偽りの島に探偵は啼く

渋川宙

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第11話 違和感

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「それはともかく、さっさと中に入りましょう」
「ええ」
 こうして無事、加速器を管理する建物へと辿り着くことが出来た。が、のんびりと見学している時間はなさそうだ。風はどんどん強くなっているし、雨も降り出しそうである。
「まずは土嚢を積みましょう」
 珍しく信也がやる気を見せ、全部で五か所あるという出入り口に土嚢を積むこととなった。
「手分けしてやりましょう。力を均等にするために、男女ペアになるようにお願いします」
 倫明がそう指示したので、朝飛はそのまま美樹と。信也は志津とペアになった。真衣たちはチーム三人で固まっていたので、そこに健輔が加わる。そして余った倫明と日向がペアを組んだ。
「じゃあ、私たちのところが二か所担当ね」
 四人組になってしまった真衣のところは、無理に二つに割らずにこの四人で二か所を担当するという。それはそれで効率がいいので採用された。
「では、行きましょう」
「おう」
 こうして五か所の入り口に散らばることとなった。朝飛たちは正面右側の、それなりに大きなドアに取り掛かる。土嚢はすでに前日、日向たちが邪魔にならない場所に置いておいてくれているので、それを積むだけでいい。
「明日は筋肉痛だな」
「小宮山君の場合、明後日だったりして」
「――否定は出来ないね」
 筋力の問題だからなあと、朝飛は重たい土嚢を運びながらぼやいた。
 こういうところでも否定しないのだから、美樹は呆れてしまう。しかし、それも仕方ないことかと、すぐに納得させられる事態になった。
「川瀬さん、力持ちだね」
 ひょいひょいと土嚢を持ち上げて積んで行く美樹に、五つほど運んだところでへばった朝飛が感心している。
「小さい頃はスイミングスクールに通ってたからね」
「へ、へえ」
「小宮山君は、何か習ってた?」
「それはもちろん、塾だな。運動系はさっぱり」
「だろうね」
 体力方面では期待できないのは知っていたと、美樹は溜め息を吐く。贅肉もない代わりに必要な筋肉も少々足りないらしい。
「なるほど、それは新しい見方だな」
「感心している場合じゃないよ。ほら、これを持って」
「はい」
 結局、入り口の前にいる朝飛が土嚢を積み上げ、そこまでは美樹が運ぶという役割分担で落ち着いた。
 こうしてテキパキと土嚢を積んでいたら、奥側のドアを担当していた信也と志津がやって来た。そちらは非常扉のようなものだったので、すぐに終わったという。そして役割分担をしてやっている二人を見て信也はにやっと笑う。
「これは結婚したら尻に引かれるな」
「なっ」
「ちょっと」
「セクハラですよ」
 そんな信也の言葉に朝飛は絶句。志津は止めなさいと厳しく止め、美樹は冷たい視線を送った。
「ちっ。堅苦しい世の中だなあ」
「それより、手伝いに来ることはなかったみたいね」
 女性二人からの冷たい視線に引き下がった信也とは違い、志津は早く片付いたから応援に来たんだけど苦笑する。
「うちの川瀬が有能で助かってます」
「そうみたいね。って、本当に小宮山君ってイメージと違うし、教授を言い負かしたのが嘘みたいね。こういう状況でも負けは認めないのかと思ってたのに」
「そ、そうですか」
 そう何度も念を押すように言わなくてもいいではないか。朝飛はやや不満だが、呆れる方が先に来る。
 どうにも自分というものは誤解を受けやすいらしい。それは常々感じているのだが、日頃は繋がりのない大学生にまで同じように誤解されていたことに、驚きと呆れがやって来るのだ。
「ううん。何だろうな。違和感だわ。小宮山君って、何か不思議。まるで二つの人格があるみたい」
「はあ」
 意外と鋭い指摘だな。
 朝飛は苦笑しつつ、そんな志津の言葉を受け流して、無事に土嚢を積み終えた。そこで四人揃って正面玄関へと戻ることにする。
