可能だった。事実、恵介が悲鳴を上げたのは刺されたからではない。
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