偽りの島に探偵は啼く

渋川宙

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第20話 いつもどおりに

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 そう直太朗と言い合ったのだが、その後、これは男女の差かもしれないという結論に至る。というのも、健輔も直太朗もノートパソコンをカバーに入れてくるくらいで、後は何でもポケットに突っ込んだ。ところが、真衣と織佳は美樹のように持ち運ぶ用のバッグを持っている。
「ううむ、生活習慣の差かな」
「かもしれないな」
「というより、男の人より持って行くものが多いからよ」
 妙なところが気になっている朝飛と直太朗に、真衣がそう教えてくれた。化粧品や常備薬など、そういうものを持ち運ぶ必要があるのだという。
「ああ、化粧品ねえ。確かに俺たちには必要ねえか」
「最近じゃあ、男子も持っている人はいるけどね。俺の高校にも、身だしなみを気にする奴は持ってるよ」
 無縁だなという直太朗に対し、健輔が横からそんなことを言う。確かに最近は男性用化粧品ってコーナーもあるなと、朝飛も何だか思考がおかしくなる。
「それより、二階の人を待たせてるから」
「ああ、そうだった」
 こうして全員共通で持ち出したものはノートパソコン。他はそれぞれという感じで、大きな荷物は置いておくことになった。
 こうして無事に一時間後には全員がレストランに揃ったのだが、全員がパソコンを操作しているという、部活と変わらない光景が繰り広げられることになった。
「まあ、これが妥当か」
「そうね。それぞれのペースで進められるし」
 朝飛と美樹は共同研究の内容をすり合わせながら、思わず苦笑していた。環境が変わっても出来ることとはいえ、これでいいのかと思わなくもない。
 それも台風の最中で、しかも殺人事件まで起きているというのにだ。しかし、こうして研究をしている方が非常事態であることを忘れられていいのかもしれない。
「それで、四次元への応用に関してだよね」
「ああ、そうそう。二次元での厳密解が導けているということは、拡張することで出てくる、はず、なんだけどねえ。でも、数学でも二次元の解と五次元の解が全く違う方法から出てくるってこともあるらしいから、この理論も同じ状況になる可能性もある」
「ああ。ポアンカレ予想の解ね。あそこまで難解な数学と同じとなると、非常に気が滅入るなあ。っていうか、高校生の手には負えないよ。小宮山君ならば可能だろうけどさ」
 先ほどの例えからすぐにポアンカレが出てくるところに、朝飛は安心して美樹と組んでいられる。彼女のレベルが朝飛とほぼ同じである証拠だ。ただし、愚痴はしっかり言ってくれるけれども。
「さすがにそこまで難解になるとねえと、俺でも思うよ。しかし、最近の数理物理はどんどん難解になっているからねえ。今からそういう発想に慣れておいて、損はないよ」
「そうだけど。でも、それだと超弦理論と似たような状況にならないかなあ」
 と、そこまで言って、やばっと美樹は持っていた資料で口を塞ぐ。普段の部活と違って、今はその超弦理論を研究している奴がいることを、すっかり忘れていたらしい。見事に健輔に睨まれている。
「彼らも過剰に反応するしねえ」
 ケンカするんじゃないとの注意の意味も込めて朝飛が言うと、健輔は肩を竦めた。数学的な要素が強すぎるのはどうか。そういう風潮があることは理解しているのだろう。
「皆さん、そろそろお昼ご飯の時間ですが」
 とそこに、丁度よく緊張が途切れたなと藤本が声を掛けてきた。気づけばもう十二時前だ。あまりに非現実的なことが続いたせいか、それを追いやるように必死になってやっていたらしい。
「そう言えば台風は」
「台風まで忘れられるって凄いですね」
 朝飛のきょとんとした顔に、その集中力は凄いと日向に呆れられた。その日向は窓際で外の様子を確認している。朝飛も確認しておくべきかと傍に寄った。
