偽りの島に探偵は啼く

渋川宙

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第16話 大浴場

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 ともかく、二人の行方不明者という緊迫した状態を、少しでも和める時間に出来てよかった。朝飛はほっと息を吐き出していた。



 無事に夕食も終わり、それぞれ部屋に引き上げることとなった。
 夕食はどこか白々しいくらいに明るく終わったが、誰もが不安を抱えているのは目に見えた。しかもこれから、台風が近づいてくるうえに夜になる。自然と恐怖心が増しても仕方ない状況だった。
 しばらく部屋で論文の整理をしていると、コンコンとドアをノックされた。出てみると廊下にいたのは健輔と直太朗で、
「よかったら、風呂一緒に行かないか?」
 と誘われた。
「いいけど、いくら大浴場だからってみんなで行かなくても」
「いや、女子たちはみんなで行ったみたいだし、ここの責任者が二人もいなくなったようなものだからさ。安全のためにも」
 渋る朝飛に、そこを何とかと言われては断る理由もない。それに責任者が二人もいなくなったというのは事実だ。いくら総てのことを日向が任されているとはいえ、ここの実質的な責任を負っているのは倫明と聡明の二人なのだ。いなくなったという事実は重い。
「そうだな。まとめて入った方が気楽でいいか」
 不安なのは仕方ないというわけか。それは誰だって同じであると、先ほどの食事で実感している。
「よかった。それに小宮山って、めっちゃ面白い人だと解ったからな。ここは裸の付き合いで交流を深めておくべきだろ」
「調子がいいですねえ」
 やったと喜ぶ直太朗に、どういう理由だよと朝飛は苦笑した。そしてちょっと待ってくれと準備する。
「じゃあ、足立さんも呼ぶか」
「ええっ、それは別にいいんじゃないか」
「おいおい。ここで仲間外れを出してどうするんですか」
「そうだけど、昨日誘ったら断られましたよ。ビール飲みたいとか言ってたくせに、大浴場に入るのは面倒だとか言って。なんか、足立さんって変わってますよね」
「いや、物理学やってる奴なんて皆共通に変わってるよ」
 何で嫌なんだろうと首を傾げつつも、無理強いするのもよくないだろう。大勢で入るのが嫌なのかもしれない。それにまだまだ先は長いわけで、どこかでその嫌だという気持ちが消えてくれればいい。ということで、今日は誘わずに行くことにした。
「大浴場ってどんな感じだった?」
 昨日、喋り疲れて部屋の風呂で済ました朝飛は、二人に入ったかと訊ねる。
「めっちゃ綺麗だよ。そこらのスーパー銭湯に引けを取らない感じで」
「小さいながらもサウナもあったしね」
 昨日、早速大浴場を堪能したという二人は口々に凄いと賞賛する。さすがは研究者を癒すために無理やり設置したとあって、なかなかの拘りがあるお風呂になっているという。
「そう言えば、オーシャンビューを確保するためにあそこにしたんだったっけ」
「だったね。とはいえ、この天気じゃしばらくそれを楽しめそうにないけど」
「そうだな」
 そう言ったところで、丁度よく大浴場へと到着した。木目調の仕切り板の向こう側、そこに入ると男女を分ける、銭湯によくある暖簾に迎えられる。
「あっちも本当に固まって入っているんだな」
 そんな暖簾の先のドアの向こう、何やらきゃぴきゃぴした女子たちの声がする。かなり盛り上がっているようだ。風呂に入るだけで何がそんなに楽しいのか。ただ台風でテンションが上がっているとは思えない、溌溂とした笑い声が響き渡っている。
「こういう時、女子っていいなって羨ましくなるよな」
「まあな。男子が風呂であのテンションって、水風呂くらいしかあり得ねえ」
「さっさと入るぞ」
 女湯を羨ましそうに見つめる二人を引っ張り、朝飛たちは男湯の暖簾を潜る。すると
「あっ、すみません」
 大関がマッサージチェアに座って寛いでいた。誰も来ないと油断していたと頭を掻くので、気を遣わないでくださいと三人は笑顔で応じる。
「疲れるのはお互い様ですよ」
