兄貴は天然准教授様

渋川宙

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第26話 無理難題

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 放火事件の被害者は、宮下七海という名の女性だった。この大学の研究員であるらしく、学生ではなかったということだ。それは夜、麻央がメールはまどろっこしいと電話したことで知ることになる。
「また研究に絡んでいる可能性があるってことですよね?」
 翼に聞かれるわけにはいかないと、昴は自室に引き上げてから電話を取った。そして最も気になっていることを訊いた。
「そうだな。その可能性は排除できない。ただ、こちらもお前に相談したものの決定打が掴めないままだ。山田は研究に関しては頑として口を割ろうとしない。まあ、それだけ黙秘するということは、何かあったと考えるのが妥当だけどな。しかし黙秘権を行使されては、こちらも無理やり聞き出せないよ」
 最近は取り調べで何かあると問題になるから無理は出来ないと、麻央は恐ろしいことを言う。時代が変わって良かったと、心から思った。
「でも、どういう不正だったんですか。しかもそれを利用して殺人なんて、普通に考えてもおかしいですよね。被害者の側も何か疚しい点があるってことですか?」
 しかしそこまで裏で何かやっている奴がいるという推理に拘る理由が解らなかった。するとそうだよと、麻央はあっさりと認めた。
「最初の奈良に関しては解っているだろ。あいつは大学の新入生をカモにして、荒稼ぎをしていた。次の菊池に関してだが、どうやら研究費を不正に流用していたらしい。それも他の研究者のものを自分のものとしてやっていたという。で、使った先はどうやら男のようだな。それが山田かどうか、まだ断定はできていない」
 つまり被害者はどちらも金銭面で問題を抱えていたということか。それも、どちらも不正に利益を得ていた人物だ。そしてどちらも、大学にとっては不利益となる要素を含んでいる。
「たしかに、何の繋がりもないと考える方が難しくなりますね」
 なるほど。様々な共通項があるわけだ。しかしそれを繋ぐ人物が誰なのかは不明のまま。気になるのは慶太郎だが、あの顔は不正を知っていて天罰だと思った可能性だってあるのだ。
「しかも被疑者はどちらも理系の人間だ。分野の差こそあれ、どうにも気になる要素の一つだな。それに、月岡のいる大学だし」
 いや、最後は考えなくていい要素でしょと、ここで翼が出て来ることにドキッとしてしまった。思わず振り返って、翼が背後にいないか確認してしまう。幸い、ここに上がってくる段階で翼は遅い晩御飯を食べているところだった。まだ終わっていないのだろう。
「兄貴は関係ないでしょ」
「まあな。これはたまたまだ」
 解ってたのかと、麻央に遊ばれていることに気づいてむっとしてしまう。やはり翼の友人だ。
「そう言えば、川島さんって兄貴と同級生ですよね。二宮さんと秋山さんのことは知っていますか」
 こうなったら別の切り口だと、慶太郎と理志のことは知っているかと訊いてみた。すると理志の方は知っているという。
「そいつは同じ大学だ。一、二年の時は文理の差がないからな。よくつるんでいたよ。何の因果か月岡の部下とはな。人生、何があるか解ったものではない」
 あっちが同級生かと、当てが外れた気分だ。慶太郎だったならば、昔からの因縁でとか考えられたのに。
「どうした。その二人が気になるのか。たしか二宮というのは、この間の事件があった研究室の奴だな」
「ええ、まあ」
 どこまで言っていいのだろうかと悩んでしまう。仮にも相手は警察官だ。さらに言えば警部。結構偉い人でもある。
「そうだな。ちょっと調べてみよう。お前は兄貴に探りを入れておけよ」
「えっ、ちょっと」
 さらっと無理難題を言ってくれる。しかも抗議する前に切られてしまった。どれだけ難しいことか、言っている麻央も解っているわけだ。
「しかもさあ」
 今日の昼間に怒らせると怖いという話を聞いたばかりだ。出来ればこのミッションの後に知りたかった情報である。どう話し掛け、どう訊けば怒らせないのか。そんなことばかり考えてしまうではないか。
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