「それで、状況はどうですか?」
「今、暴風域に入っているみたいですね。ただ、動きが遅いので抜けるのはやはり、夜中から明日の朝になりそうです」
 日向はスマホと外の状況を合わせて確認している。今、実質的に日向が責任者であるから、何かあっては大変と気を張っているのだろう。
「じゃあ、警察が来るのは明日以降」
「というより、明後日以降ですね。ここから本州まで離れていますから、東京に影響が出るのは明日の午後になります」
「ああ、そうか」
 小笠原諸島付近にいるということも、すぐに抜け落ちて困ってしまう。恐らく台風が来なければ、この微妙な差異に悩まされることはなかったのだろうが、距離感の違いを実感してしまう。
「それです。私も地図と睨めっこをしていて、意外と離れているものだと思ったものです」
 窓に近づいて外を覗いた朝飛に向かって、日向はそう苦笑する。彼もまた、この台風に手を焼いているようだ。
「そうなんですよね。威力も、東京で受けるのとは違いますし」
「ええ。ここだとまだ、発達している途中になってしまいますからね」
 二人揃って再び窓の外に目を向ける。風も雨も朝よりもさらに強く激しくなっていた。これがまだ十二時間近くも続くと思うと怖さを覚える。
「あの、すみません」
「ああ、そうだった。昼ご飯ですね」
「ええ。温かい蕎麦ですので」
「それは早く食べないと」
 伸びる前に食べないと、作ってくれた藤本に申し訳ない。ということで、そそくさとテーブルに戻ることになった。それに日向は苦笑したものの、せっかくの蕎麦なのでと自分も急いだ。
「なんか、ほっとする」
 すでに食べ始めていた美樹は、汁を啜って満足そうだ。他も緊張していたせいか、温かい蕎麦に一息吐けている様子だ。朝飛も早速とお汁を飲むと、温かく優しい味に緊張が解れるような気がした。そこから一心に蕎麦を啜ってしまう。上に載っていたかき揚げも絶品の美味しさだ。
「いやあ、満足」
「そう言えば六時半に朝食を食べてから、バタバタだったもんね」
「ああ。それはそうと、川瀬さん。頭痛止めは飲んだのかい?」
「忘れてた。でも、この緊張状態のせいか、頭痛はしてないね」
 美樹はそう言ってふとレストランの出入り口へと目を向ける。その少し先に、志津の遺体を寝かしてあるのだ。それを思い出すと、途端に不安感が込み上げてくる。
「問題を棚上げにしていいのかとは思うけど、プロに任せるのが無難だな。さすがに高校でちょちょっと謎を解決するのとは違う」
 朝飛は首を突っ込まないのが無難だよなと、珍しく消極的なことを言う。
 普段はどんな事件にも首を突っ込むというのにだ。気が回る性格をしている分、厄介事と見るとすぐに助太刀するのが朝飛なのだ。
「そうだけど、犯人がいるはずなんだよね」
 おかげでいつもと違って、美樹が発破をかけることになる。
 日頃便利屋のように使われている頭脳を、今こそ駆使すべきではないか。
 時には高校生探偵なんて呼ばれることもあるのに。
「まあね。ただし、ここにいた人たちには不可能だった、という条件が課されている。となると、何か小説のようなトリックを使ったことになるね」
「ううん。しかもそれを台風の中でってことよね。条件が厳しすぎるか」
「そういうこと。同じく台風で外部からの侵入は考えられないから、この中に犯人がいると考えるのは妥当だ。しかし、トリックに対しての解答は導き出せない。というわけで、全員で固まっているのが最も安全かつ次の犯行を起こせないとなる」
「そうだけど」
 固まっている限りは別の犯行を起こすことは不可能だ、というのは美樹も納得できる。問題を棚上げすることにはなるが、被害者を増やさない最善策というわけだ。しかし、普段の朝飛の活躍から考えれば、そのトリックを見抜くことも可能ではないか。
「そのことですけど」
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