偽りの島に探偵は啼く

渋川宙

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第21話 探偵始動

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 そこに再び日向が声を掛けてきた。ちょいちょいと、再び窓辺に呼ばれる。とはいえ、レストランという限られた空間での出来事だ。全員の視線が窓側に移動した二人に注がれている。
「他には話せないことですか」
 こそこそ相談というのは怪しまれるのでは。朝飛はそう言うと、他に訊ねる前にまずあなたに、と言われてしまった。
「はあ」
「倫明さんが研究者の中心に据えていた方ですからね。まずはあなたに相談するのがいいと思いまして」
「はあ、なるほど」
「それで、その倫明さんと聡明についてですが」
「はい」
「あの二人ならば、犯行は可能ということですよね」
「――」
 いきなりとんでもない話題を振られて、朝飛は咄嗟に言葉が出て来なかった。あの二人ならば突飛なトリックなんて必要ない。それは消去法で考えればすぐに解ることだ。あえて、いや、台風の中だからこそ、今まで考えていなかったに過ぎない。
「もちろん、そんなことをする理由に心当たりはありませんし、聡明に関してはこの研究所に反対でしたが、倫明さんは反対していたわけではありません。しかし」
「他が不可能となれば、蓋然性は高いと」
「ええ」
 それに関して意見はあるか。それを日向は聞きたいようだ。しかし、何も解っていないのに、彼らに可能だからと決めつけるのはよくないだろう。それに、そういう先入観が別の問題を生む可能性だってある。
「ええ。それが一番困るところです。だからまず小宮山さんにと思って、お聞きしています」
「ああ、まあ、そうですけど」
 それを相談されたところで困る。それが正直な思いだ。とはいえ、先ほど美樹も気にしていた。当然、他のメンバーも色々と考えていることだろう。
 特に、志津が他殺であることは間違いないのだ。この事実を指摘したのが自分であるだけに、何か意見をと求められるのは当然だった。
「亡くなられた田中さんに関して、何か知りませんか。例えば、倫明さんと仲が悪かったとか」
「ううん。それはないと思いますね。相手は大学生ですし、倫明とだと研究したい分野が全く違うし、接点がないですよ。今回は初期宇宙の研究ということで呼んだというだけで、倫明が以前から田中さんのことを詳しく知っていたとは思えません」
 朝飛の意見に、日向はううむと唸ってしまった。何か接点があればこのまま疑えるところだが、接点がないのにあんな不可思議な殺人を犯すとは思えない。
「確かに不可思議ですよね。明らかに、無抵抗のところを襲ったとしか思えない死体でした」
「ええ。その点でも、倫明は該当しないと思いますよ。普段から接点はないですし」
「ううむ」
 しかし、容疑者がいないのだ。これをどうすればいいのか。
「まあ、ちょっとした聞き込みは必要かもしれないですね。とはいえ、こうやって話していると全員が注目してしまいますし、他の誰かが聞いている状況で、本当のことを喋ってくれるかどうかは不明ですよ」
「ですよね。それは問題です。あと、下手に感情論になっても困ります。特に、台風の中ですからね」
「そうですね」
 ここで自棄を起こして外に出られると厄介だ。それも考えてまず朝飛に相談したというところか。しかし、日向はじっと朝飛を見ている。まだ何か言いたそうだ。
「あの」
「小宮山さん。研究の相談という形で個別に聞き出すことって出来ないですか」
 何かと問う前に言われた内容に、朝飛は若干目眩がした。まさか聞き込みまで頼むつもりだったとは。
「私だと他の皆さんを警戒させるだけですし、何より、皆さんの人間関係が解らない。しかし、小宮山さんなら出来るんじゃないですか」
「まあ。ある程度は解ってますけど」
 頷きつつも、思わず遠い目をしてしまう。
 親睦会以来、あれこれ誤解が解けて親しくしているが、それでも踏み込んで事情を聞いていいのかは悩むところだ。普段からやっかみを買いやすい朝飛としては、後々火種になりそうな役割を引き受けたくない。
「小宮山さんって、妙なところで気を遣いますよね。昔、何かあったんですか」
「うっ」
 まさかの日向にまでその指摘をされるとは。
 朝飛は思わず狼狽えてしまうも、それは何かあったと肯定していることにしかならない。
「まあ、ご無理は言えませんので、駄目でしたら断って頂いてもいいんですが」
「いえ。他に適任がいないのは事実ですから。やりましょう」
 こうして朝飛は泣く泣く、聞き取り役を引き受けることになってしまったのだった。



