偽りの島に探偵は啼く

渋川宙

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第37話 背後関係

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「売り払うという予定だというのは、俺たちも知っています。倫明が存続は難しいだろう。そう言ってましたからね。こちらとしても、倫明の顔を立てるというのと、せっかく一か月間研究を出来る場所を提供しますよと言われているので、ではお世話になりますかとやって来た。というのが本音です」
「なんだかなあ」
 朝飛の説明に、互いにここが存続しないことが前提だったなんてと大関が唸る。
 それはそうだろう。ここまで用意して、どちらも活用が出来ないと解っているなんて、とんだ茶番だ。
「ええ。茶番なんです。それが倫明を苦しめたんでしょうね。しかも、建てた本人に散々嫌味を言われているうえに、お前が責任を取れなんて言われていたら」
「えっ」
 そこで全員の視線が、朝飛を通り越して青い顔をして寝転ぶ倫明に集まる。
「倫明がどうして何か起こるかもしれないと解っているのにも関わらず、聡明さんの言葉に従い、高校生や大学生を呼び出したのか。さらには大風の中、聡明さんの呼び出しに応じたのか。総ては祖父、繁明さんからのプレッシャーがあったからなんですよ。そうだよな」
 朝飛の確認に、倫明はさらに顔を青くした。そして、ゆっくりと頷く。
「そう、だ。ここでの実験を成功させなければ、お前は我が家にとって不要だ。大学の進学も自力でやれ。そう、兄の前でも言っていたよ」
「そんな」
 酷いと、美樹が顔を顰めた。同じ夢を追い掛ける者として、その態度は許せない。その怒りが滲み出ている。
「祖父としては、ここを作り上げてみせることで、俺がいかに無能かを知らしめるというのもあったんだと思う。やるならば金を稼いでからだ。そう、いかにも商売人の発想でね。
 しかし、本気で研究するっていうのは、そういうことじゃない。何かの片手間に出来るほど生易しいものじゃない。そんなの、すぐに解りそうなものなんだけど」
「言えなかったんだな。祖父さんには」
「そう、だな」
 倫明はそこで、傷のせいだけではない、苦しむ顔で頷いて見せた。それだけ、佐久間家ではやりたいことをやるのは難しいことなのだろう。
 その経験がある朝飛は、同じように苦しい気持ちになってしまう。だが、今は感傷に浸っている場合ではない。
「さて、意図せずしてここで事件の背後関係が明らかになりました。しかし、それでは解らないことばかりでしょう。ここからは個別の事件の詳細について検証しましょうか」
「ええ」
「そうですね」
 美樹と日向が代表して頷く。他は、この奇妙な事件の真相が解き明かされるのを、固唾を飲んで待っている様子だ。
「では、始めましょう。今回の一連の出来事の中で最も厄介なのが、田中さんの死体が窓を破ってわざわざ捨てられていた。この点にあります」
 朝飛は言うと、まるで講義するかのようにレストランの中をゆっくりと歩き始めた。思考しながら喋る時の朝飛の癖だ。
「先ほども言ったように、これは聡明さんが後からの犯行をしやすくするためと、全員にアリバイがある状況下で不可解な事件を起こすことでパニックを生じさせることが狙いでした」
「上手くいけば、そこでみんなが部屋に籠ってくれるという読みもあったんでしたね」
「ええ。その読みは外れましたが、全員を驚かせるというのには成功しています。さて、概要から説明しましょう。まず、先ほども言ったように、殺されたのは発見された時間と同一ではありません。それはもちろん、全員がいるタイミングと自分が殺すタイミングにずれが発生するためです」
「そうよね。殺す時はこっそりやらないといけないから」
 美樹がずれるのは当然かと溜め息を吐く。しかし、そのために大掛かりな仕掛けを用意したというのは、この計画を何としても駄目にしたいという執念を感じてしまう。
「そう。誰にも目撃されない時間を選ぶのならば夜がいいでしょう。犯人である聡明さんは足立さんのことでお詫びしたいとでも言い、田中さんの部屋に入り込みます。
 一か月間一緒に過ごさなければいけないのだから、どうか個人的な感情は抑えてほしい。そういった口実を使ったんでしょう。だからこそ、最初は明確なトラブルを抱えている田中さんに狙いを絞ったはずです。
 さて、部屋に入り込んでしまえば後は簡単。缶コーヒーなどを持参し、そこに毒を仕込んでおけば計画としてはすんなり進むでしょう。こうして毒殺したところで、トリックへと入っていきます。ポイントは僅かにへこんだドア、そして外に引っ掛かっていた帆布。この二つを組み合わせます」
「まさか、その一つは凧、ですか」
 一緒に一連の確認をした日向が、おずおずと訊ねた。ずっとエネルギーが必要だと言っていた。そこから考えると、常に大風が吹いていたこと利用すれば簡単だと、誰もが考えるだろう。あの外にあった帆布を利用したのだ。
「そう。凧です。ただし、それをすぐに窓を壊して飛ばしては時間差を作りたいという意図が実現しない。つまり外に死体を飛ばすことは凧で可能なのですが、窓を割ることが出来ない。これが非常に厄介な問題になるわけですよ」
「ああ」
 人を飛ばすほどの大凧は不可能ではないが、問題は窓を破って外に飛ばさなければならない。そもそも、これは時間差トリックの中で用いられたものだ。
 厄介なのはこの点だ。健輔は面倒だなと唸る。
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