偽りの島に探偵は啼く

渋川宙

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第31話 共犯者

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 朝飛が何かに疑問を持っていると気づき、信也はここぞとばかりに主張する。
「本当かよ。あんた、相当手ひどく田中さんにフラれたんだろ。カッとなってやっちまったんじゃないのか」
「そ、そんなわけあるか。確かにフラれたし、悔しかったけど、俺は、俺は殺していない」
 健輔の指摘に、思い切り噛みつく信也だ。それにますます周囲は困惑するしかない。
 そして、一体何がどうなっているのか。説明を求めるように朝飛に視線が集まる。
「ともかく、佐久間兄弟の生き残りを探しましょう。どうしてこれだけ騒ぎになっているのにもう一人が出て来ないのか、それが気になります」
「そうですね。もしかすると」
 朝飛の懸念に対し、日向も最悪の事態を思い浮かべているらしい。まだどちらが生きていて、どちらが殺されたのか。それははっきりしないが、確保しなければならないだろう。
 犯人が自殺する前に。
「足立さん、それと大関さんに今川さんはここに残ってください。他は下に行って探しに行きましょう」
「はい」
「いいのかよ」
 ここで追及すべきじゃないのかと、健輔は納得できないようだ。それに信也はじっと睨み返したものの、結局は朝飛の判断に任せるとこちらを見た。
「大丈夫です。どう考えても、足立さんがやったことは僅かですよ。主犯は佐久間兄弟のどちらかです。そして、足立さんの役割は、不可能犯罪に見せかけるために必要だったというべきですかね」
 朝飛の指摘に、そうだと信也は激しく頷く。それを、健輔は胡散臭そうに見ているが、この場での追及は諦めた。
「探しましょう。どっちが生きているのか、まだはっきりしていない」
「足立さんは大人しくしていてくださいよ」
「わ、解ってるよ。つうか、本当は膝が痛くて歩きたくねえし」
「はあ。ですよね」
 朝飛はマイペースな信也に呆れつつも、その場を二人に託して、下へと降りるための入り口へと向かった。
「こっちです」
 日向が先に走り、下へと降りるためのエレベーターがあると教えてくれる。
「いえ、階段で向かいましょう」
「どうしてですか」
「追ってきてほしくないと、エレベーターを止められては困りますからね」
「解りました」
 日向はそれならばこちらだと案内するために先に走る。エレベーターから少し離れたところに非常階段があった。ドアを開けて、日向はそこで立ち止まる。
「どうしました」
「これ」
 日向が指差したのは階段の手すりだ。そこに、血のような汚れがこびりついている。どうやら犯人はこの階段を使ったらしい。
「ここを使ったのか」
「そうですね」
「なるほど。状況が見えてきましたね。俺が想像している状況と合致するようです。襲ってくることはないと思いますが、周囲に気を付けて」
 朝飛はそう言って真っ先に階段を降り始めた。非常階段とあって急だ。一気には降りられない。
「一体どうなっているんですか」
 健輔が焦れたように訊ねてくる。
「まだ解らないことがありますので、少し待ってください。ただ、ここで予想外のトラブルが起こったことは間違いありません。足立先輩の動揺から、ここでの事件が計画にはなかったことは明らかですからね」
「ううむ」
 朝飛の言葉に、そういうものかなと、健輔は慎重に階段を降りながらも唸る。
 まだ、健輔には事件の輪郭が見えてこないままだ。それは朝飛以外、全員が思っていることだろう。日向は必死に考えて朝飛について行っているだけだ。
「寒っ」
 下へと着いて、美樹がぶるっと身体を震わせた。一階部分の冷房と違い、刺すような寒さがある。
「実験装置は低温でしか動かせないですからね。この空間そのものが寒くても当然です」
 それに対し、日頃から加速器を使っている真衣が説明した。超伝導を利用する関係と、マシンが多大な熱を持ってしまうことから、実験空間は寒いくらいに冷やしてあるものなのだという。
「へえ。実際に体験しないと解らないことですね」
 美樹は震えつつも周囲へと目を向けた。あちこちに配線があって危ない。ここを走り回るのはまず無理だろう。ここが殺人現場だとは考え難い。
「どこにいるのかしら」
「解らない。人の気配を探るのに集中してくれ」
 ここにどちらかがいるのか。下まで下りてきたメンバーの中に焦りが出る。
「出てきてくれ、倫明」
 そこで朝飛はイチかバチか、こちらの名前で呼びかけた。
 状況から倫明だろうと解っているが、もちろん、百パーセント倫明だと解っているわけではない。しかし、信也が驚いていたことから、生き残ったのは倫明のはずだ。
 倫明には、ここで連続殺人事件を起こす理由がない。しかし、聡明には起こしてもいい理由がある。
 そしてあの死体。顔を無惨に切り裂いた。これをやろうと思うのは、倫明しかいないはずだ。
「お前が犯人じゃないって解ってるんだ。頼む」
 朝飛がそう言うと、カランと何かが転がる音がした。それに全員がはっとなる。
「あっちだ」
「倫明」
「いるんですか」
 全員が音のした、大きな機械の物陰へと走った。そうして、その場に蹲って震える倫明を発見したのだ。
 足元には血の付いたナイフが転がっている。先ほどの音はこれを落とした時に立てた音だったようだ。
「倫明」
「倫明さん。あなたが、本当に」
 ほっとする朝飛とは違い、日向は衝撃を受けているようだった。そしてその対照的な反応のせいか、倫明も曖昧な顔をするのみだ。
「おいっ、あんたが三人も殺したのか」
「そ、それは」
 しかし健輔に詰め寄られ、倫明は困惑した顔をした。そしてそこで初めて、倫明が手を怪我していることに気づいた。それも利き手である右手を怪我していた。となると、その傷を付けたのは聡明となる。
「どういうことだ」
「先に手当だ。立ち上がれるか」
「えっ、うん」
 健輔を押しのけて朝飛がしゃがみ込むと、何故か倫明は視線を逸らす。その反応でおおよそ、何があったかは理解した。
「ともかく上に行くぞ。ここにいたら凍えてしまう」
「う、うん」
 何も指摘せずに肩を貸す朝飛にようやくほっとしたのか、倫明は立ち上がった。すると血がぼたっと落ちる。傷は手だけではなく、腕にまで及んでいたのだ。
「ひょっとして、あちこちに血が残っていたのは、倫明さんのものですか」
 日向も傷の手当てが先と、自らのワイシャツを引き裂いた。朝飛も持っていたハンカチを貸し、他からもわらわらとハンカチやハンドタオルが出てきた。
「ご、ごめん。俺」
「いい。先に上に行こう」
 そんな優しさに、倫明がぐずっと泣き始めた。
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