偽りの島に探偵は啼く

渋川宙

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第18話 事件発生

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「へえ。全然判らないですね。冷凍食品ってどんどん進化しますねえ」
 と、そんなことを藤本と言いつつパンを堪能している。朝飛も気になって一つ貰ったが、確かに言われなければ冷凍とは解らない。
 そんなことをしていると、続々と一階に人が集まり始めた。やはり誰もが台風と行方不明の二人が気になって眠れなかったのだろう。昨日と同様、六時半にはほぼ全員が揃っていた。今日は企業側の二人も六時半には下りてきている。
「あれ?」
 しかし、その中に志津の姿がないことに、一通り朝食を食べ終えた段階で朝飛は気づいた。昨日、台風による頭痛が心配だと言っていたが、ひょっとして頭痛で起きて来られないのだろうか。
「田中さん、起きて来ていないね。川瀬さんは頭痛は大丈夫なのかい」
 取り敢えず、すでに頭痛はあるのかと美樹に訊ねてみる。すると重い感じはあるが、自分は寝込むほどではないとのことだった。
「でも、酷い人は本当に起き上がれないって聞くよ」
「ううむ。じゃあ、後で確認した方がいいな。今日一日起きれないようだったら、川瀬さんにサポートしてもらった方がいいかもしれないし」
「了解。私もご飯を食べ終わったら頭痛止め飲んでおこう」
「そうだな」
 そういうことも考慮して今日の予定を立てないと駄目なのかと、今更ながら朝飛は思い至って唸ってしまう。コーヒーを飲みつつ、これは難しい議論なんて無理かもしれないなと思っていた。
「どうしました?」
 そこに日向が確認にやって来る。何かトラブルが起こったと思ったのだろう。
「いえ。ただ今日の」
 そう言った時、けたたましい警報音が鳴った。非常ベルだ。一体何事だと驚くと同時に、日向が駆け出して行く。自然と、朝飛もその後を追っていた。
「あっ、待って」
 まだ食後のデザートのフルーツ入りヨーグルトを堪能していた美樹も、慌ててその後を追う。他も食事を一時中断して外へと出た。ともかく原因を探さなければならない。
「火事ですか」
「いえ。この音は火災報知器とは違います。たぶん、どこかのドアか窓が壊れたようです。侵入警報装置ですね」
「へえ」
 そんなものまで設置していたのかと、セキュリティ装置があったことに驚きつつ、割れた窓がないか探すこととなった。日向はまず警報装置を止めると一階にある事務室へと入っていった。
「窓って、一階は無事みたいだな」
「ええ。足立先輩と大関さん今川さん、それに坂田さんと梶原さんは二階の確認を、他は三階の確認です」
「私は一階を」
 朝飛の指示に、呼ばれなかった藤本が大浴場などを確認するという。そうしている間に非常ベルの音が止まった。
「小宮山さん」
「役割分担は終わりました。斎藤さんも二階に」
「了解です。使っていない部屋の窓が割れている可能性もありますので、これを」
 その日向は事務室に入ったついでにと、昨日も使ったスペアキーを持って来てくれた。
「解りました」
 こうしてそれぞれ上の階へと移動することになった。食後すぐに三階まで上がるのはしんどいが、今は文句を言っている場合ではない。
「これ、台風の風が強くなったらますます厄介ですね」
「そうだな。目張りしておく必要があるな」
 やることが次々に出てくるな。
 朝飛は勢力の強い台風というものが、これほど厄介だとは思わなかった。
「うわっ」
 そして三階に上がると、どこからかひゅうひゅうと風が吹き込んでいるのが解った。足元を風が駆け抜け、耳障りな風鳴がする。割れているのは三階のようだ。もちろん複数個所で同時に割れている可能性があるから、二階のチェックが不要だとは思わないが、思わず自分の部屋は大丈夫かと心配になる。
「みんな、まずはそれぞれの部屋を」
「はい」
 朝飛の指示に、三階のメンバーはほっとした顔をしてそれぞれの部屋へと入っていく。一番奥の朝飛も走って自分の部屋へと行くと、窓が割れていないことを確認した。
「そうだ」
 向かいの部屋。倫明の部屋も先にチェックしておこう。そう思ってすぐに廊下に出ると、預かったスペアキーで倫明の部屋を確認する。こちらも無事だった。
 角部屋は特に目張りなどの補強が必要だろう。それほど風が強かった。ついでに部屋の中をざっと確認してみたが、戻って来た様子はなかった。本当にどこに行ってしまったのだろう。
「次は、そうだ。田中さんの部屋だ」
 これほど騒ぎになっているのに出て来ない志津が心配になった。慌てて外に出ると、すでに美樹と真衣、それに織佳が志津の部屋の前に集まってどんどんっとノックをしていた。しかし、起きてくる気配がないらしい。その様子に、既視感に襲われる。
「まさか」
 志津までいなくなったのか。そんな不安が襲い、朝飛は慌てて志津の部屋のドアへと駆け寄った。そして躊躇いなくスペアキーを使ってドアを開けようとする。が、何故か重たい。ドアの隙間から足のあたりに風が当たっていて、部屋の中から吹き付けてくるのが解る。風が入ってきているのだ。
「手伝うわ」
「ああ」
 美樹と一緒にどんっと体当たりするようにドアを開けた。力が一気にかかり、ドアが勢いよく開く。
「うわっ」
「きゃああ」
 すると、ぶわっと風が吹きつけてきた。窓が割れていたのはやはりここだったのだ。ドアが重たかったのは、風圧が掛かっていたせいだ。
「田中さん」
「どこ」
 しかし、部屋に志津の姿はない。ベッドの上は荒れていて、さらに風のせいで部屋に入って来た木の葉が落ちている。雨も容赦なく部屋に入り込み、カーペット一面を濡らしている。しかもなぜか、ユニットバス近くに水溜りが出来ている。
「小宮山君、大変!」
 美樹が割れた窓の外を覗いて悲鳴のように叫ぶ。朝飛はどうしたと駆け寄り、指差す下へと目を向けた。
「なっ」
 そこには、雨に濡れても微動だにしない、仰向けに横たわった志津の姿があったのだった。



