偽りの島に探偵は啼く

渋川宙

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第6話 懇親会

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 だからか、喋っているのはここの三人と、実験系の真衣を中心とするメンバーだけで、他はそれぞれに海を眺めている。その海は、近づく台風を受けてか徐々に波が高くなっていた。心配になって見てしまうのも当然だろう。
「本当に来るんだ、台風」
「うん。さっき確認した予報だと、見事にこの付近を通って本州に向かうみたいだね。どんどん発達しているらしく、この島に最接近する時には八百ヘクトパスカルになっていそうだ」
 美樹も心配そうに眺めると、倫明が仕入れた天気予報を教えてくれる。それは非常に有り難くない情報だった。そんな大型の台風が近づいているのかと、朝飛も顔を顰めてしまう。
「ご歓談中のところでございますが、皆さまお揃いになりましたので親睦会を始めさせていただきます」
 そんな深刻な空気は日向の開始を告げる声に遮られた。照明が僅かに暗くされ、代わりにレストラン奥に設置された演台にスポットライトが灯った。そこにはすでに聡明の姿がある。
「本日、この悪天候の中、こうしてお集まりいただき誠にありがとうございます。開会に先立ちまして、少しばかり挨拶の時間を頂戴いたします」
 にこっと笑ってそう宣言する聡明は、さすがはこういう場での挨拶に慣れているな。そう思わせるだけの風格があった。会社ではリーダーシップを発揮していることだろう。堂々とした振る舞いだ。
「今回、皆様にはご無理を言い、こうして佐久間財団主催、第一回目の初期宇宙研究会にご参加いただきまして、誠にありがとうございます。今回は初回とありまして一か月という短期になりますが、皆様とともに、深遠な宇宙の謎を解明できればと思っております。では、素人の挨拶はこのくらいにいたしまして、こちらの責任者である、佐久間倫明の挨拶へと移りましょう」
 聡明はそう言って締め括り、挨拶の間に移動していた倫明に場を譲った。しかし、互いに目が合った一瞬、解っているなという合図が送られているのを朝飛は目撃してしまった。
 挨拶こそ継続をすることにしてあるが、これはいつ打ち切られても仕方ないものだ。それを忘れるなということか。
「改めまして、皆さま、本日はありがとうございます。紹介に与りました佐久間倫明です。こちらでの研究は本当に初期の宇宙、つまり、無からこの宇宙が生まれたことの証明を目指していくものになります。その証明は簡単なものではなく、非常に細かな部分までの計算を必要とするものです。
 しかし、ここにお集まりの皆さまでしたら、その謎を解明できるものと信じております。では、挨拶はこのくらいにしまして、明日からの研究へと向け、本日は親睦を深めてまいりましょう。それでは皆様」
 そう倫明が告げたところで、さっと日向がグラスを朝飛と美樹に渡した。他の人たちにもお手伝いの女の子たちによってすでにグラスが行き渡っている。本当に無駄がない人だ。
「乾杯」
「乾杯」
 ライトが明るくなり、ようやく和やかな空気がレストランに流れた。誰もが乾杯をきっかけに一斉にお喋りを始め、そして料理に手を伸ばした。それまでの外の様子を気にしていた重苦しい空気も消えていた。
「めっちゃ美味い」
「本当だ。このローストビーフも最高ね」
 先ほどお腹が盛大に鳴ってしまった朝飛は肉にがつがつと食らいつき、横で美樹も同じように肉を山盛り皿に載せていた。目の前のテーブルがお誂え向きに肉料理の載る場所だったから、そのまま遠慮なく食べてしまっていた。
「豪快なコンビだな」
「あっ」
「どうも」
 そこに同じく肉狙い、フライドチキンを取りに来た石井直太朗が呆れた様子で二人を見たものだから、朝飛はしまったと気まずくなる。
「さすがに全部食べちゃ駄目ですよね」
「いや、大丈夫だろ。すぐに補充されるよ。肉の心配じゃなくて、ちょっとイメージと違うなって思っただけだから」
「あ、あれでしょ。意識高い系OLみたいな食事をするんだって思ってたんでしょ」
 困惑気味の直太朗に向けて、美樹はにやっと笑ってそんなことを言う。
 何だ、意識高い系って。謎の言葉だ。朝飛はむすっとしてしまった。
「まあ、そうだね。イメージだとサラダを食べてサラダチキン食べてって、こう、身体に気を遣っているメニューかと」
 いつもそばで見ている美樹の同意が得られたからか、直太朗は遠慮気味ながらも、そう考えていたと言う。
「なんでサラダばっかりなんだよ。俺、生野菜苦手なんですけど」
「はあ。男子らしい意見だな」
「ますます意外でしょ。この人、顔も整っていて綺麗だし、体形もばっちり細いくて無駄な肉がない、モデルみたいな感じなのに、食事は普通の人の倍は食べるんです。痩せの大食いってやつですね」
「そこまで食べないよ。まったくもう、煩いなあ。野菜を食えばいいんだろ」
 妙なことを言い出す二人を無視して、朝飛はじゃああっちに行こうかなとポテトを取りに行くことにした。勝手にあれこれイメージを作り上げているのを知るのも気分のいいものじゃない。それに補充されるとはいえ、このままだと延々と肉を食いそうだなと、自分でも気づいたのだ。
「本当に意外だなあ。あれが噂の天才君かあ」
「ははっ。頭脳は天才でも、生活態度は凡人ですよ。あ、そうだ。石井さんって実験屋なんですよね。ここの加速器の性能ってどのくらいですか」
 美樹がそうやって直太朗との会話を楽しみだしたので、朝飛はほっとしてしまった。
「ったく、芸能人じゃないっつうの」
「どうしたの?」
「っつ」
 思わずぼやいた声を拾われて、びくっと肩が震えてしまった。声のした方を見ると、最年長の吉本真衣がいた。
「うちの石井が何か失礼なことを言っちゃったのかな」
「い、いえ。肉の食べ過ぎはよくないって話です」
「ああ、そうね。男の人ってお肉が大好きだものね。小宮山君まで好きとは意外だけど」
「はあ、そうですか。あの、何ででしょう?」
 相手がうんと年上だからか、思わず確認してしまう朝飛だ。
 自分だって普通の男であり、肉が大好きなのだが。
 すると真衣は一瞬きょとんとした顔をし、ついでくすくすと笑い出した。
「ええっと」
「なるほど。小宮山朝飛は捉えどころがないと言われる理由が、はっきりと解ったわ」
「はあ」
 謎の伝聞が広まっているなあと、朝飛はちゃっかりポテトを皿に山盛り掬いながら溜め息を吐いてしまう。
「イケメンで天才だもの。みんな、理想像を描いてしまうものなのよね。それにしても、山盛り食べても太らないのか。成長期よね。羨ましいわ」
「そうですね。高校生って無駄に食うんですよね。俺よりも大食いの奴なんてごろごろといますよ」
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