偽りの島に探偵は啼く

渋川宙

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第38話 トリック

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「そう。非常に面倒です。そう考えると、部屋の中で窓を割るためのエネルギーを確保しなければならない。部屋の幅は利用したと思われるドアから図ると、俺の歩幅で五歩分。約六五センチ掛ける五ですから、大体三メートルちょっとです」
「ふむ」
 それほど利用できる距離はないんだなと、真衣が手を広げておおよその感覚を掴もうとしていた。そこから思い切り引っ張って投げ出されるようにしなければならない。それも窓を破って下に落とすほどの力を生み出さなければならないのだ。
「そこで考えられるのが、凧は一つではなく二つだった。というものです。死体が窓のすぐ近くに落ちていないと不自然にもなりますし、窓を割って飛び出す力を生み出す用の凧があったんでしょう。これは矢のようなものだと思ってもらってもいいです」
「どういうことだ」
 すんなりとは理解できないなと、大関が顎を擦った。ただでさえ凧を使うという奇策を用いているのだ。さらにもう一つ凧があるというのはどういうことだろう。矢のようなものだと言われても、すんなり想像できない。
「では、ゆっくりと説明しましょう。一つは今も言ったように、矢のようなもの、つまり勢いよく飛んでいく用だと思ってください。これがタイマーの代わりでもあります」
「タイマー」
「ええ。夜中に仕掛けを用意した聡明さんは全員が朝食のために下のレストランに下りてから、あの部屋を脱出したはずです。脱出時間とみんなが朝食を取る時間を含めてのタイマーが必要ですよね」
「ふむ。すぐに窓が割れては逃げられないから、か。さらに全員が確実にレストランにいることが担保されていなければならないと」
「ええ。聡明さんにミスは許されません。特にこの一件目の事件に関しては入念な計画と慎重な行動が求められますからね」
「なるほどね」
 確かにここであっさりと佐久間兄弟のどちらかだとバレれば、その後は確実に全員が一塊で動くことになる。それを避けるためにも疑われない方法が必要だったことだろう。
 誰かがこの事件を起こし、そのために奇妙な方法を取ったのだ。そう誤認させることが目的だった。日向は溜め息を吐いてしまう。
「そう。総ては聡明さんが逃げやすく、さらには犯行をしやすくするためにやっていることですからね。この意図を読み飛ばすと、この不可解な事件は解けないままなんです」
「なるほどね。それで先に倫明さんじゃないと示しておく必要があるというわけか」
「ええ。状況だけを見れば、どちらにも犯行は可能ですからね。ただし、倫明が犯人だとすると、最後の行動は非常に不可解になるんですよ」
「えっ」
「顔を滅茶苦茶に傷つける。この行動が無意味になるんですよ。だって、あれは明らかな他殺死体です。聡明さんの目的は総ての罪を倫明に擦り付けて殺すこと。だったら明らかに自殺と解る形で殺すはずです」
「あっ」
「そう。倫明は聡明さんの意図に気づいていた。だから、返り討ちにして殺し、顔を潰したんですよ」
「なっ。どうしてですか」
 日向は驚くと同時にその疑問を倫明にぶつけていた。倫明はこれまで以上に青い顔をして、そして日向から視線を逸らした。
「顔を潰すほどの恨みをぶつけた。そんなことが起こるのは、閉じ込められていた人間にしか無理ですよね。しかも、ここに来るまでに散々罵倒され、さらには無茶な要求ばかり言われていた。さらには殺人の罪まで擦り付けられて殺されてはたまりません」
「ああ。だから小宮山さんは、あの死体の顔が潰されていた段階で、どっちが犯人かはっきり解っていたんですね」
「そうですね。もちろん確信していたわけじゃないですが、顔を潰すというのは計画の破綻を意味します。それは理解していました。だからこそ、それまでの犯行とも毛色の違う、違和感のあるとも思えましたよ。それに血が不自然にあちこちに落ちていたのも気になりましたし」
「入り口付近のあれですか」
「ええ。倫明が抵抗したのは聡明さんからすれば計算外だったんでしょうね。それで暴れた結果だと思います」
「ふうむ」
 日向はそこで思わず同情の目を倫明に向ける。
 しかし、倫明はとても苦しそうにその告発に耳を傾けていた。それは傷の痛みだけではない、心に巣食う何かが原因かのようだった。
「さて、話が逸れましたが、トリックに戻ります。二つの凧ですが、一つは勢いよく飛び窓ガラスを割るためのもの、一つは死体を連れてゆっくりと飛ぶためのものです。ここまでは大丈夫ですか」
「ああ、なんとか」
 朝飛の確認に、大関は取り敢えず凧が二つあるんだなと頷いた。その認識で大丈夫だと朝飛は頷く。
「しかも、この一つは凧紐がゴムだったと考えられます。そして、それは死体に巻き付いていただけではなく、非常に引っ張られた状態で風呂のドアの取っ手に固定されていた」
「それってつまり、パチンコみたいになっていたってことですか。あの石を飛ばすような」
「というより、ゴム鉄砲という感じかな。ぽんっと飛んでいくイメージだ」
「ううん。藤本さん。輪ゴムあったら貸してもらえますか」
「ええ。どうぞ」
 検証しないと気が済まないと、美樹は藤本から輪ゴムを何本か借りた。それで小さな凧の役割を再現しようとしているのだ。
「ゴム鉄砲っていうとこういう感じですよね」
 そして美樹は、一本を器用に指に掛けて、誰もいない窓側に向けて飛ばしてみた。それは綺麗に飛び出すと、一直線に飛んで窓に当たって落ちた。
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