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第32話 疲労
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ようやく現実感が戻って来た。そんな反応に、ケンカ腰だった健輔も事情を問えるはずがない。ともかく引き上げようと、そのまま階段を上った。
「あっ」
「倫明さん。じゃあ」
そして、上で待っていた大関と今川が、倫明の姿に驚くと同時に、足元にある死体へと目を向けた。
そう、倫明がここにいるということは、自動的に死体は聡明だということになる。
「ともかく、宿泊棟まで戻るしかなさそうです」
「えっ、あっ、どうしたんですか、その怪我」
真っ赤になった右腕に、今川がびっくりして声を上げる。そして何とも言えない顔をしていた大関も、戻るという決定に頷くしかなかった。
「くそっ、やっぱり失敗したのか」
そう言うと、信也は足元へと目を向け、そしてうわああっと叫んで駆け出してしまった。その唐突な行動に全員が呆気に取られる。
「お、追え」
しかし、はっと気づいた健輔が追い掛け始める。それに続いて大関と織佳が追い掛けた。しかし朝飛が動かなかったために、日向も美樹も続かなかった。
「小宮山君」
「大丈夫。足立さんはそれほど早く走れないし、すぐに立ち止まるはずだ」
「それって、膝が痛いから。でも、嘘って可能性も」
「いや。先輩があまり動かなかったのは事実だし、大浴場にも来ていなかったことから理解できる。おそらく、痛みが出やすくなるから熱い風呂に浸かりたくなかったんだろう。
さらには昼ご飯でカレーが出た時。あの時もマイルドなものがいいと言っていた。この連日の状況に体調不良を起こしていたんだろうね。それに足立先輩にはどの犯行も不可能だ。そうだな、倫明」
「えっ、うん」
朝飛が自分をどう思っているのか。掴みあぐねた倫明は驚きつつも頷いた。
「あっ、そうか。最初の田中さんの時は一緒にレストランにいたし、石井さんの時には寝ている姿を今津さんに目撃されている」
「そうだ。足立さんの役割は全員がレストランに揃っていることを知らせる。誰かがトイレに立ったことを知らせる。そして二階に部屋を確保し、空間を提供する。それだけのはずだ」
そこでもう一度朝飛は倫明を見る。倫明は、今度は真っ直ぐに朝飛の目を見ていた。
「全部、解っているのか」
「ある程度さ。そして、あの足立さんの反応で、ここで何があったのかは理解した」
「そうか」
「そういうことだ。じゃあ、宿泊棟に戻ろう。話はそこでした方がいいだろ」
「そうだな」
こうして倫明の了解も得られたので、そのまま戻ることになる。聡明の死体は動かせないので、このまま置いておくことにした。幸いというべきか、この建物は空調がよく効いていて涼しい。しばらくは放置しても大丈夫だろう。
「お前の傷の感じからしても、殺されたのはついさっきみたいだしな」
「そう。こんなことになったのは、ついさっきだよ。お前たちがこっちに来ると、足立さんから連絡を受けて」
「なるほど」
朝飛の問いに、今度は素直に答える倫明だ。出血をしていてふらふらしている様子なので、日向が背負いましょうと申し出た。
「で、でも」
「汚れるのは構いませんよ。ワイシャツ、すでに破いちゃいましたし」
「そ、そうだけど」
聡明を殺したのは倫明であることが明確な状況だ。そんな殺人犯を背負うなんて嫌じゃないのか。倫明は躊躇ったが、腰を落とした日向の行動に、素直に背負われることになった。
「どうやら事件の青写真を描いたのは、繁明さんだったようですね。それを、聡明が利用した」
倫明を背負って立ち、日向は朝飛を見る。彼もまた真相に辿り着いたのだ。
「まあ、そういうことでしょう」
そして朝飛もそれで合っていると頷いた。それに倫明はほっとしたのか、ありがとうと呟いたのだった。
信也は坂を駆け下りたところで捕まっていた。やはり痛風は嘘ではなかったらしく、宿泊棟に戻ったところで足を投げ出して座った。
「情けねえ。色々と」
「そう思うなら、逃げ出すことはなかったでしょうに」
「だってよ」
朝飛の冷たい台詞に対して、信也は恨めしそうに倫明を見た。
その倫明は、椅子を並べて作った簡易のベッドの上にいる。深手のためか青い顔をしていた。手当は応急処置の訓練を受けたことがあるという藤本がやってくれたが、さすがにこれほど大きな傷は完全に塞ぐことは出来ない。
