偽りの島に探偵は啼く

渋川宙

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第4話 上陸

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 深刻な空気を打ち破るように、美樹が見えてきた島を指差した。まだ遠いが、大きな山とそれにくっつく小さな島のような姿が浮かんでいる。ひょうたん型であるらしい。
「あれさ。某テレビ番組に出てくる島にもそっくりらしくてね。男性アイドルがあそこにいるんじゃないかって、一時話題になったことがあるな」
「あ、それ、知ってる。日曜日にやっているやつよね」
「そうそう。でも、島の形はそっくりかもしれないけど、あれじゃないから」
「だよね。アイドルがいる島に加速器は作れないよ」
 ようやく和やかに笑えるようになったところで、四人は船内に戻ることにした。降りる準備をしなければならないし、何より他の参加者との挨拶がまだだった。別に避けていたわけではなく、何となく、挨拶をしそびれていたというのが正しい。
「参加者は他に五人だよ」
「それなりに集まったんだな」
 たった一か月前の打診でよく揃ったなと、朝飛は素直に感心する。すると、だからお前の名前のおかげだってと、再び持ち出される。
「そんなに有名人じゃないよ」
「いやいや。高校生ながら物理の天才の小宮山、今ではそれで通るほどだよ」
「おいおい。勝手に持ち上げないでくれ」
 船内に戻りながらそう注意した朝飛だったが、入ると同時に自分に視線が集まり、そう笑い飛ばせないらしいと気づく。自分に向けられる視線のどれにも、好奇心やライバル心が覗いていた。
「さすが、天才高校生への期待は凄いな」
「止めてください」
 信也がこそっと耳打ちしてくる言葉に、マジで勘弁と朝飛は顔を顰めてしまう。
「島に入る前に、一通りの自己紹介を済ませておきましょうか」
 そんなピリピリした空気をもろともせず、倫明はにこやかに言い始める。
 この男、意外と剛胆なんだなと、それに朝飛も信也も驚いたほどだ。さすがは佐久間一族の一人。かなり意外だったが、強引に物事を推し進める手腕は彼にも備わっているらしい。
「そうだよ。せっかく佐久間ホールディングスからのお招きと、そして、才気溢れる小宮山朝飛と共同研究できる機会だからね」
 そしてそれに応じたのは、同じ高校生の今津健輔いまづけんすけだった。朝飛は何度か会ったことがある。超弦理論ちょうげんりろん、世間的には超ひも理論といわれる理論に興味を持ち、数学の模試の成績が全国トップあることで有名だ。
 その健輔は黒縁眼鏡を掛けていて、いかにも理系という顔立ちをしていた。
「今津君は初期宇宙の研究でも大きな役割を果たすことになるだろうと、最初に声を掛けたんだ」
「ああ。その時は小宮山には打診中という話だったけど、あの男が断るはずないだろうと、早々に参加を表明したんだよ」
 健輔はそこで周囲に目を向け、他も似たような事情なのではという顔をする。
「小宮山君は確かに一つの要因だけど、大学を離れて好きに研究できるっていう点も魅力だったわよ」
 こう答えたのは大学生の田中志津たなかしづだ。志津は重力理論をメインにやっている。だからか、どこか量子論を中心に思考する朝飛に対して対抗意識を持っていた。まだ教授を論破したことを根に持っているとしか思えないな、と朝飛はこっそり溜め息を吐く。
「まあまあ。研究前からケンカ腰ではいい議論にならないよ」
 そんな志津を窘めたのは、この中では最年長、実験物理学の准教授である吉本真衣よしもとまいだ。今回は加速器に関してのアドバイザーとして来たという。
 実際、加速器を動かしていくには、こういう実験を専門にした人の力が必要だ。それだけ特殊な機械であり、一般人だけでなく、物理学を研究していても、理論をやっている人にはさっぱり解らない代物なのだ。
「いずれは実際に実験するんだから、私がいないとね。それに、理論家ばかりいても仕方ないでしょ。ああ、残りの二人はうちの研究室から連れてきたの。大学院生の石井直太朗いしいなおたろう片岡織佳かたおかおりか。二人ともすでに加速器実験携わっているから、経験者として不足はないわ。年も近いし、みんなの相談にも乗れるって思ってね」
 そう言って真衣が残りの二人を紹介した。石井直太朗は逞しい身体つきの青年だ。もう一人の片岡織佳も気の強そうな印象を受ける。それは二人を率いる真衣の性格を反映しているかのようだ。真衣は何かと負けん気が強いことで知られている。
「高校生より大学生の方が多いのか。一か月、大丈夫かな」
 意外なメンバーだなと思って、少し不安になる美樹だ。倫明がリーダーとなっていることから、てっきり高校生がメインだと思っていたのに。
「研究が始まってしまえば関係ないさ。結局、ここにいる連中は初期宇宙の魅力に取り憑かれた奴らばかりだからな」
 そんな美樹の懸念に対し、これだけのメンバーを集めるのに出しにされた朝飛が、呑気な見解を述べるのだった。



