偽りの島に探偵は啼く

渋川宙

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第17話 気になる

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「これ、いいやつですよね。帰ったら絶対に買おう」
「そうそう。これで洗うと軋まないのよ。織佳も使ったら」
「へえ。私も、ここのシャンプー合ってないみたいで軋んじゃったんですよ。ありがとうございます」
 向こうも向こうで仲良くやっているらしい。それは何よりと、朝飛はさらに湯船にゆったりと浸かる。それにしてもシャンプー一つでも大盛り上がりとは凄い。
「そう言えば川瀬さん。小宮山君の好きなものって何か知ってる?」
 しかし、ゆっくり浸かれない会話が展開されようとしている。どうして俺の好きなものを訊くと、朝飛は首を傾げた。
「さすがイケメン天才君。モテモテだね」
「モテた経験なんてないよ」
 にやっと笑う健輔に対し、アホかと朝飛は苦笑する。が、美樹はなんと答えるのか。ちょっと気になった。変な答えを言わないだろうか、そんな心配をしてしまう。
「食べ物だと煮卵入りの醤油ラーメン。飲み物はコーヒーね。あの人、カフェインの過剰摂取だと思うのよね。放課後の部活の間に十杯くらい、ブラックで飲んでるわよ。顧問の先生が気を利かして置いてくれてるからって、飲みすぎなのよ」
 でもって美樹の答えは恐ろしく的確だった。
 確かに自分でもコーヒーは飲み過ぎかなと思う時がある。それにしても、ラーメンに関してどうしてそんなに詳しく知っているのか。ちょっと怖い。
「ラーメン好きなんだ。それも意外。初日の肉の早食いにもびっくりだったけど」
「そうそう。こう、もっとお上品に食べそうなのに」
「あの人も一般男子だから」
 美樹、さらっと凄い。他がどれだけ褒めてもぶれないとはさすがだ。朝飛は彼女が共同研究者でよかったと心から賛辞を送っておく。
「一般男子!?」
「認められん」
 しかし、なぜか美樹の言葉に健輔と直太朗が反論した。そしてじどっと朝飛を睨んでいる。
 なぜだ。謎だ。研究以外で敵意を向けられる覚えは一切ないのだが。
「身体を洗おう」
 馬鹿馬鹿しいと、朝飛はそそくさと湯船から出ようとした。だが、そこを二人に阻まれる。がしっと足を掴まれて、どぼんっと派手に湯船の中にひっくり返ることになった。
「やったぜ!」
「意外とどんくさい」
「お前らあ」
 そこから互いにお湯を掛け合ったり足を掴んで沈めたりと、プールのように暴れてしまう。朝飛が逃げ惑う健輔を捕まえると、後ろから直太朗にばさっとお湯を掛けられた。
「うおっ」
「男子煩い!」
 すると向こう側から苦情が入った。そうだ、互いの声が聞こえるというのを忘れていた。三人はやってしまったと大笑いする。
「ったく、風呂で疲れてどうする」
 朝飛は身体を洗って上がるぞと、ようやく湯船から抜け出したのだった。