「二の腕から手の甲にかけてばっさりいかれてますからね。縫わないと駄目です。ともかく、これ以上出血しないように固定はしましたけど、長くこの状態が続くのはよくありません」
「いえ、応急処置をしていただき、ありがとうございます。しかし病院となると、東京に戻る必要がありますよね」
「小笠原まで運べれば、縫合はしてもらえると思います」
そこで日向が、少しの移動でちゃんとした治療が受けられるはずだと提案する。
「ああ、そうか。小笠原はそれなりに人口がいますからね。病院はあるか。でも、待ってください。それじゃあ警察はどうなんですか」
「さすがに小さな派出所しかないそうです。それに船も出せない状況でしたから。私も最初に訊ねた時、現場保存をしてくれとだけ頼まれました。あとは本土の刑事に任せるしかないとの話でしたし」
「台風が去ったから忘れてましたが、まだ台風の影響で東京からは来れないんですね」
「ええ」
台風はまだ東京上空にいるはずだ。だが、この天気ならば小笠原までは大丈夫だろう。それが日向の予測なのだ。
とはいえ、実際に船を運転する人間に訊ねなければならない。それに船の手配もどうすべきか。が、その点に問題はなく、船舶自体は当初、聡明たち社員が戻るために、小笠原の港に停めてあるという。
「では、連絡をお願いします」
「はい」
「あの」
そこまで黙って聞いていた倫明が、ちょっと待ってくれと二人に声を掛けた。
「何ですか。見捨てろとか言われても困りますよ。聡明さんを殺した犯人だろうと、見捨てるなんて出来ません」
それに対し、日向の声は冷たい。それに図星を指されたのか、倫明は黙り込んだ。
「倫明。お前がやったのは最後だけだ。それも、聡明さんに殺されそうになったから、仕方なく返り討ちにした。そもそも、計画は繁明さんだった。そし悪質なものに仕立てたのは聡明さんだった」
「そ、それは」
「おそらくだが、聡明さんはお前のことを恨んでいた。一族で唯一、経営に携わらずに済むかもしれない。それが許せなかったんじゃないか」
「それは、お祖父ちゃんも一緒だよ」
「――」
倫明の諦めたような一言に、全員の視線が集まった。
一体何があったのか。倫明は語る気になったと気づいたのだ。
「お前は、ここを作る時に繁明さんから何か言われたんだな」
「そうだ。俺は九十になってようやく夢を追い掛ける時間が出来た。それなのに、お前はいいなって」
そこで倫明は疲れたように笑った。
「あっ」
「倫明さん。じゃあ」
そして、上で待っていた大関と今川が、倫明の姿に驚くと同時に、足元にある死体へと目を向けた。
そう、倫明がここにいるということは、自動的に死体は聡明だということになる。
「ともかく、宿泊棟まで戻るしかなさそうです」
「えっ、あっ、どうしたんですか、その怪我」
真っ赤になった右腕に、今川がびっくりして声を上げる。そして何とも言えない顔をしていた大関も、戻るという決定に頷くしかなかった。
「くそっ、やっぱり失敗したのか」
そう言うと、信也は足元へと目を向け、そしてうわああっと叫んで駆け出してしまった。その唐突な行動に全員が呆気に取られる。
「お、追え」
しかし、はっと気づいた健輔が追い掛け始める。それに続いて大関と織佳が追い掛けた。しかし朝飛が動かなかったために、日向も美樹も続かなかった。
「小宮山君」
「大丈夫。足立さんはそれほど早く走れないし、すぐに立ち止まるはずだ」
「それって、膝が痛いから。でも、嘘って可能性も」
「いや。先輩があまり動かなかったのは事実だし、大浴場にも来ていなかったことから理解できる。おそらく、痛みが出やすくなるから熱い風呂に浸かりたくなかったんだろう。
さらには昼ご飯でカレーが出た時。あの時もマイルドなものがいいと言っていた。この連日の状況に体調不良を起こしていたんだろうね。それに足立先輩にはどの犯行も不可能だ。そうだな、倫明」
「えっ、うん」
朝飛が自分をどう思っているのか。掴みあぐねた倫明は驚きつつも頷いた。
「あっ、そうか。最初の田中さんの時は一緒にレストランにいたし、石井さんの時には寝ている姿を今津さんに目撃されている」
「そうだ。足立さんの役割は全員がレストランに揃っていることを知らせる。誰かがトイレに立ったことを知らせる。そして二階に部屋を確保し、空間を提供する。それだけのはずだ」
そこでもう一度朝飛は倫明を見る。倫明は、今度は真っ直ぐに朝飛の目を見ていた。
「全部、解っているのか」
