偽りの島に探偵は啼く

渋川宙

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第22話 イメージの問題

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「だから、窓を割るってのも不必要な要素だよね。他に誰かいるわけないのに。あっ、アリバイ工作か」
「ううん」
 言われてみればそのとおりで、たとえ台風が来ていなくても犯人はここにいる誰かと限定されてしまうのだ。そんな中、確実に疑われると解っていて事件を起こすだろうか。
「警報が鳴ることを犯人は知っていたのかな」
「さあ。確かにあのタイミングで鳴ったから、全員にアリバイがあると証明されたわけですけど」
「ううん」
 意外と考えることが多そうだぞ。
 朝飛は思わず唸ってしまっていた。



 次は直太朗がやって来た。レストランにいる全員に次は誰がいいと健輔が聞くので、自分が立候補したとのことだ。これでは、こっそり聞き取り調査という体裁を成していないが、仕方がない。
 結局、誰もが話題を振ってくれるのを待っていたというわけか。別に解決する必要はなく、次の事件の発生を防げばいいと思っていたのは朝飛だけらしい。
「そりゃあそうだよ。出来れば犯人ははっきりさせたいじゃないか。佐久間兄弟だって行方不明なんだし」
 朝飛の意見を聞いて呆れた直太朗が、きっちり解明すべきですよと訴える。
「じゃあ、石井さん。代わってくれますか」
「無茶言うなよ。こういうのは、聞ける人と聞けない人がいるし、解明できる人と解明できない人がいるんだよ。何事も適材適所。推理小説なんかでもそうだけど、こういうのってカリスマ性が必要だよ」
「そんなわけあるか!」
 よく解らない理論を持ち出す直太朗に、思わずツッコミを入れつつ、これはどうやっても代わってもらえないらしいと溜め息だ。昔から目立つタイプと言われ続けてきたが、こんな場所でまで目立っても仕方がない。
「で、田中さんについてだよね」
「そうです。何かトラブルがあったとか知ってますか?」
 うんざりしつつも、取り敢えず情報を集める朝飛だ。ひょっとしたら情報から日向が解いてくれるかも。そう期待するしかない。
「そうだねえ。重力理論の人でしたから、うちとの接点はないからねえ。今回も加速器がある場所での研究会なのに、重力理論の人がいるのかって、正直、驚いたよ」
「ふうむ」
 確かに初期宇宙の問題において、重力問題が絡んでくることは少ない。むしろその莫大なエネルギーがどこからもたらされたのか。こちらに注目が行く。それに重力が発生するには物質が必要だ。つまり、初期宇宙から少し経った後の議論になってくる。
「スタートだから、倫明が呼びやすい人たちだったってことだろうさ。ある程度は佐久間ホールディングスで選考していただろうし」
「まあ、そうだろうね。佐久間君、小宮山君が来るから是非にって言ってたし、本人が積極的に選んでいるって感じじゃなかったかな」
「あの野郎」
 マジで言ってたのかよと朝飛は歯ぎしりしてしまう。
 確かに自分の知名度がある程度あることは知っているが、招待客を呼ぶ口実に使うなんて。そりゃあ船で睨まれるわけだ。あの刺さるような視線の原因の一つは、倫明にあったことになる。
「仕方ないよ。いくら佐久間ホールディングスが有名でも、この研究所は出来立てほやほや。何の実績もないんだ。そこに高校生や大学生とはいえ、研究のために呼び出そうとすれば、広告塔になる人が必要だよ」
「こ、広告塔」
 嫌な表現だなと朝飛は顔を顰めてしまう。と、話題がずれた。
「じゃあ、佐久間に関して何か知らないですか」
「そうだな。佐久間君のことは知らなかったというしかないね。君みたいに高校生ながら大学教授を論破した、なんて派手な実績があるわけじゃないし」
「それ、実績じゃないです」
「そう? まあ、彼はそんなに印象に残るタイプじゃないよね。がっと議論を吹っかけてくるわけでもないし。というか、小宮山君とは付き合い長いんだろ。よく知っているんじゃないか」
「いや」
 知っているって、知り合ったのはつい最近だ。何かと喋りやすく、また馬が合ったので、何となく仲良くなったというのが事実である。
「家庭環境のせいだろうなあ」
 自分もそうだったから、余計に倫明とは一緒にいやすかった気がする。今回、兄の聡明とのやり取りを見ていて、それをはっきりと感じたものだ。
「ああ。あのお兄さん、おっかなそうだもんね。ってか、小宮山君、お兄さんがいるんだ」
「ええ」
「見えないなあ。弟キャラじゃないよね。小宮山君を見ていると、弟がいそうだけどな。でもまあ兄がいる場合も、それなりに苦労するよね」
 直太朗もあれが兄は嫌だなと正直に言う。その感じからして、直太朗にも兄がいるのか。
「いや、うちは姉だね。男勝りで、兄と呼んでも過言ではないほどだけど」
「そ、そうなんですか」
「まあ、兄弟間ってのは色々あるもんだろ。優しい姉だの優しい兄だのは、漫画やアニメの世界だけなんだろうな」
「それは極論だと思いますけど、色々あるのは解ります」
 アニメや漫画と比較するんじゃないと思いつつ、結局何の情報も出ないままに終わるのだった。



