偽りの島に探偵は啼く

渋川宙

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第7話 イメージ

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「なるほどねえ。じゃあ、テレビで見るような大食いとは違うわね」
「それに、ある程度食べると、その先の予定に響かないか気になります。なので、動ける段階で切り上げるから、またお腹が空いて食べるって感じかも。だから相対的に食っている量が多くなる、みたいな」
「まったく。面白いわね。じゃあ痩せているのは、そのマグロみたいな行動力のせいね」
「ま、マグロ」
 びっくりする例えに、朝飛は呆れてしまった。しかし、ポテトを食べることで忘れることにする。
 ううむ、山盛りのお肉の数々も美味しかったが、このポテトも一工夫してあるのか美味しい。ファストフード店のポテトとは違う、スパイシーな味わいだ。
「先生もどうですか」
「私は横のオニオンリングにしようかしら」
「ああ、美味しそうですね」
「本当にイメージと違うわ」
「はあ」
 顔の印象から、あっさりオニオンリングを食べたいなんて言いそうじゃないのよと注意されてしまう。
 とはいえ、朝飛は正直に生きているだけなのだが。というか、顔の印象で食い物を制限されても困る。
「楽しそうですね。どうしました?」
 そこににやっと笑って今津健輔がやって来た。そのお皿にはサラダしか載っていない。
「えっ、それだけで足りるのか」
「まさか。でも、サラダから食べた方が、血糖値の上昇は緩やかになるらしいんで」
「高校生のセリフじゃないぞ」
 そんなこと気にしているのかと、肉に揚げ物と続けて食べている朝飛は驚いてしまう。それに、真衣はさらにくすくすと笑い始めた。
「もう、おかしいわ。小宮山君ってお茶目なのよ」
「そう、みたいですね。科学コンテストの時と印象が違うっていうか」
「そうかな」
 いつでもこんな感じだと思うけどなと、朝飛は無自覚だ。普段は周囲から完璧主義だろうと思われているなんて、これっぽちも考えたことがない。
「あれでしょ。今は物理学の話を一切してないからじゃないの?」
 周囲の印象に無自覚な理由に気づいた真衣は、今は専門的な話をしていないからではないかと気づいた。すると、ああ、そうですよねと健輔も同意する。
「えっ、研究している時と今ってそんなに差があるかな」
「大有りだよ。普段は一部の隙も無い理論をマシンガンの如く繰り出しているっていうのに、いざ食事だけになったら肉食べてポテト食べてって――お子様だよね。面白過ぎる」
 くくっと、無遠慮に笑い出した健輔に、釣られるように真衣まで遠慮なく笑う。
「おっ、盛り上がっているねえ。そして小宮山は相変わらずガキみたいなのが好きなんだな」
 そこに信也までやって来て、普段からお子様ランチにあるようなメニューが好きだとバラされ、からかわれる羽目になる。朝飛はますますむすっとしてしまった。
「なぜ、こうなる」
 しかし、食事は親睦を深めることには成功し、最初にあった刺すような視線を朝飛に向ける者はいなくなったのだった。



 翌朝。ごおっという風の音がして朝飛は目を覚ました。
 一瞬ここはどこだっけと、ホテルに泊まった時にありがちな思考に陥ったが、再び風の音がして完全に目が覚めた。
「台風か」
 もそっと起き上がり、閉め切ったカーテンを勢いよく開けた。するとどんよりと重い鈍色の空と、風に振り回される木々の様子が飛び込んでくる。なるほど、部屋の中にまで風の音が聞こえてくるはずだ。そう認識させられる強風だった。
「これは凄いな」
 そして、今は何時だと確認する。ベッドサイドにあった時計によると、まだ朝の五時だった。
「南だから、ちょっと日が昇るのが早いのかな」
 そんなことを思いつつ、朝飛は伸びをした。
 昨日は立食形式のディナーの後、デザートを片手に色々と議論したものだ。コーヒーを飲みながらそれぞれの興味がある分野について語るというのは、高校生の朝飛にはまだ、それほど体験する機会のないものだ。
「ちょっと疲れているけど、今日からが本番。それにもう目が覚めちゃったからなあ。勉強でもするか」
 普段は朝ご飯が先だから奇妙な感じがするが、ここにいる一か月間はこのリズムでいくしかないだろう。
「ああ、でも、コーヒーは欲しいかな」
 せめてコーヒーを飲もう。そう思ったものの、部屋のポットで沸かしてコーヒーを淹れるのもなあ、と立ち止まる。
「確か階段のところに自販機があったな」
 階段と自分の部屋は端と端だが、きっちり目を覚ますためにも少し動くのがいいだろう。そう思って、そのまま自販機に向かうことにする。因みに自販機もお金要らずで、ボタンを押せば出てくるようになっている。
 さすがは佐久間一族。そう感心するしかない。とはいえ、ここは繁明の道楽とみなされているが。
「ん?」
 まだ誰もが寝ているのか静かな廊下を進み、自販機のところに行くと先客がいた。美樹だ。誰もいないと思っていたのか、ラフな部屋着のままだった。
「あっ、小宮山君も何か買いに来たの?」
「コーヒーが欲しくてね。風の音で起こされちゃったよ。せっかくだし、先に少し勉強しておこうかなって思ってね」
「ああ、確かにすごい音だよねえ。ここの窓、あんまり分厚くないんだから」
「そうだな。こんなところじゃ、防音なんて気にしなくていいし」
 そんな会話をしつつ、二人揃ってブラックコーヒーを自販機から取り出した。
「あっ、小宮山君の部屋って広いんだよね。一緒に勉強していい?」
「えっ、いいけど。着替えてから来いよ」
「当たり前だよ」
 美樹がやって来るというので、一先ず着替えようと一度は別れる。そして朝飛は、大急ぎで脱ぎっぱなしの服をカバンに突っ込む羽目になった。
 なんで来るんだとは言えないし、美樹がいた方が解りやすい部分もあるからいいのだが、朝からいきなりの申し出には困った。
「まあ、いいか」
 しかし、普段は気遣いが出来るくせに女心の機微に疎い朝飛は、カバンに突っ込むくらいの労力とすぐに思考を切り替える。そして美樹が来る前からノートパソコンを弄り始めた。持って来たコーヒーを飲みつつ、ダウンロードしておいた論文を読む。すると、十分後には美樹が部屋に現れた。
「いいなあ。角部屋だから窓が多いんだね」
 二面に窓があるのを見て喜ぶ着替えた美樹は、Tシャツにジーンズという格好だった。ここに来る時と似たようなファッションだ。化粧をしてきたのか、先ほどより顔色がいいなと、そんなことを思う。
「そうだな。おかげで台風が直撃したらちょっと怖いけど」
「ああ、そうか。確かにこの部屋の方が、風の音が大きく感じるかも。でも、晴れたら綺麗な海が見えるんだろうな」
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