偽りの島に探偵は啼く

渋川宙

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第12話 朝飛の得意分野

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 そこまで話したところで見学スペースへと辿り着いた。ガラス張りになった場所で、そこが下から地上階まで吹き抜けになっているのだ。おかげで機械を見学することが出来る。
「凄いですね。高エネルギー加速器研究機構みたい」
 そう感嘆の声を上げるのは、実験物理学者である真衣だ。さすが、加速器を何度も直接目にしているのだろう。感想が非常に具体的である。
「あそこほどの規模はないと思うけど、それなりに高性能であるのは間違いないね」
 倫明は真衣の感想にほっとしたようだ。朝飛ももちろん凄いと思うが、これは専門家でないと解らないなとも思う。
 目の前に見えているのはまさに大型の機械だ。それが何の機械か、素人には全く解らない。大きなパイプと、ところどころにある計測器を内蔵する大きな機械。それで構成されているのは解るが、そこまでだ。
「これで新たな素粒子を探ることも出来るよね」
「そうだね。とはいえ、それは付随的にってことになるけど」
 倫明の研究にも役立つのではと訊く美樹に、そればかりのデータは取れないからなと苦笑する。
 目的はあくまでも初期宇宙に関してだ。それを生み出すためのエネルギーを創出するだけでも莫大な金額が掛かるため、純粋に素粒子実験は出来ないだろうと、身内である倫明でも考えている。
「そっか。じゃあ、ここの余っている土地に、ついでにカミオカンデみたいな機械を作ってもらえばいいんじゃない」
「ははっ。あれはあれで維持費が凄く掛かるよ」
 何とか倫明の研究も出来るようにすればという美樹に、さすがに無理と倫明は朗らかに笑う。
「お前もここの維持には積極的ではないのか」
「残念ながらね。俺ってまだ高校生だし、将来的に経営に関わることもないから、佐久間家では弱い立場だからねえ。無理は言えないんだ」
「なるほど。学者になるのも大変だな」
「そのとおり」
 諦めモードの倫明の理由もはっきり解り、朝飛は勿体ないなあと素直に思った。しかし、そこに日向が小雨が降り始めたと知らせに来たので、大急ぎで宿泊棟へと戻ることになったのだった。



「今日はここで、それぞれの研究についての指針発表としましょう」
 宿泊棟へと辿り着いたところで大雨が降り始め、これは研究棟へと移動するのも面倒な状況になってしまった。そこで急遽、初日の発表に関しては宿泊棟のレストランで行われることとなった。
 昼食を用意する匂いに腹が鳴るが、濡れることを考えたらマシだ。ということで、誰も倫明の提案には反対しなかった。レストランの真ん中あたりにテーブルをくっ付け、全員が向かい合って座れるようにして即席の会議室のようにする。
「昼食ははカレーか」
「凄い誘惑」
 しかし、カレーの匂いにちょっと気を取られてしまう。とてもスパイシーで美味しそうだ。
「こらこら。研究の中心になる小宮山が言うなよ」
「そんなこと言ったって」
 倫明の注意に口を尖らせると、女性たちがくすくすと笑い、健輔がやっぱりイメージと違うんだよなと首を捻る。
 これ、ある意味差別じゃないか。ちょっと顔がいいと澄ましていなきゃ駄目なんて。
 それに、朝飛は過去にそれで色々と痛い目を見ている。絶対にクールキャラは演じないと心に決めていた。
「じゃあ、発表は小宮山からにしようか。その他は午後で」
「げっ」
 倫明がそんなにカレーが気になるならと、まずは朝飛に講演してもらうと決めてしまった。他からもパチパチと拍手が起こり、仕方ないなと立ち上がった。
「では、食前の肩慣らしとして、俺が大学でも研究しようと考えている、量子重力理論の触りだけをお話ししましょう」
 朝飛がそう宣言すると、周囲からパチパチと拍手が送られた。
「胃もたれしない程度に頼むよ」
 しかも信也から余計な茶々が入る。
 朝飛は苦笑しつつも時計を確認した。今は十時半だから、使える時間は一時間ほどというところか。それも台風の中で集中力が落ちている。ある程度は軽い話にしておくのが無難だろう。
「では、始めます。まず皆さまもご存じの通り、一般相対理論と量子力学は非常に相性の悪いものです。どうしても解が発散してしまい、理論的には統一が不可能とされてきました」
「そうね」
 そう同意をしたのは、その一般相対性理論を研究の主軸としている志津だ。
「しかも無理に組み込もうとすると、どうしても重力子の存在を仮定しなければならなくなる。もちろん、この存在を完全に否定することはできませんが、現状、重力子を捕獲するなり作り出すことは非常に難しい。
 というのも、理論値が現在の作ることのできる加速器では作り出せない値だからです。もし重力子を作り出す加速器が作れるとすれば、こういう仮定の話であっても、地球の赤道の直径と同じになるとの試算があります。まあ、この点を考えても、非常に現実的ではない」
 そこで一度言葉を切って周囲を見渡すと、そこまでは常識に近いと全員が頷いた。
「ではこの重力子を仮定しない方法はあるのか、という考えから量子重力理論を作っていくと、私の考えた共形場による理論というものが出てきます。これはまだ二次元でしか厳密解が得られていないことが問題ですが、これが二つの相性が悪いと言われる理論の統合に役立つと確信しています。特に場の理論は量子力学の中でもメインになるものですから、これを利用することは問題ありません」
 と、ここでもう一度朝飛は周囲の反応を窺った。
 さすがにこちらに関しては反応が様々だ。志津としては認められない部分があるだろうし、素粒子学者である倫明からすれば、重力子があるという理論の方が美しいと感じるだろう。実験家たちの反応としては、それは理論だけではなく実験でも証明できるのかと、挑戦的な目を向けられる。これぞ専門家の集団という感じだ。
「では、中心部分へと話を進めていきましょう。この理論で中心となるのは共形場ですが、それと同時に必要になるのが共形不変がゲージ対称性を持つということです。通常、これが成り立つのは真空の場合のみですが、これが重力の作用する場合も成り立つようにする。これがミソとなります」
「ゲージ対称性か。となると、かなり数学的に込み入った部分になってくるな」
 そう呟いたのは健輔だ。彼の研究の主軸である超弦理論に関しても、数学的な証明が根幹であり、それもかなり高度な知識を要する。興味が湧いたという顔をしていた。
 ゲージ対称性とは量子力学の中の場の理論で登場する考えで、その理論は数学でいうと群論を用いることになる。その内容は非常に高度であるが、素粒子の相互作用のを記述する最も基本的な理論ともされていた。
「そうですね。まだ数学的な操作としてしか考えられない、と思われることが多いと言えます。しかし、下手に重力子を仮定するよりはすっきりと考えられるのは間違いありません。というのも、重力を場の力として捉える方が、我々物理学を志す者としては考えやすいですからね」
「まあね」
 それを言われると超弦理論を真っ向から否定することになるなと、健輔は苦笑いだ。特に超弦理論は証明する手立てが今のところないだけに、他の理論からこうやって攻撃されやすい。それを思い出しての苦笑いでもある。
 というのも、超弦理論は今や数学的に考えることが可能なあらゆる手段で記述されており、その理論は物凄い数が提示されている。また、実験で証明するためには重力子以上に広範な加速器が必要となってしまう。しかも、超弦理論は十一次元で考えることが普通で、しかも他の次元は丸まっていると考える。これを証明することもまた、難関の一つだ。
「数学的な内容に入るのは午後からとして、さらにもう一つ、考えるにあたって重要な点へと移ります。それがこの理論がプランクスケールで考えることが可能になるという点です」
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