兄貴は天然准教授様

渋川宙

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第12話 本棚に気を付けろ

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 その日の昼。昴はちょっとだけ後悔していた。それは手伝うことを承知したことではなく、あの後すぐに寝なかったことだった。どうにか翼に展開を読まれないようにしたいのだが、何も思いつかなかったのだ。そして気づいたら朝の七時だった。
 それはいいとして、まさか手伝いの内容がこんなものとはと、昴は額を伝う汗も拭えない状況に苦労する。季節はすでに梅雨入りを果たし、じめじめと暑くて仕方がない。そこにこの力仕事だから、額からはだらだらと汗が流れていた。
「う、重い」
「もう少しだ。この階段を上り切れば、二宮先生のところにすぐだからな」
 そう声を掛けてくるのは翼、ではなく理志だ。現在、二人して大きな本棚を抱え、階段を上っている最中だった。
「こんな体力仕事だと言わなかったぞ、あの兄貴」
「まあ、言わないだろうね。自分が運びたくないんだもん」
 そしてあっさりと翼の肩を持つ理志。いいのか、いくら立場はあちらが上とはいえ、同い年なんだぞと、何故か昴が心配してしまう。
 どうしてこうなったのか。どうやら問題は昴が会いたい人、二宮慶太郎にあるらしい。いわく本棚が倒壊したのだという。しかし翼に言わせると、自重により崩壊したということだ。どっちにしろ、碌な理由ではない。要するに本を詰め込み過ぎたのだ。それにより、今まで使っていた本棚が使えなくなり、急遽新しい本棚に入れ替える必要が出来た。
 で、倒壊した本棚の片付けと新しい本棚の設置。これが昴に回ってきた仕事だった。というのも、本棚を新しく買う予算がなく、大学の中で余っているもので賄うしかない。そこで一階から研究室のある五階まで運ぶ要員がいるとなったのだ。倒壊した本棚はばらして運べるが、新しい本棚はそのまま持って上がらなければならない。非常に重いうえに大きい。
「本棚って、壊れるんですね。俺、気を付けよ」
「いや、本棚を平気で破壊するのは、お前の兄貴とあの先生しかいないよ。二人揃って限度を知らないからな。まあ、そのおかげで二人とも俺と同い年なのに准教授なのかもしれないが」
 ははっと虚しく笑う理志。やはり気にしていたのか。そう言えばこの人だけどうして講師なのだろう。ポストが空いていなかったのか、何か負ける要素があるのか。詳しく知らないが、二人と親友であることから能力に大きな差はないはずだ。よく考えると不思議な感じはある。
「まあ、あれだけの本を一か所に入れようなんてしませんよね」
 片付けた本の量を思い出し、昴も溜め息を吐いた。そして二人が大の親友同士だったいう事実が追い打ちを掛けてくる。ああ、あの分野に進むのは止めようかな、そう真剣に悩むところだ。というより、物理学者ってどうしてこうずれた人ばかりなのかと悩んでしまう。出来れば同類項に分類されたくなかった。が、将来確実に学者にならないと決めたわけでもないので複雑だ。
「お疲れ。そこの角に気を付けてくれ」
 そんな悩みを提供する二人組、もとい二人の准教授は、手伝いもせずに階段の上からそう言ってくれた。代わってあげようという優しさはない。もちろん何もしていないわけではなく、廊下に出した本の分類をしているのだ。このまま同じ量を詰め込めば、また本棚が壊れてしまう。そこで要らない本は図書館に寄贈することになっていた。
「はい」
 そして角というのは、階段を上ってすぐの曲がり角のことだ。ここに慶太郎の部屋から運び出した本の一部が積まれている。倒したら大惨事だ。注意されるまでもなく、拾いに行く羽目になるのは自分たちだから慎重になる。
「いやあ、助かったよ。月岡に相談して代わりの本棚が見つかったまでは良かったんだけど、まさか一階にあるとは。これは本当に困ったと思ってね」
「そ、そうですか」
 にこにこと言う慶太郎に、何だか毒気を抜かれてしまう。それにしても誰かいなかったのか。学生や院生を捕まえれば簡単に話が済むだろうに。この人もまたずれているのだ。
「よいしょっと」
 外開きに開くドアに注意しながら本棚を運び入れ、無事に研究室の中に本棚を設置し終え、昴はもう無理だとその場にへたり込んだ。徹夜明けの身体にこの肉体労働は辛い。設置場所が入り口付近で良かったと、そこだけはほっとする。何故か本棚は、妙に部屋の左寄りに設置されたのだ。空間は大きく空いているのだから真ん中に置けばいいのにと、昴は肩を揉みながら考える。
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