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第36話 回りくどい
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「うわあ。回りくどい上に面倒な方法だな」
ギブアップしそうだと、健輔は顔を顰めた。単純に解けるものではないと解っていたものの、犯人の思考過程が複雑に入り込むせいで、余計に解り難い。
「そう。やっていることは面倒なことばかりです。しかし、犯行そのものはシンプルなんですよ。聡明さんが田中さんの部屋に入り込み、毒を盛ればいいだけの話ですからね。死体の顔に苦痛の表情がなかったのはそのためでしょう。
そして、聡明さんは発見時間をずらすために、窓を割って投げ出すというトリックを用意すればいいわけです」
「ふうむ」
唸り声を上げたのは真衣だ。どこかでこの犯行は信也が行ったのでは。そう思っていたのだろう。
「もちろん、第一被害者に選んだ理由は、足立さんの意向を聞いてというところでしょう。まさかその先にまで殺人があるとも知らされず、さらには不可解なトリックまで使うなんて知らずにね」
「くっ」
朝飛の指摘に、信也は思わず歯噛みする。図星ということだろう。
この中でトラブルに巻き込まれてもいいのは誰か。そんなことを持ち掛けられて答えたのが、志津というだけなのだ。
犯行を行うのは聡明だし、何かあっても責任を取るのは倫明だ。そう聞かされていたら、私怨のある志津の名前を出すのは容易だろう。それも単純なトラブルだと思い込んでいたら、ますます警戒せずにその名を口にしたはずだ。
「そうやって被害者は決まったんです。だって、倫明以外の被害者は誰でも良かったんですから。そして適度にスキャンダルになればいいんですから。
だから、まだ疑われていないようだしもう一人殺しておこうとなった時、たまたまトイレに立って一人になった石井さんに狙いを定めたんですよ」
「そ、そうなんですか」
そこで行き当たりばったりになるのかと、日向が驚いて訊く。会社で普段接していたのだ。そういう計画性のないことをやるタイプではないと知っている。
「最初から何も計画していなかったわけではないでしょうけどね。でも、次の殺人を計画するにあたり、聡明さんにとっては予想外のことが起こっていたんです。
だって、台風が来ていようが犯人がうろついていようが、別に固まっている必要はないんですよ。犯人がいるかもしれないのに、みんなで仲良くレストランにいましょうなんて、普通は危険でやりたくないと、そう感じる。少なくとも誰かが異を唱えるはずだ。
聡明さんの想定ではそうだったんですよ。だから、部屋に籠った誰かを田中さんと同じように殺せば良かったんです。次の計画はこの程度でよかったはずだったんですよ」
「あっ。そうですね。繰り返すだけだとすれば、シンプルな計画になります」
「ええ。ところが、このメンバーはたまたまですが固まってしまったんです。俺がそう呼び掛けたというのもありますし、それぞれがパソコンさえあればやりたいことが出来るものだから、レストランに集まっていても問題ないって判断しただけですけどね。
しかし、ライバル関係にある人々が、そうやって一堂に会して過ごすとは思ってもいなかった。特に物理学なんて小難しい学問を志す若者ならば、神経質になりやすいと考えていたのではないでしょうか」
そんな予想外の事態が起こったために、聡明は次の殺人現場を大浴場のサウナ室に定めることにした。
「なるほどね。聡明さんの思いとは反対に、一塊になってレストランに籠ることにしてしまった。困ったでしょうね」
日向はそれがいつもの聡明とのイメージとの差かと溜め息を吐く。たしかに、自分の予測と違うことが起こってしまったのならば、少々場当たり的なものになることだろう。
「ええ。自販機はタダですし、何でも揃っているコンビニも使い放題です。思えばこれも事件へのお膳立てだったんでしょう。レストランを使わなくても自力で何とか出来るようになっていた。
さらに食事だってわざわざ固まってやる必要はない。藤本さんが常駐していますからね。だというのに、レストランに集まっていた。これに、聡明さんはさぞ驚いたでしょう。
しかし、バラバラになれと足立さんに号令させるわけにはいかない。やってしまうと、足立さんが疑われて部屋を捜索されかねないですからね」
「でも、どうして聡明さんはバラバラになると考えたんですか。それこそ奇妙な話に思うんですけど」
日向が本当にそう発送するだろうかと疑問を挟む。すると、当初の自分たちの関係を考えてくれと朝飛が苦笑した。
「小宮山さんの関係、ですか」
「ああ、そうか。斎藤さんは見ていないんですね。実は、我々は船にいる時、それほど仲が良かったわけではないんですよ。おそらく聡明さんが招待客のリストを受け取り、我々の関係性を調べた時、それほど仲が良くないというのは伝わっていたことでしょう。
自分で言うのもなんですが、ある有名な教授の研究を論破してしまい、天才と噂される俺は、何かと目の敵にされがちなんです。ここで喋ったり食事をしている間に打ち解けましたけど、まさかそんな短時間に蟠りが取れるなんて、普通は思いませんよね」
「な、なるほど」
それで聡明は親睦会でのことを見て、朝飛を犯人に仕立てることを断念したのか。
ようやく日向はすんなりと納得できた。それは企業側として来ていた大関や今川もそうだろう。
「それで私たちに招待客とは仲良くするなって言ってたのか。立ち上げ段階で問題があっては駄目だからと言いつつ、すぐに売り払うんだから見張るだけでいいって言ったのも、そういうことだったのね」
