偽りの島に探偵は啼く

渋川宙

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第5話 最高のもてなし

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 そう言ってにこやかに去って行く二人に、信也が鼻の下を伸ばして朝飛を突っつく。
「いいねえ。やっぱリケジョ以外は可愛いぜ」
「先輩は相変わらずですねえ」
「そういうお前は、相変わらず枯れてんのか。イケメンが勿体ないぞ」
「枯れてるって、どういう意味ですか」
 そんな会話をしていたら、美樹がこちらを睨んでいて朝飛は首を竦める。
「なるほど。お目付け役がいるってわけか。あの彼女とは何もないわけ」
「お目付け役って何ですか。それに、妙な邪推はしないでください。彼女とはよきライバル関係なんですから」
 その朝飛の一言に、美樹は思わずこけそうになった。そういう対象として見られていない自覚はあったが、きっぱり言い切られると悲しくなる。
「うわあ。中はホテルのようですね」
 しかし、そんな微妙な気分は、見た目は校舎のような建物だと思っていた宿泊棟の中に入ったところで消えた。ちゃんと絨毯の敷かれた玄関に、入ってすぐ左手には開放的なレストランがあった。
「こっちは」
 その反対側は何やら木の板で仕切られていて、無理矢理切り取られたような不自然な空間があった。玄関脇にあるのも不自然な感じがした。
「そちらは大浴場になります。オーシャンビューを確保しようとすると、玄関横しかなかったもので。このように無理矢理設置しております」
「へえ。そんな気遣いまで」
 申し訳なさそうな日向に対し、十分過ぎますよと朝飛は笑顔で応える。まさかの大浴場付きだ。ずっと部屋に併設された狭い風呂しかないのだろうと思っていたので、これはちょっと嬉しい。
「大浴場か。これは楽しみだな」
 信也もいいなとにっこり笑っている。そしてビールも飲めるのかなと、すでに楽しむ気満々だ。ここに何をしに来たんだと、少し心配になる。
「あっ、売店もある」
「そちらの支払いは総てこちらで済ませていますので、ご自由にどうぞ。ただ、備え付けの端末でバーコードを読み込むのを忘れないようにお願いします。そうすることで、補充がスムーズになりますので、ご協力お願いします」
「へえ」
 素晴らしいまでの気遣いだな、と朝飛は関心を通り越して若干、怖さもある。これはある程度の結果を残せと言われているようなものだ。
 とはいえ、他のメンバーは概ねこの宿泊施設に満足しているようだった。そして迎える側の日向も、それぞれが満足している様子にほっとしているようだ。
「お部屋ですが、大雑把に研究者の皆様は三階、その他うちの従業員が二階を使用します。オートロック式で、キーはこちら。カード形式になります。スペアはございますが、再発行はすぐにできませんので、出来る限り無くさないようご協力ください。何かご要望はございますか」
 質問が出尽くしたところで、日向が部屋に関して説明をする。そして他に何かあるかと全員の顔を見渡した。
「あ、俺は二階にしてほしいな。階段の上り下りって嫌なんだよね」
 そこに遠慮なくそんなことを言うのは信也だ。ざっと周囲を見渡してエレベーターがないのに気づいたと、そんな要求をする。
「大丈夫ですよ。部屋には余裕がありますので、すぐに二階の部屋を用意いたします。他の方は大丈夫ですか」
「大丈夫です」
「ちょっと運動した方がいいしね」
 美樹と、それに織佳の同意が重なった。そこで二人は見つめ合うと、くすくすと笑い出す。この分だとすぐに打ち解けそうだ。
 朝飛は美樹が楽しそうならいいかと、信也への心配は横に押しやった。
「では、部屋の鍵をお渡しします。すでに荷物は部屋の前に届けてありますので、間違いがないかご確認ください。足立様は少しお待ちください」
「はいよ」
 信也は新たに部屋を用意しなければならないと解っているので、頷いた。他には予め用意されていたカードが行き渡り、早速と部屋へと向かう。
「小宮山君、行こう。部屋は何番?」
「三〇一だな」
「私は三〇三。ってことは、間が一つ空くのかな」
「みたいだな」
 それにしてもそつがないなあと、普段は自分も言われることだが、朝飛は日向に感心してしまった。その日向は、戻って来たお手伝いの二人に、新たに部屋を用意するように指示していた。
「にしても」
 そこから目を転じると、倫明が聡明と一緒にいるのが目に入った。二人は何やら打ち合わせ、というよりは言い合いをしているようで、険悪な雰囲気がある。
 やはり色々とややこしいらしい。その思いを強くするのだった。



「ええっ。小宮山君の部屋だけダブルなの!?」
「だけってことはないだろ。角部屋がダブルなんだろ」
 夕方。それぞれが荷解きを終えて休憩した後、レストランで今回の研究の親睦会が開かれることとなった。
 レストランで開始を待っている間にあれこれ喋っていると、朝飛の部屋がダブルで、美樹の部屋はシングルであることが発覚し、こうして詰られている。
 何とも理不尽なことだ。
「そうそう。角部屋はダブルなんだよ。小宮山は今回のリーダーだからね。そこは優先的に」
 そこに倫明がやって来て、まあまあと宥めた。手には小さなケーキの盛り合わせの皿があって、それをすっと美樹に差し出した。
「よろしければどうぞ」
「あら、可愛い」
「ここの料理主任の藤本さん。こういうお菓子作りも得意なんだ。期待してくれ」
「やった。って、本当に太りそうだわ。ああ、そしてマジで美味しい」
 太りそうと言いつつすぐにケーキを摘まむって凄いなと、朝飛はパクパクと嬉しそうに食べる美樹に呆れてしまった。
「確かに、すでに並んでいる料理も凄く美味そう」
 太りそうというのには同意できるかもと、親睦会用に用意されたビュッフェ形式の料理に目がいった。それはどれも一流のホテルで出てきそうなほどに手の凝ったものだ。美味しそうな匂いに、お腹が現金にもぐうっと音を立てる。
「ははっ、小宮山も何か食べるか」
「いや、挨拶が終わってからでいいよ」
 まだ親睦会のスタートの挨拶が終わっていないのにと、すでにケーキを平らげた美樹に呆れつつ、朝飛は我慢をする。挨拶をするのはもちろん聡明と倫明だ。
「挨拶なんてどうでもいいよ」
「いやいや」
 挨拶をするお前がそれを言ってどうすると、朝飛は呆れてしまう。一応はお金を出してもらっている立場だ。その辺はちゃんとしておいた方がいい。
「本当に、そういう気遣いは抜群だよね」
 倫明はそう言って笑うが、食べているのは倫明からオッケーを貰った美樹だけだ。レストランの中は招かれたメンバーたちだけではなく、会社の人も二人増え、誰もがまだ腹の探り合いの途中という感じがした。
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