「皆さま、この度は我が財団の研究に協力頂き、ありがとうございます」
 島に上陸すると、倫明の顔をより鋭くした感じの男が待ち構えていた。このきっちりスーツを着た男こそ、佐久間聡明だ。にこやかに挨拶をしてくるが、その目は笑っていない。
 その横にはすらっとした体形の、こちらもきっちりしたスーツ姿の男が控えていた。真夏だというのに、ネクタイまできっちりと締めていて、汗を掻いている様子がない。しかも目つきが鋭くおっかない印象を受ける。顔が整っているだけに、無表情なのが迫力満点だった。
「こちらこそ、お招きいただき、ありがとうございます」
 そんな横の男を気にしつつ、代表で朝飛が挨拶をした。結局、この研究チームのリーダーは朝飛ということで落ち着いてしまったのだ。総ては倫明の陰謀である。
「どうぞ。こちらでの手配は総て、この斎藤が取り仕切ります。何かご不便なことがありましたら、遠慮なく斎藤まで」
 挨拶を受けた聡明は、自分はここまでとばかり横にいた無表情な男に話を振る。彼こそ倫明たちの父の啓明の懐刀、要注意と言われた斎藤日向さいとうひなただった。
「斎藤です。これから一か月、私が皆様のお世話をさせていただきます。では、まず宿泊棟へと案内いたします。すでに手前に見えていますが、あちらが宿泊施設となります。その奥に研究棟がありますが、まずは宿泊棟へ」
 日向の説明を受けて正面を見ると、確かに建物が二つ並んで立っているのが見えた。手前が三階建てで低く、奥が五階建てとなっている。その手前の三階建ての建物が宿泊施設なのだ。
「見た感じ、大学の校舎っぽいね」
「まあね」
 美樹の率直な感想は、中は大丈夫だろうかという不安から出たものだろう。朝飛も、ここで一か月かと少し不安になる。
「荷物はこちらにどうぞ。すぐに手伝いの者に運ばせますので。貴重品やデジタル機器はご自分でお願いします」
 しかし、ちゃんとお手伝いさんまでいると知り、美樹のテンションは一気に上がった。
「やった。一か月分の荷物ってなると、重いの何のって、大変だったんですよねえ。ここから持たなくていいのは助かる」
 そう言って、真っ先にここにと言われた台車に大きなボストンバッグ載せている。とはいえ、これは誰もが思っていたことであり、それぞれ似たような大きなカバンを台車に載せた。
 コインランドリーはあると聞いていたが、やはりそれぞれに大荷物になってしまっている。もちろん、朝飛もそれなりに大きかった。
「では、こちらへ」
 先頭を日向が歩き、それにぞろぞろと朝飛たちが付き従う。一番後ろには聡明が続いた。
 そんな一行の姿を見てか、お手伝いだという女性二人が建物から出て来てすれ違った。佐久間財団の方針なのか、メイド服のような可愛らしい制服を着ている。年の頃は二十代前半だろうか。朝飛たちより少し上のように見えた。なかなか可愛らしい。
「いらっしゃいませ」
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