今川が呆れたように言った。
そういう事情があって、ずっと部屋の中での会議だったのか。そんな気分になっているのだろう。
ギブアップしそうだと、健輔は顔を顰めた。単純に解けるものではないと解っていたものの、犯人の思考過程が複雑に入り込むせいで、余計に解り難い。
「そう。やっていることは面倒なことばかりです。しかし、犯行そのものはシンプルなんですよ。聡明さんが田中さんの部屋に入り込み、毒を盛ればいいだけの話ですからね。死体の顔に苦痛の表情がなかったのはそのためでしょう。
そして、聡明さんは発見時間をずらすために、窓を割って投げ出すというトリックを用意すればいいわけです」
「ふうむ」
唸り声を上げたのは真衣だ。どこかでこの犯行は信也が行ったのでは。そう思っていたのだろう。
「もちろん、第一被害者に選んだ理由は、足立さんの意向を聞いてというところでしょう。まさかその先にまで殺人があるとも知らされず、さらには不可解なトリックまで使うなんて知らずにね」
「くっ」
朝飛の指摘に、信也は思わず歯噛みする。図星ということだろう。
この中でトラブルに巻き込まれてもいいのは誰か。そんなことを持ち掛けられて答えたのが、志津というだけなのだ。
犯行を行うのは聡明だし、何かあっても責任を取るのは倫明だ。そう聞かされていたら、私怨のある志津の名前を出すのは容易だろう。それも単純なトラブルだと思い込んでいたら、ますます警戒せずにその名を口にしたはずだ。
「そうやって被害者は決まったんです。だって、倫明以外の被害者は誰でも良かったんですから。そして適度にスキャンダルになればいいんですから。
だから、まだ疑われていないようだしもう一人殺しておこうとなった時、たまたまトイレに立って一人になった石井さんに狙いを定めたんですよ」
「そ、そうなんですか」
そこで行き当たりばったりになるのかと、日向が驚いて訊く。会社で普段接していたのだ。そういう計画性のないことをやるタイプではないと知っている。
「最初から何も計画していなかったわけではないでしょうけどね。でも、次の殺人を計画するにあたり、聡明さんにとっては予想外のことが起こっていたんです。
だって、台風が来ていようが犯人がうろついていようが、別に固まっている必要はないんですよ。犯人がいるかもしれないのに、みんなで仲良くレストランにいましょうなんて、普通は危険でやりたくないと、そう感じる。少なくとも誰かが異を唱えるはずだ。
聡明さんの想定ではそうだったんですよ。だから、部屋に籠った誰かを田中さんと同じように殺せば良かったんです。次の計画はこの程度でよかったはずだったんですよ」
「あっ。そうですね。繰り返すだけだとすれば、シンプルな計画になります」
「ええ。ところが、このメンバーはたまたまですが固まってしまったんです。俺がそう呼び掛けたというのもありますし、それぞれがパソコンさえあればやりたいことが出来るものだから、レストランに集まっていても問題ないって判断しただけですけどね。
しかし、ライバル関係にある人々が、そうやって一堂に会して過ごすとは思ってもいなかった。特に物理学なんて小難しい学問を志す若者ならば、神経質になりやすいと考えていたのではないでしょうか」
そんな予想外の事態が起こったために、聡明は次の殺人現場を大浴場のサウナ室に定めることにした。
「なるほどね。聡明さんの思いとは反対に、一塊になってレストランに籠ることにしてしまった。困ったでしょうね」
日向はそれがいつもの聡明とのイメージとの差かと溜め息を吐く。たしかに、自分の予測と違うことが起こってしまったのならば、少々場当たり的なものになることだろう。
「ええ。自販機はタダですし、何でも揃っているコンビニも使い放題です。思えばこれも事件へのお膳立てだったんでしょう。レストランを使わなくても自力で何とか出来るようになっていた。
さらに食事だってわざわざ固まってやる必要はない。藤本さんが常駐していますからね。だというのに、レストランに集まっていた。これに、聡明さんはさぞ驚いたでしょう。
しかし、バラバラになれと足立さんに号令させるわけにはいかない。やってしまうと、足立さんが疑われて部屋を捜索されかねないですからね」
「でも、どうして聡明さんはバラバラになると考えたんですか。それこそ奇妙な話に思うんですけど」
日向が本当にそう発送するだろうかと疑問を挟む。すると、当初の自分たちの関係を考えてくれと朝飛が苦笑した。
「小宮山さんの関係、ですか」
「ああ、そうか。斎藤さんは見ていないんですね。実は、我々は船にいる時、それほど仲が良かったわけではないんですよ。おそらく聡明さんが招待客のリストを受け取り、我々の関係性を調べた時、それほど仲が良くないというのは伝わっていたことでしょう。
自分で言うのもなんですが、ある有名な教授の研究を論破してしまい、天才と噂される俺は、何かと目の敵にされがちなんです。ここで喋ったり食事をしている間に打ち解けましたけど、まさかそんな短時間に蟠りが取れるなんて、普通は思いませんよね」
「な、なるほど」
それで聡明は親睦会でのことを見て、朝飛を犯人に仕立てることを断念したのか。
ようやく日向はすんなりと納得できた。それは企業側として来ていた大関や今川もそうだろう。
「それで私たちに招待客とは仲良くするなって言ってたのか。立ち上げ段階で問題があっては駄目だからと言いつつ、すぐに売り払うんだから見張るだけでいいって言ったのも、そういうことだったのね」
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