 正面は朝飛たちが担当していた場所よりも更に広く、倫明と日向がまだ土嚢を積んでいる最中だった。だから四人はすぐに手伝いに入る。が、もちろん朝飛は戦力にならないので、バケツリレーの間のような役割だった。
「もう少しこっちに積んでおきましょう」
「ああ、そうですね」
 てきぱきと指示を出す日向と、それに従って動く五人。おかげですんなりとここの土嚢積みも終わった。そうしている間に残りの四人も戻って来て、土嚢による水害対策は一時間も掛からずに終わった。
「皆さん、ありがとうございます」
 日向がそつなく頭を下げ、そしてちょっとだけ中で休憩をと、促してくれた。土嚢を乗り越えなければならないが、大した問題ではない。
「ああ、解った」
 そこで志津がそう言うので、何がと朝飛は振り返る。
「小宮山君もああいう、クールな感じだって思っちゃうんだよね。それが違うから違和感になるんだわ。ああ、すっきり。同じレベルのイケメンがいるおかげで比較しやすいわ。しかも小宮山君の場合、クールで紳士的な部分と子どもっぽい部分が同居しているから、奇妙に感じちゃうのよね」
「あっ、それだ」
「そうそう。だから肉山盛りとかポテト山盛りにも違和感があるんですよ。でも、子どもっぽさを残しているか。そう言われると納得です」
 志津の言葉を受けて、真衣と織佳が激しく同意している。朝飛は何のこっちゃっと思っていると、美樹にそっと肩を叩かれた。
 明らかに同情されている。なぜだ。
「世の中、間違っていないか」
「いいえ。小宮山君の顔と能力からすると、あなたのその奇妙な素直さと卑屈さが謎です!」
「――」
 本人目の前によくあけすけと言ってくれるな。
 そう思ったが、もちろん朝飛は口にしない。ただ、本性に気づかれなくて良かったと、ほっとしてしまった。勝手に納得してくれたのならばそれでいい。
 その間に日向がペットボトルの飲料を人数分持って来てくれた。それで喉を潤し、下まで下りている時間はないが、覗ける場所があるのでそこに行こうという話になった。
「では、私は外の様子を注意して見ておきます。雨が降り出したらお知らせしますから、見学してきてください」
「ありがとうございます。でも、斎藤さんも見たかったのでは」
「大丈夫です。いずれまた機会があると思いますし」
「そうですか。では、お願いします。もちろん、降り出す前に戻りたいので早めに切り上げますよ」
「ええ。お願いします」
 日向と倫明がそう会話を交わし、日向を残して建物の中へと入った。そしてぞろぞろと地下に設置された、加速器を上から覗けるという場所へと移動する。
 加速器を管理する上部の建物は、どこか美術館を思わせるような造りで、開放的であり落ち着く空間だった。朝飛がどうしてかと倫明に訊ねると、それはここが有名な建築家が作ったからだという。
「有名な建築家」
「そうらしいんだ。祖父の知り合いに、世界的に活躍している建築家がいるだって。その人に頼んだと言っていたね。それに、いずれはここの見学ツアーなんて出来たらいいなって、祖父は考えているようでね。ここだけは凝った造りにしたんだって」
「へえ。ああ、だから下が覗ける場所があるのか」
「そう。一応、趣味で作ったというこの財団が、継続できるようには考えているんだよね。それで収益性が保てると兄や父を説得できるかってところかな」
「ははっ。まあ、それは俺たちにはどうにもできないね」
 結果を出せばなんて単純なことは言えない。ここの目的が初期宇宙の解明である以上、すぐに出る結果なんて存在しないからだ。まさに基礎科学であり、人類のあくなき冒険心と好奇心に基づく研究だ。
「そうなんだよね。かなりの長期スパンで考えなければならないことだし、実験室や加速器内で初期宇宙を実現させるというのも、理論や技術的に成熟してきているとはいえ、簡単なことじゃない」
「狙う数値がかなり厳しい条件を課さないといけないしな」
「そうなんだよね」
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