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第3話 曇り空の出発
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「ふうん。まあ、学者先生たちのとりまとめはお前たちに任せる。佐久間の名前を出せば、大学の協力くらい得られるだろうよ。が、予算が潤沢だとか、どれだけ研究してもいいとか、そういうことは言わないでくれよ。
このプロジェクトは祖父さんが生きている間だけだ。一応は祖父さんの興味を満たしてやる。これまでの功績を称えてな。だが、それまでだ。今からあそこに作った研究施設を買い取ってくれる大学か研究機関を探しておかないと」
「そうだね」
同意しつつも、よくそんなに簡単に切り捨てられるなと呆れてしまった。
本当に基準が損得しかないかのようだ。いかにも佐久間の人間という感じがして、倫明は思わず溜め息を吐いてしまう。
「なんだ。文句あるのか?」
「いいや。俺も受験があるし、将来的には海外でやりたいからね。あそこを維持することに積極的にはなれないよ」
しかし、こちらとしても反対する理由はない。倫明はそれじゃあと、余計なお小言が始まらないうちに電話を切った。
まだまだ高校生や大学生たちに打診の電話を入れなければならないのだ。それなのに、割って入るように聡明の電話があったのだ。おかげでげっそりと疲れてしまう。
「はあ。ともかく、小宮山の協力を得られたのは大きいか」
これだけでも成果だな。
倫明はそう自分を納得させると、リストの残りに打診の電話を掛け始めたのだった。
予定では七月二十五日だったが、台風が発生したために出発は一日早まり、二十四日へと変更になっていた。しかし、それ以外は問題なく一か月間の研究はスタートを切ろうとしていた。
「台風が来るって解っているのに、その通り道の小笠原に行くなんて、ナンセンスよね」
「まあな。とはいえ、俺たちのやる研究なんて室内だからさ。島にさえ渡ってしまえば問題なしって判断は妥当だね。下手に出発を後ろに倒して、全くいけませんって状況になるよりはマシってことだな。せっかく一か月もの間を研究につぎ込むって決めて、学校の宿題を終わらせてきたんだし」
その二十四日。どんよりと曇った空の下、朝飛と美樹は佐久間財団が用意した船の上だった。大きな船で、長距離航路も走れそうなものだ。そのデッキから灰色の空と黒色の海を見ながら、これからのことに溜め息を吐いてしまう。
「悪いね。まさか台風が来るなんて」
そんな二人に、後ろから声を掛けてきたのは倫明だ。倫明はシャツにジーンズと、動きやすさは重視している格好だった。
倫明は朝飛と違って美形というより、素朴で可愛らしいという印象を受ける男子だ。
美樹は全くタイプが違うのよねと、会うたびに思っていた。どうして仲がいいんだろう。どこに意気投合する点があったのか、そんな疑問も浮かぶ。
「台風は自然現象だから仕方ないけどな。しかも小笠原諸島の近くなんて台風の通り道だし、いつを出発日に設定しても、この問題は回避できないよな」
「それを言わると身も蓋もないって感じだけど」
朝飛のフォローになっていない一言に、倫明は苦笑する。でも、呼んでよかったと、何でもないと言ってくれる朝飛に倫明はほっとしてしまう。他はあまり知らない相手ばかりで気を遣ってしまうが、こうして笑い飛ばしてくれる奴がいるだけでもほっとするものだ。
「大変そうね。お祖父さんの興味から始まった研究でしょ」
さらに美樹からもそう気遣われ、倫明は苦笑していた。
「まあね。死ぬ前に好きなことに金を使いたい。それが祖父の口癖だったから。まさか島を買ってそこに研究施設と加速器を作っちゃうとは思ってなかったけどね」
「そうだな。出来れば衛星を打ち上げるあたりで思い留まっているレベルだとよかったのにな」
「おいおい」
美樹の気遣いを一気にひっくり返すような朝飛の一言に、倫明はさらに苦笑してしまう。が、朝飛の意見はとても妥当だ。
宇宙の始まりを知りたいのならば、加速器ではなく衛星や電波望遠鏡でよかったのでは。それは佐久間一族の誰もが思っている。特に聡明と、父で現社長の啓明はそうだ。
「確かに人工衛星くらいが妥当だね。しかし、それでは佐久間繁明の名に懸けて許せない。そういうことじゃないのかね。何でも先進的なことでなければ気が済まない。そういう人だったんだろ」
そこに割って入ってきたのは、朝飛の高校の先輩で、すでに大学生の足立信也だ。
「先輩、お久しぶりです」
「よっ、朝飛。お前も参加するって言うから参加したよ」
朝飛が欧米人のように手を挙げて挨拶すると、信也も笑顔でそれに応じた。昔から気やすい人なのだ。
「本当に、小宮山に参加してもらえて助かったよ。高校生も大学生も最初渋った返事だったけど、お前がいるというと大体は納得してくれたんだよ」