「ああ。聞いたよ。足立さんに告られて困ってるって」
「ほ、本当ですか」
 次にやって来た真衣は、なんと志津と信也の間でのことを知っていた。
「一昨日と昨日、一緒にお風呂に入った時に言ってたわ。まさか足立さんがいると思わなかったから、ちょっと嫌だなって。しかも土嚢積みの時も一緒にペアを組む羽目になったでしょ。ちょっとは遠慮しろよって文句を言ってたわね」
「へ、へえ」
 ということは、志津は信也のことを好きではなく、むしろ嫌っていたということか。
「いや、そこまではないと思うけどね。結局は一緒に作業したんだし。まあ、告白されたのが去年の冬って言ってたから、半年しか経ってないわけで、顔を合わせるのはなあってことだったんじゃないな」
「ほう」
 その手の話は疎いので、当然ながら告白されて振った女子の心情んなんて解るはずがない。ここは真衣に色々と教えてもらうべきか。
「ん。ということは、女性陣はみんな知っているということですか」
「ええ。あなたのところの川瀬さんもね」
「うっ」
「あら、その話にならなかったの。あんだけ二人でべったりなのに。不思議ねえ」
「べ、べったり」
 とんだ誤解だと、朝飛はぶんぶん首を横に振った。すると、だからそういうのがイメージから外れるのよと注意された。
「と言われましてもね」
「小宮山君って、顔は二枚目なのに素は三枚目なのね」
「――」
 そんな表現って存在するのか。朝飛はぐったりしてしまう。因みに二枚目は看板役者、三枚目は道化役という意味だ。全く以て意味が逆になる。
「クールに出来ないの? その方がカッコイイわよ」
「そう苦情を言われましても、これが素ですから」
 どうして日頃から取り繕って生きなければならないのか。アイドルじゃあるまいし、ただの高校生にそんなスキルは要らない。
 というか、そんな取り繕う日々はもうごめんだ。
 思わず拳を握り締めてしまう。
「まあ、だから真剣に交際を申し込まれたのは事実みたいよ。あんまりにも真剣で重たいって思ったって言ってたし」
「重たい」
 話題が代わり、朝飛はゆっくりと手の力を緩める。
「ほら、結婚前提ってやつ」
「ああ」
「大学生とはいえ、結婚願望があるってことよね。でも、女性にとって結婚は大問題。決断はそう簡単に出来るものじゃないわ。男と違ってダイレクトにキャリアに響くからね。これから学者として活躍したいと願っていたら、ちょっと無理って断っちゃって当然よね」
「へえ。そういうものですか」
 解らん。それが正直な朝飛の感想だ。それは真衣にしっかり伝わってしまったらしく、思い切り呆れた目を向けられた。どうにもここにいる全員に呆れられてしまっている。
「そんなに俺、ずれてますかね」
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