兄貴は天然准教授様

渋川宙

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第18話 取り調べは慶太郎から

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 最初に呼び出されたのは慶太郎だった。
「なんか、お前に話すというのは変な感じだな」
 その慶太郎は翼と昴を見て、何だか複雑だなという顔をする。たしかに同級生だったという理由で捜査に参加させられているのだ。奇妙でしかない。
「気楽に話せるだろ。被害者の女性はどういう人だった」
 そして気にしない翼。今回もまた、翼が取り調べを仕切る形で始まってしまう。
「どうって、優秀な研究者になるはずの人だったよ。俺とはまた違う素粒子のアプローチを研究していたんだ。非常にいい研究だと、俺も素直に認めるものだった」
 慶太郎はそう言って大きな溜め息を吐く。これは本気で期待していたようだ。それに翼は惜しい人を亡くしたなと、素直な感想を述べる。研究に関して、翼の意見はいつも真っ直ぐなのだ。
「ああ。しかし、私生活で気になるところがあったのも、その」
 言っていいのか。そこで躊躇いが生まれたようで言葉が止まる。そして視線は翼から、真ん中に座る麻央へと動いた。警察に聞かれていい話だろうかと考えているせいだ。
「捜査に関係あると判断したら話してくれ」
 そして麻央は男気ある言い方をする。なるほど、黙っていることも可能だと示すことで、逆に話を引き出す作戦なのだ。
「その、付き合っていた彼のことです」
「ふうん」
 これは翼の声ではなく、麻央の声だ。ありがちな展開だなという思いがあるようだ。どういうわけか、優秀な女性ほどどうしようもない男に引っ掛かりやすい。そう思っているのがありありと解る反応だった。
「付き合っていたのは、同じ研究室の人ですか」
 その冷たい雰囲気で取り調べが止まっては困ると、すぐに後ろにいた利晴が質問をした。それに慶太郎は小さく頷く。
「ということは」
 どっちだと、先ほど集まっていた二人を思い出す。一人は第一発見者の崇司だ。そしてもう一人はここの研究員の山田信輔だと、先ほど知らされた。たしか二十七歳。年上か年下か。昴はどちらだろうと首を捻った。どちらとも、藍に釣り合っていないように思えるのだ。というのも、凄い形相で亡くなっていても美人と解る人物だった。一方、彼氏候補の二人はぱっとしない見た目だ。これは別に翼と比較したわけではなく、印象がそうだったというだけである。
「その、山田君と、です」
「じゃあ、そいつが犯人だろうな」
 あっさりと麻央がそんなことを言う。慶太郎の顔がより真っ青になることなんて気にしてもいない。
「ただ、どうやって殺したか、今のところ不明だぞ。証拠もない。自白するとは思えないな」
 それに対し、翼が建設的な意見を述べる。ううん、何だか変な状況だ。昴は素人じゃないんだからと、思わず麻央を睨んでいた。
「女のガードが甘いから、いつまでも下に見られるんだ。自業自得だな」
「いや、私情でやる気を失くさないでください」
 どうして自分が窘める羽目に。そう思いつつも昴が窘めた。後ろで利晴がナイスと親指を立てていることは無視する。うちの地域の警察に不安を覚えるだけだ。
「犯人を仮定した状態で取り調べをしても無駄だな。ここは二宮に全面的に協力してもらうしかないだろう」
 やれやれと、翼はそう慶太郎に提案する。すると自分の発言で信輔に不利となるのは困ると、協力することと承諾するしかない。
「ではまず、本棚の位置が変わったのはどうしてだ」
 そしてさっさと続きに入る翼。それを横で見ている昴からすると、奇妙な展開のようで実はこれが狙いだったのではと疑いたくなる。実際、麻央はもう普通の顔をしていた。文句も吐き出せてすっきりしたという顔にも見える。
「本棚の位置。さ、さあ。昨日の夜、研究室を出た段階では何も変化がなかったが、何か変わっていたのか」
「ああ。入り口にあったものが、どうしてか部屋の真ん中あたりに移動していた。あの壁沿いは他の物がなかったからな。誰かが横に引っ張ったのかもしれないぞ」
 そう指摘されても、そんなはずないがと慶太郎は首を捻っていた。本当に知らないようだ。嘘を吐いているとは思えない。
「実際に動いているんです。どうしてでしょう」
 そこで昴が別の訊き方に変える。動いた理由。それがどうしてなのか。状況が示すのは一つだ。
「殺人に利用した。しかしどうして。それに、本棚は倒れてなかったよな。それくらいは気づく」
「そう。そのとおりだ。つまりあれは重石代わりに使われた。そこにあの謎のバケツ、それに割れた窓ガラスだ。そこからトリックを崩していくしかない」
 そこで翼はにやりと笑う。その顔は明らかに凶悪で、そしてすでに何かを掴んでいる顔だった。
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