「ある程度さ。そして、あの足立さんの反応で、ここで何があったのかは理解した」
「そうか」
「そういうことだ。じゃあ、宿泊棟に戻ろう。話はそこでした方がいいだろ」
「そうだな」
こうして倫明の了解も得られたので、そのまま戻ることになる。聡明の死体は動かせないので、このまま置いておくことにした。幸いというべきか、この建物は空調がよく効いていて涼しい。しばらくは放置しても大丈夫だろう。
「お前の傷の感じからしても、殺されたのはついさっきみたいだしな」
「そう。こんなことになったのは、ついさっきだよ。お前たちがこっちに来ると、足立さんから連絡を受けて」
「なるほど」
朝飛の問いに、今度は素直に答える倫明だ。出血をしていてふらふらしている様子なので、日向が背負いましょうと申し出た。
「で、でも」
「汚れるのは構いませんよ。ワイシャツ、すでに破いちゃいましたし」
「そ、そうだけど」
聡明を殺したのは倫明であることが明確な状況だ。そんな殺人犯を背負うなんて嫌じゃないのか。倫明は躊躇ったが、腰を落とした日向の行動に、素直に背負われることになった。
「どうやら事件の青写真を描いたのは、繁明さんだったようですね。それを、聡明が利用した」
倫明を背負って立ち、日向は朝飛を見る。彼もまた真相に辿り着いたのだ。
「まあ、そういうことでしょう」
そして朝飛もそれで合っていると頷いた。それに倫明はほっとしたのか、ありがとうと呟いたのだった。
信也は坂を駆け下りたところで捕まっていた。やはり痛風は嘘ではなかったらしく、宿泊棟に戻ったところで足を投げ出して座った。
「情けねえ。色々と」
「そう思うなら、逃げ出すことはなかったでしょうに」
「だってよ」
朝飛の冷たい台詞に対して、信也は恨めしそうに倫明を見た。
その倫明は、椅子を並べて作った簡易のベッドの上にいる。深手のためか青い顔をしていた。手当は応急処置の訓練を受けたことがあるという藤本がやってくれたが、さすがにこれほど大きな傷は完全に塞ぐことは出来ない。
「二の腕から手の甲にかけてばっさりいかれてますからね。縫わないと駄目です。ともかく、これ以上出血しないように固定はしましたけど、長くこの状態が続くのはよくありません」
「いえ、応急処置をしていただき、ありがとうございます。しかし病院となると、東京に戻る必要がありますよね」
「小笠原まで運べれば、縫合はしてもらえると思います」
そこで日向が、少しの移動でちゃんとした治療が受けられるはずだと提案する。
「ああ、そうか。小笠原はそれなりに人口がいますからね。病院はあるか。でも、待ってください。それじゃあ警察はどうなんですか」
「さすがに小さな派出所しかないそうです。それに船も出せない状況でしたから。私も最初に訊ねた時、現場保存をしてくれとだけ頼まれました。あとは本土の刑事に任せるしかないとの話でしたし」
「台風が去ったから忘れてましたが、まだ台風の影響で東京からは来れないんですね」
「ええ」
台風はまだ東京上空にいるはずだ。だが、この天気ならば小笠原までは大丈夫だろう。それが日向の予測なのだ。
とはいえ、実際に船を運転する人間に訊ねなければならない。それに船の手配もどうすべきか。が、その点に問題はなく、船舶自体は当初、聡明たち社員が戻るために、小笠原の港に停めてあるという。
「では、連絡をお願いします」
「はい」
「あの」
そこまで黙って聞いていた倫明が、ちょっと待ってくれと二人に声を掛けた。
「何ですか。見捨てろとか言われても困りますよ。聡明さんを殺した犯人だろうと、見捨てるなんて出来ません」
それに対し、日向の声は冷たい。それに図星を指されたのか、倫明は黙り込んだ。
「倫明。お前がやったのは最後だけだ。それも、聡明さんに殺されそうになったから、仕方なく返り討ちにした。そもそも、計画は繁明さんだった。そし悪質なものに仕立てたのは聡明さんだった」
「そ、それは」
「おそらくだが、聡明さんはお前のことを恨んでいた。一族で唯一、経営に携わらずに済むかもしれない。それが許せなかったんじゃないか」
「それは、お祖父ちゃんも一緒だよ」
「――」
倫明の諦めたような一言に、全員の視線が集まった。
一体何があったのか。倫明は語る気になったと気づいたのだ。
「お前は、ここを作る時に繁明さんから何か言われたんだな」
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