 翌朝も風の音に起こされた。宿泊棟全体が静かだと余計に風の音が響くらしく、それが気になって起きてしまう。
「ううん、まだ五時か」
 できればもう少しゆっくり寝たかったなと思いつつ、朝飛はのそっと身体を起こした。ついでにスマホをチェックし、倫明からメールが入っていないかと確認したがなかった。
 一体どこに行ってしまったのか。昨日は棚上げとしたが、いなくなってすでに十二時間以上が経過している。さすがにこれは何か拙い状況だと理解させられる。
「でも、こんな閉じた空間で何をしようというのか」
 外に出たところで、強風で島から脱出できるわけではない。下手なトラブルは起こさない方がいいことは、責任ある立場の二人がよく解っているはずだ。
「まったく」
 そんなことを考えていたら、完全に目が覚めてしまった。昨日と同じく、コーヒーを貰いに行くかと立ち上がった。その前にトイレを済ませるか。
「凄い風だな」
 立ち上がって外を見ると、僅かに明るくなった外は雨風の激しさを増しているのが解った。木は折れんばかりに靡き、雨は叩きつけるように降っている。
「雨も強まっているのか。これはますます外の捜索は無理だな」
 二人に何があったのか気になるが、確認に行くのはやはり台風が過ぎ去らないと無理だ。これは台風情報もチェックしないとなと、朝から頭が慌ただしく動く。
「でも、その前にコーヒー」
 昨日も美樹が指摘したように、何事もコーヒーがないと始まらないタイプだ。そそくさとトイレを済ませると、そのまま廊下へと出る。
「あっ、おはよう」
 すると一つ向こう側のドアが開き、美樹が顔を覗かせた。彼女もまた、コーヒーをよく飲むタイプだ。人のことは言えない。朝飛と同じく、朝一番のコーヒーというところか。
「小宮山君のせいで習慣付いちゃったな」
「何故、俺のせいにするんだ」
 言いがかりだろと言いながら、二人で廊下の端の自販機へと向かった。すると今日もまた先客がいる。
「あ、どうも」
 健輔が寝ぐせだらけの頭を掻きながら挨拶をしてくる。喉が渇いて起きたという。
「炭酸ジュースが欲しくて」
「へえ。寝起きに炭酸って胃に悪そうだけど」
「そうかなあ」
 言いつつ、先に自販機を使い終えた健輔は、その場でコーラーを一気に喉に流し込んでいた。朝飛と美樹も手早くコーヒーを買うと、その場で開けて飲み始める。
「風、凄いね」
「ああ。今日は完全にここから出られないな」
 そう言って飲んでいたら一気飲みしていた。朝飛はもう一つコーヒーを貰って戻ることにする。
「今日の予定ってどうするんだ」
 その前にと健輔が一日をどうするのかと訊いてきた。それで朝飛は、自分が決定しなければならないのかと思い出す。
「そうだな。昨日と同じ感じになるかな。まあ、もう少し専門的なところになるだろうね。他の人の研究状況も知りたいし」
「了解」
 そこで健輔とは別れた。健輔はまだコーラーを飲んでいる。ここで飲み切って戻るつもりらしい。
「そうか。今日も話し合いしか出来ないね」
「そうだな。個々に研究してもいいんだろうけど、この台風の中だからね。停電が起こる可能性もあるし、固まっているのが無難だろう」
「そういう点では、エレベーターがなくてよかったね。これで閉じ込められたってなったら、助けてもらえないよ」
「ああ」
 三階という高さだから設置しなかったのだろうエレベーターに、非常時は階段だけの方がいいのかと妙な納得をしてしまう。確かにこんな小さな島でエレベーターのトラブルは困るだろう。そういうことも考えて設置しなかったのかもしれない。
「これじゃあ今日は台風を楽しむしかないね」
「いや、一応話し合いはするからな」
 完全に休みモードに入ろうとする美樹に注意しつつ、それでも台風情報に気を付けなければならないのは確かだ。
「台風情報見たか」
「ううん、まだ。あっ、今日も小宮山君の部屋に行くね」
「着替えてからな」
 今日は俺も着替えていないからと、十五分後に集合と決めて別れた。他はこの風の音の中でも寝ているのか、それとも部屋で過ごしているのか、静かなものだった。
「何もないよな」
 昨日のこともあって少し不安になった朝飛だが、何もないと首を振ると部屋に戻っていた。



 台風は島のすぐ南側にあるらしい。それが衛星写真から解ったことだった。
「ということは、昼くらいにはすっぽり島が台風の中ってことね」
「そうだな。まあ、その調子で進めば明日の朝には抜けるだろう」
「そうね」
 という会話は、部屋ではなくレストランで交わしていた。昨日も六時半より前に開けていたというのを思い出し、二人は六時過ぎに下りていたのだ。美樹が小腹が空いたと訴えたというのも理由にある。
 そして思惑通りに藤本が早めにレストランを開けておいてくれ、さらにパンを差し入れてくれたのだ。おかげで美樹の小腹も満たされることとなった。
「美味しい。焼きたてですか」
「いえ。さすがにパンまで手が回らないので冷凍です」
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