「転落事故、なわけないですよね」
「台風の最中ですよ。まず、窓を開けようとさえ思いません」
 ヘルメットと雨合羽を着用してなんとか志津を宿泊棟の中へと運んだわけだが、どうして死んでいたのか。この謎に誰もが頭を悩ませることになった。朝飛は濡れた雨合羽を回収する日向に、どうすると訊いた。
「まずは警察へ連絡ですね。しかし、この暴風雨です。我々が島を出られないように、警察もここに来れない」
「ええ」
 日向も深刻な顔をしている。ただでさえ、責任者である佐久間一族の二人がいないのだ。そんな中での不可解な志津の死。どれだけ仕事を完璧にこなせる人でも、困惑を隠せないのは当然だ。
「窓は塞げたか」
「ええ。藤本さんに食材の入っていた段ボールを貰ってなんとか」
 死体の回収に朝飛たち男性陣が出ていた間、残った女性陣は割れた窓の補修をしてくれていた。美樹がしばらくは問題ない程度にしてあるというので、朝飛はそれを信用する。何事もそつなくこなせるのは美樹も同じだからだ。
「でも、田中さんってずっと一人でいて、しかも俺たち、レストランにいましたよ」
 転落が不自然だというが、この状況は本人にしか起こせないはずだ。そう大関が指摘する。これ以上の面倒なことはごめんだ。そう言いたげだった。
「それはもちろんです。しかし、暴風雨であることは田中さんも知っている。わざわざ窓を開ける必要なんてないんですよ」
「そ、それはそうですが」
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