「おいおい。そんなことはないだろう」
「あるよ。小宮山はあちこちで有名人だからね。高校生ながら大学教授を論破したことは、武勇伝として多くの人が知っているし、他にも色々やってくれているじゃん」
倫明は知っているぞと、にやりと笑う。
それに朝飛は遠い目をし、美樹はやれやれと溜め息を吐いた。
その色々が、大問題なのだ。毎回なぜか巻き込まれてしまう美樹としては、そちらの活躍はない方がいい。
「それにしても初期宇宙を作り出す、か。CERNであったような反対運動が起きそうな話だよな」
それよりもと、信也は話題を切り替えてそう三人を見た。確かにと、それに三人ともが頷く。
というのも、CERNがヨーロッパの地下に作られるとなった時、その出力の大きさから小さなブラックホールが出来るのではないかと話題になったことがある。それに伴い、ヨーロッパが壊滅するような機械は作るべきではないと反対運動が巻き起こったのだ。
この騒動には科学的な根拠を示し、ブラックホールが生み出されたとしても一瞬で蒸発してしまうと説明して収束に至った。
「ホーキング放射を用いての説明だったな。これは今回の研究で最も難点になる部分じゃないか」
「そうですね。因みに建築の反対はなかったというより、個人所有の島でのことですし、周囲を海に囲まれているということもあって、何の騒動もありませんでした」
信也の質問に答える倫明は、取り敢えず問題はなしですよと苦笑する。おそらくあれこれ無理があったのだろうが、それは佐久間ホールディングスの力で何とかしてしまったというところか。
「そう言えば、今回のことって企業としては絡んでくるのか」
朝飛がそう質問すると、倫明は困った顔になる。それはつまりイエスということか。
「一応は祖父の資産からってことになってるけど、さすがに黙って何億と使わせるわけにはいかないと、親族が動いているよ。相続関係の問題もあるしね。金が絡むと色々と大変だよ」
「ははあ。世知辛いねえ」
「まあね。すでに島には企業側からお目付け役が何人か入っているんだ。しかも一番反対している兄の聡明と、父の懐刀のような斎藤って人も来ているから、そこは注意してくれ」
丁度よく話題が出たからと、倫明は注意すべき二人の名前を挙げておいた。この二人の前で適当な発言を控えてほしい。そうしないと色々とややこしい。それだけ注意すれば、後はのびのびと研究してもらって構わなかった。
「なるほどね。怖い監視がいるわけか」
それに対し、信也が茶化すように笑う。が、その目は真剣だ。こういう場合の難しさを、信也も研究室で経験しているのだろう。
「あ、あれじゃない?」
このプロジェクトは祖父さんが生きている間だけだ。一応は祖父さんの興味を満たしてやる。これまでの功績を称えてな。だが、それまでだ。今からあそこに作った研究施設を買い取ってくれる大学か研究機関を探しておかないと」
「そうだね」
同意しつつも、よくそんなに簡単に切り捨てられるなと呆れてしまった。
本当に基準が損得しかないかのようだ。いかにも佐久間の人間という感じがして、倫明は思わず溜め息を吐いてしまう。
「なんだ。文句あるのか?」
「いいや。俺も受験があるし、将来的には海外でやりたいからね。あそこを維持することに積極的にはなれないよ」
しかし、こちらとしても反対する理由はない。倫明はそれじゃあと、余計なお小言が始まらないうちに電話を切った。
まだまだ高校生や大学生たちに打診の電話を入れなければならないのだ。それなのに、割って入るように聡明の電話があったのだ。おかげでげっそりと疲れてしまう。
「はあ。ともかく、小宮山の協力を得られたのは大きいか」
これだけでも成果だな。
倫明はそう自分を納得させると、リストの残りに打診の電話を掛け始めたのだった。
予定では七月二十五日だったが、台風が発生したために出発は一日早まり、二十四日へと変更になっていた。しかし、それ以外は問題なく一か月間の研究はスタートを切ろうとしていた。
「台風が来るって解っているのに、その通り道の小笠原に行くなんて、ナンセンスよね」
「まあな。とはいえ、俺たちのやる研究なんて室内だからさ。島にさえ渡ってしまえば問題なしって判断は妥当だね。下手に出発を後ろに倒して、全くいけませんって状況になるよりはマシってことだな。せっかく一か月もの間を研究につぎ込むって決めて、学校の宿題を終わらせてきたんだし」
その二十四日。どんよりと曇った空の下、朝飛と美樹は佐久間財団が用意した船の上だった。大きな船で、長距離航路も走れそうなものだ。そのデッキから灰色の空と黒色の海を見ながら、これからのことに溜め息を吐いてしまう。
「悪いね。まさか台風が来るなんて」
そんな二人に、後ろから声を掛けてきたのは倫明だ。倫明はシャツにジーンズと、動きやすさは重視している格好だった。
