偽りの島に探偵は啼く

渋川宙

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第19話 奇妙な死体

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「それに警報装置が作動していることから、割ったことは確実なんです。それを田中さんがやっていないかどうか。それは本人に確認できないので不明ですが、しかし、不自然だ。普通は割らずに開けるものですからね」
「――」
 朝飛の冷静な指摘に、大関は尚も口を開こうとして止めた。確かに不自然だ。それは否定できないと感じたのだろう。
 全員の視線が、床に敷かれたビニールシートの上に横たわる志津へと集まる。死体にはすでに上からもシートを掛けて見えないようにしてあるが、この謎を解く鍵は彼女しかない。
「死体が着用していたのはパジャマでした。ということは、少なくとも田中さんは死ぬ直前まで寝ていたということになりますね」
 日向の指摘に朝飛は頷く。
「昨日も台風による頭痛を心配されていましたから、起き上がれなかった可能性はあります」
「なるほど。となると、ますます自分で窓を割る可能性も、自ら転落する可能性も否定されますね」
「ええ」
 日向の指摘に、朝飛もだから悩んでいると大きく頷いた。もちろん、初めから志津が自らやったとは思っていない。先ほど大関にも言ったように、台風の最中に窓を割るなんて意味のない行動だからだ。さらに転落するなんて、窓は朝飛でも腰くらいの高さにあるのだから無理だ。
 それにもう一つ、志津が割ったことを否定する要素があった。朝飛はちらっとだけシートを捲り、やはりと確認する。
「どうしました?」
「部屋を開けた時、風圧でドアが開き難かったんです。とすると、風は窓に吹き付けるように吹いている。もし田中さんが自ら割ったのだとすれば、飛んできた破片でガラスによる切り傷が出来ていても不思議ではないはずなんです。しかし」
 朝飛はそう言って、同じように覗き込んだ日向たちに死体を見せる。その死体は落ちた衝撃であちこち打った後はあるものの、ガラスによる傷はなかった。
 さらに不自然なことがある。死体が仰向けだったことだ。そうやって落ちるには、窓に背を向けて落ちなければならない。これはどういうことか。暴風雨のなか、万が一にも自殺をしようとしたにしては不自然であり、確実に転落事故ではない。
「そうですね。冷静に考えれば奇妙なことばかりです」
 日向も窓を開ける以上に奇妙だと、その死体が不自然な事実に愕然としていた。
「ええ。認めたくはありませんが、これは殺人事件です」
「そんな。だって、全員レストランにいたのに」
 朝飛の宣告に、そんな馬鹿なと大関が言う。しかし、他のメンバーは薄々気づいていたのだろう。ううむと唸り声をあげて黙り込んだ。
「そう。全員がレストランにいた。これが非常に厄介な点です。田中さん以外がいたことは、あの時非常ベルによってレストランを飛び出して来た時に確認していますからね」
 朝飛は全員に指示を出したから、よく覚えている。
 その場に欠けていたのは事務室に入った日向と、死体となって発見された志津だけだ。その日向も非常ベルを止め、スペアキーを持って事務室からすぐに出てきている。
「つまり、誰にも犯行が不可能であるのに、殺人事件が起こってしまった。そういうことですね」
 日向の確認に、朝飛は頷くしかない。
 そう、言うなれば犯行時刻に全員のアリバイがある。しかも、部屋は施錠されていた。さらに外は暴風雨なのだ。この状況でどうやって志津を殺したというのか。
「致命傷は」
「そうですね。そういえば」
 真衣の質問に、そう言えば目立った外傷がないなと朝飛はもう一度シートを捲ってみる。打ち身はあちこちに出来ているのに綺麗なものだ。いや、そもそもこの打ち身はどうして出来たのだろう。
「変ですね」
「ええ」
 ちょっと失礼と、日向は躊躇いなく志津のパジャマを捲ってみた。すると、ここにもあちこち打ち身がある。それにプラスして、胴体にはロープを巻き付けたような痕が残っていた。
「なんだ、これは」
「ロープで拘束されていたんでしょうか」
 まさか、監禁されていた。しかし、志津の顔はとても穏やかだった。これはどういうことなのだろう。
「これって」
「全身に打撲があるとみて間違いないでしょうね。そして、死因は全身を打撲されたことによる臓器の損傷というところでしょうか。でも、その場合、この表情にはならないはずですけど」
「――」
 奇妙な死体は、こうしてさらに奇妙さを帯びることとなるのだった。