「すみません。いやあ、理系の学生さんっていうと、お堅くて融通の利かない人ばかりかと思っていましたが、偏見でしたね」
 マッサージチェアを使っていいと言われて再び腰掛けた大関は、そんなぶっちゃけをかましてくれた。
「まあ、そういう人もいますけど、物理学は割とフラットなタイプが多いですよ。共同研究をするうえでも、親しくする態度というのは大切ですし」
 服を脱ぎながら、朝飛は苦笑してしまう。そういう世間の認識があることは知っているし、何より解り難い分野を研究している。そういう偏見は仕方のないところだ。
「へえ。やっぱりどこの業界も一緒ですね」
「そうですね」
 気持ちよさそうにマッサージチェアに座る大関は、ようやく愚痴のようなことが吐き出せたというところか。聡明の行方は気になるだろうが、ちょっとした息抜きになっているらしい。
「さあ、入ろう」
 そうしている間に健輔と直太朗はすでに服を脱ぎ終えていた。女子たちのことを羨ましいと言っていた二人だが、十分にテンションが上がっていると思う。大きなお風呂というだけで、非日常の感じがするからだろう。
「解ってますよ。じゃあ、大関さん」
「はい。ごゆっくり」
 大関に見送られ、朝飛も大浴場へと進んだ。そこは旅館に匹敵するくらいに綺麗な浴場で、大きな窓が特徴的だった。真ん中に大きなガラスがあって見晴らしが確保されている。その横に支柱のようなものがあって、さらに小さな窓が付いていた。
 晴れている日ならば絶景だっただろう。海が綺麗にみえるはずだ。ただし、今は夜だし雨が降っているとあって何も見えない。ただ、ごおっという外の音は聞こえていた。
「台風を実感するね」
 まずはお湯を浴びないとと、蛇口のある壁面に並んだ三人は思わず窓を見てしまう。
「明日にはここに上陸か。あれ、いつも思うんだけど、上陸ってされるタイミングって目が通過した時かな」
「さあ、たぶんそうなんじゃないんですか」
 台風に関して訊かれても朝飛は専門じゃない。直太朗の質問に健輔も首を捻っていた。みんなそういうところは曖昧にやっている証拠だ。
「確かに専門以外のことって解り難いですもんねえ」
「台風くらいはしっかり誰かが説明してくれてもよさそうだけど。宇宙の始まりじゃねえんだし」
 健輔と直太朗はそう言って笑い合う。これは今後も自主的には調べるつもりはないなと、朝飛は苦笑する。
「先に浸かってるぞ」
 自分も調べないしなと思ったところで、とっととお湯を浴びて風呂へと浸かった。ほどよい熱さのお風呂に、自然と溜め息が漏れてしまう。
「小宮山。おじさん臭いぞ」
「何とでも言え。人間なんだから溜め息くらい出る」
「出すな。イケメンは風呂に入って溜め息を出すんじゃない」
 直太朗がせめてそのくらいはやってくれと訴えながら風呂に入ってくる。しかし、そんな直太朗もしっかり溜め息を吐き出していた。
「くっ、生理現象め。でも俺はイケメンじゃないから」
 くくっと笑う朝飛に対し、しっかり抗議を入れる直太朗は諦めが悪い。そこに健輔が入って来て
「ああ。これは溜め息出ますねえ」
 というので、結局は生理現象で片付けられることとなった。しばらく三人で外の風の音に耳を傾ける。そうしていると女子たちの声が響いてきて、どうやらお風呂に浸かりに来たらしい。
「さっき入ってたんじゃねえのかよ」
「あのテンションはマジでなんだったんだ」
 健輔と直太朗はそんなことを言いつつ、ちゃっかり女湯との境の壁に移動した。そして聞き耳を立てている。
「おいおい」
「しっ」
「気になるだろ」
 注意しようとする朝飛に対し、二人は真剣だ。高校生と大学院生が息ぴったりである。
 こういうの、何歳になっても変わらないんだなと呆れてしまう。因みに朝飛は美樹たちがどんな会話をしていようと、多少は気になるものの無視だ。
「あっ、吉本さん。シャンプー貸してください。それ、びっくりするくらい髪のコンディションがよくなりました」
「でしょ」
 しかし、女子の声というのは通りやすいものらしい。聞き耳を立てていなくても、そんな声が聞こえてくる。
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