 午後からは研究の打ち合わせをしたい。
 その前に個別に話を聞かせてくれ。
 こういう言い訳を用いて、朝飛はそれぞれから話を聞き出すことになった。この場合美樹は除外されてしまうが、美樹からは後で話を聞くことが可能だから問題ない。
 最初はなぜか俺からと立候補した健輔からだった。そしてレストランを出てすぐそこの談話スペースで話を聞くことになる。その付近には志津の死体が寝かされいるから、事件の話題を振りやすいというのもあった。
「あれだよね。小宮山君が事件を解くんだろ。有名だもんね、高校生探偵って」
 でもって、すでにこの聞き取りの本質を見抜いていた健輔は、端から研究の話なんてするつもりはないようだった。
「誰が高校生探偵だ。それに解くってわけじゃないよ。斎藤さんからそれとなく、田中さんが恨まれていたような情報はないか探ってくれって言われてね」
 そして朝飛も向こうから話題を振ってくれたからと、単刀直入に訊ねていた。
「そうだな。小耳に挟んだ程度でよければ」
「何かあるのか?」
 まさか本当に恨まれているようなことがあったのか。朝飛は驚いてしまう。とはいえ、わざわざ個別の聞き取りに真っ先に立候補したほどだ。何か知っているのは間違いないだろう。
「恨んでいるかどうかは解らないんだけど」
「それはもちろん」
「でも、十分な理由だと思うことを知っているよ。足立さん。田中さんに告白してフラれたらしいんだ」
「はあ」
 しかし、予想外の話題に朝飛は目を丸くする。それに健輔は、こちらが呆れたという顔をした。
「いや、まあ、年齢も近いし、研究分野も近いし。確か足立さんは宇宙論を中心にやってたよね」
 そういう話題があってもおかしくないんじゃないの。それが朝飛の率直な感想だ。まさかフラれたから殺したとでもいうのか。
「そういうの、殺人の理由で最も多いと思うけど」
「そうなのか」
「多分だよ。統計データを出せとか言われたら困る。まあ、今すぐは無理だけど、どこかにデータはあると思うよ」
「いいよ、そこまでは」
 そんなものを出されて話題にされては、こちらが妙な先入観を持ってしまうではないか。朝飛はデータは要らないと遠慮する。
「さらに推測だけど」
「何だい」
「足立さんがあえて二階にしたのも、田中さんとしょっちゅう顔を合わせるのを嫌がってじゃないかな」
「えっ」
「だって。いくら階段の上り下りが面倒とはいえ、招待客は全員を三階にって言っている中、わざわざ二階にしてもらうかな。そりゃあ、斎藤さんも何でも聞くって前置きしてたけど、階段を上り下りしたくないって妙な理由だと思わないか」
「ううん」
 そこは信也に確認しないと何とも言えないところだ。とはいえ、訊き辛い内容でもある。早速嫌な状況になってしまい、朝飛は思い切り腕を組んだ。
「まっ、一つの情報ってことで」
「それは当たり前だよ」
「でも、ここで殺すことはないよね」
「それは」
 大前提ではないか。朝飛は何を馬鹿なことをと呆れてしまう。というより、どんな理由があっても殺人は駄目だ。
「まあ、そうなんだけど。でも、ここっていわば密室みたいなものだろ。他から出入りが出来ないんだから、絶対に犯人はこの中にいることになる。そんな状況で殺人ってリスクしかないよね」
「そうだな」
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