 すぐに警察へと連絡を入れたものの、予想通り、この暴風雨で船が出せないためにすぐには駆け付けられないとのことだった。現場だけはしっかり保存してくれと頼まれ、そこで話は途切れてしまう。つまり、台風が抜けないことにはどうしようもない。
 そんな状況下でさすがに独りになるのは危ない。そう判断するしかなく、全員がレストランに集まることとなった。とはいえ、貴重品やパソコンなどを部屋に置きっ放しだと心配だし時間を持て余す。だから一度、必要な物を取りに戻ることになった。
「じゃあ、二階と三階のメンバーで固まって移動ということにしましょう」
「そうですね。それが効率的でかつ安全な方法でしょう」
 朝飛の提案に日向が同意したことで、まずは荷物を取りに行くことになった。ついでに不審者がいないかチェックをして、一時間後にレストランへと戻ってくることで決定した。
「その間、私たちはここに」
「ええ、お願いします。それと、氷があれば手配を。いくら冷房が効いているとはいえ、このままでは不安です」
「ああ、はい」
 志津の傍に残るという藤本たちに、日向が氷を用意してくれと頼んだ。それはもちろん、腐敗速度を遅らせるためだ。藤本はすぐに理解し、レストランの厨房へと入っていった。
「それでは三階の皆様からどうぞ」
「はあ、そうですか。では」
 ここで譲り合っていても時間の無駄と判断し、朝飛はお言葉に甘えることにした。その間に二階のメンバーも氷を出して死体の横に置くのを手伝うという。
「なんか悪いよね。二階の方が人数が少ないのに」
「まあね。でも、斎藤さんとしては一応客である俺たちにやらせたくないのかも」
「ああ、そうか」
 階段を上りながら美樹とそんな会話をすると、周りからもほっとしたという溜め息が漏れた。どうやらそれなりに気にする人ばかりらしい。
「やっぱ、向こうは向こうで気を遣うんだな。こっちも、甘えっ放しでいいのかなって思っちゃうし」
 健輔がぼやくように言った言葉が、おそらく今回招かれた招待客たちの本音だろう。至れり尽くせりなのはありがたいが、倫明と聡明が行方不明の今、それを享受していていいのかと悩んでしまう。
「二人は、どこに行ったんだろう」
 それが一番の問題だなと、美樹の問いに誰もが溜め息だ。この台風の中、一体二人はどこに行ってしまったのか。
「研究棟か、もしくは加速器のある建物まで行ったとしか考えられないだろう」
「だよね。でも、何の連絡もないってなると」
「あまり考えたくないが、トラブルが起きているんだろうな」
「そうだね」
 そこで朝飛の部屋に到着したので、手早く荷物を拾ってくることになる。ここが最も奥になるので、そこから順番に部屋に寄っていくことになる。
「終わったぞ」
「早いね」
「パソコンくらいだからな」
 後はポケットに入っているしとズボンを叩く。いつもの癖で、ここでも財布をポケットに入れていたのだ。
「なるほど」
 美樹が納得したところで、次は一つ飛んで次の部屋を使う美樹だ。その彼女も、朝飛のことを言えないくらいにすぐに荷物を持って出てくる。
「研究棟に行く時用に持って来たカバンが役に立ったわ」
 にこっと笑う美樹は、エコバッグのようなものを手にしている。そこにパソコンなど必要なものを入れたのだとか。
「たったこれだけなのに個性が出るね」
「みたいだな」
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