倫明は朝飛と違って美形というより、素朴で可愛らしいという印象を受ける男子だ。
美樹は全くタイプが違うのよねと、会うたびに思っていた。どうして仲がいいんだろう。どこに意気投合する点があったのか、そんな疑問も浮かぶ。
「台風は自然現象だから仕方ないけどな。しかも小笠原諸島の近くなんて台風の通り道だし、いつを出発日に設定しても、この問題は回避できないよな」
「それを言わると身も蓋もないって感じだけど」
朝飛のフォローになっていない一言に、倫明は苦笑する。でも、呼んでよかったと、何でもないと言ってくれる朝飛に倫明はほっとしてしまう。他はあまり知らない相手ばかりで気を遣ってしまうが、こうして笑い飛ばしてくれる奴がいるだけでもほっとするものだ。
「大変そうね。お祖父さんの興味から始まった研究でしょ」
さらに美樹からもそう気遣われ、倫明は苦笑していた。
「まあね。死ぬ前に好きなことに金を使いたい。それが祖父の口癖だったから。まさか島を買ってそこに研究施設と加速器を作っちゃうとは思ってなかったけどね」
「そうだな。出来れば衛星を打ち上げるあたりで思い留まっているレベルだとよかったのにな」
「おいおい」
美樹の気遣いを一気にひっくり返すような朝飛の一言に、倫明はさらに苦笑してしまう。が、朝飛の意見はとても妥当だ。
宇宙の始まりを知りたいのならば、加速器ではなく衛星や電波望遠鏡でよかったのでは。それは佐久間一族の誰もが思っている。特に聡明と、父で現社長の啓明はそうだ。
「確かに人工衛星くらいが妥当だね。しかし、それでは佐久間繁明の名に懸けて許せない。そういうことじゃないのかね。何でも先進的なことでなければ気が済まない。そういう人だったんだろ」
そこに割って入ってきたのは、朝飛の高校の先輩で、すでに大学生の足立信也だ。
「先輩、お久しぶりです」
「よっ、朝飛。お前も参加するって言うから参加したよ」
朝飛が欧米人のように手を挙げて挨拶すると、信也も笑顔でそれに応じた。昔から気やすい人なのだ。
「本当に、小宮山に参加してもらえて助かったよ。高校生も大学生も最初渋った返事だったけど、お前がいるというと大体は納得してくれたんだよ」
「おいおい。そんなことはないだろう」
「あるよ。小宮山はあちこちで有名人だからね。高校生ながら大学教授を論破したことは、武勇伝として多くの人が知っているし、他にも色々やってくれているじゃん」
倫明は知っているぞと、にやりと笑う。
それに朝飛は遠い目をし、美樹はやれやれと溜め息を吐いた。
その色々が、大問題なのだ。毎回なぜか巻き込まれてしまう美樹としては、そちらの活躍はない方がいい。
「それにしても初期宇宙を作り出す、か。CERNであったような反対運動が起きそうな話だよな」
それよりもと、信也は話題を切り替えてそう三人を見た。確かにと、それに三人ともが頷く。
というのも、CERNがヨーロッパの地下に作られるとなった時、その出力の大きさから小さなブラックホールが出来るのではないかと話題になったことがある。それに伴い、ヨーロッパが壊滅するような機械は作るべきではないと反対運動が巻き起こったのだ。
この騒動には科学的な根拠を示し、ブラックホールが生み出されたとしても一瞬で蒸発してしまうと説明して収束に至った。
「ホーキング放射を用いての説明だったな。これは今回の研究で最も難点になる部分じゃないか」
「そうですね。因みに建築の反対はなかったというより、個人所有の島でのことですし、周囲を海に囲まれているということもあって、何の騒動もありませんでした」
信也の質問に答える倫明は、取り敢えず問題はなしですよと苦笑する。おそらくあれこれ無理があったのだろうが、それは佐久間ホールディングスの力で何とかしてしまったというところか。
「そう言えば、今回のことって企業としては絡んでくるのか」
朝飛がそう質問すると、倫明は困った顔になる。それはつまりイエスということか。
「一応は祖父の資産からってことになってるけど、さすがに黙って何億と使わせるわけにはいかないと、親族が動いているよ。相続関係の問題もあるしね。金が絡むと色々と大変だよ」
「ははあ。世知辛いねえ」
「まあね。すでに島には企業側からお目付け役が何人か入っているんだ。しかも一番反対している兄の聡明と、父の懐刀のような斎藤って人も来ているから、そこは注意してくれ」
丁度よく話題が出たからと、倫明は注意すべき二人の名前を挙げておいた。この二人の前で適当な発言を控えてほしい。そうしないと色々とややこしい。それだけ注意すれば、後はのびのびと研究してもらって構わなかった。
「なるほどね。怖い監視がいるわけか」
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