偽りの島に探偵は啼く

渋川宙

文字の大きさ
40 / 41

第40話 共通点

しおりを挟む
 その後は、さっきも説明したとおり。最後の力を振り絞って抵抗した倫明が返り討ちにしたというわけです」
「しかし」
 恨んだのは解る。殺されそうになって必死だったのは解る。しかし、あんなにも顔を滅茶苦茶にする必要はなかったのではないか。
 日向はどうしてそこまでと、苦しそうな顔をしている倫明を見てしまう。
「兄弟というのは、とかく比較されるからな」
 そんな周囲の疑問に答えるかのように、朝飛がぽつりと呟く。似た顔をした聡明を許せなくなり顔を滅茶苦茶にした。その心理を、朝飛は痛いほど解っている。
「小宮山。その口ぶりだと、お前にも兄弟がいるみたいだな」
「うん。正確には、いた、だけど」
「――」
 予想外の告白に、倫明が大きく目を見開いた。
 しかし、驚いたのは倫明だけではない。他のメンバーもそんな話は初耳だと朝飛に注目している。
「同じ苦労をしているんだろうなって、何となくだが解っていたよ」
「なるほどね。そういうことか。お前がどうして俺なんかと友達なのかと、何度も思ったことがあるけど、似た空気を感じていたってわけね」
「酷いな。友情ごと疑うなんて」
「悪い。つまり、お前のその変に気遣いが出来て周囲に嫌われないように振舞うことがあるのは、その死んだ」
「兄のせいだよ。何でも完璧な人でね。困ったものだった。比較されるこちらは大変だよ。俺はだから素直に適当に生きようと決めていたんだ。みんなの期待に応えて生きるなんて嫌だってね。
 ところが、兄が交通事故で亡くなると一変。総ての期待がこちらに向いた」
 朝飛はそこで寂しそうに笑った。見た目とはちぐはぐな性格。それでいて完璧に何でもこなす。そして、常に気遣いを忘れない。総ては兄という存在が間に挟まったことによって起こったことだったのだ。
「なるほどね。それでたまに違和感を覚えるのか」
「ああ。兄が亡くなってから、高校生になって実家を離れる数年間、俺は常に兄の龍飛(りゅうひ)を意識しながら生きるしかなかったんだ。龍飛の代わりとしてというより、龍飛そのものとして生きるしかなった。
 しかも小さな離島出身なものだからね、周囲の目は嫌ほど意識しなければならなかったんだ。だから、親が龍飛に期待しただけの高校に入って島から出られるとなった日、どれだけ嬉しかったか」
 そしてそれから、二度と戻っていない場所だ。今後も戻ることはないだろう。あそこに、朝飛の居場所はない。
 両親は朝飛が有名進学校に進んだことでほっとしている。大学も順調に進学できれば、口出しはしないことだろう。だがしかし、互いの間には大きな溝が横たわったままだ。
「そういうことか。じゃあ、お前に対して嘘は要らないんだ」
「ああ」
「憎かったよ。俺は兄が大嫌いだった」
 倫明のその言葉は、今までのどんな言葉よりも力強く吐き出されていた。
 憎い。
 その感情さえ今まで抑えていた。その押さえつけが外れた今、心の底から吐き出された言葉だ。
 それに、誰も中途半端な声は掛けられない。
「俺は、いつもこそこそとしていなきゃいけなかった。大学に入って飛び出しても、いつかは戻ってくるんだろうという期待しか感じない。このまま夢を追い掛けても、成功することは望まれていなかった」
「うん」
「でも、何とか突っ張って、努力していたんだ。学者として成果を出せば、あれこれ言っている奴らだって納得してくれる。そう思っていた。それなのに、これだ。いつもいつも、あの人たちは俺のことなんて考えていない」
「ここは、お前にとって俺の島と同じなんだな」
「ああ。そうかもしれない。まさか俺の大好きな場所にずかずかと踏み込んでくるなんて。許せなかった。しかもその研究を無理やりやらせようなんて、許せるはずがない」
 倫明はぐっと、包帯の巻かれた右腕を握り締める。
「おいっ」
 その行動の意図することに気づき、朝飛は止めようとした。しかし、ばっと倫明が飛び起きるのが早かった。ぼたぼたと、その勢いに合わせて血が滴り落ちる。
「あの男、俺があっさりと死ぬと思ってたんだぜ。それも、祖父さんの夢を果たせなかった責任を取って死ぬんだと、そう笑って主張しやがった。
 佐久間から逃げられるならば、それこそ刑務所でもいいって、死んでもいいって、俺はそう思ってたけど、大好きだったことを汚された気がして、我慢できなかったっ」
「解った。落ち着け」
 抑えていた感情の噴出に、倫明は興奮し切っている。なんとか落ち着けなければと思うものの、さすがにこの展開までは予測できなかった朝飛は戸惑うしかない。
 それほどまでに、倫明の中に巣食っていた憎しみは大きくなっていたのだ。顔を滅茶苦茶にしたくらいでは晴らせないほどに。
 朝飛が戸惑っている間も、倫明は包帯を剥ぎ取るように右腕に爪を立て続ける。その衝撃で、傷口からはぽたぽたと血が流れていた。
「落ち着けるか。そう、ムカついたら無我夢中で抵抗していた。そしたら、あいつなんて言ったと思う。
 一族の無駄のくせに、最後くらい素直に役に立てって言ったんだ。そして、笑って利き手であるこの右手を切り裂きやがったんだ。もう、そこから先の記憶がなかった。
 お前が現れるまで、ぐっと切り付けられたナイフを、あの男の顔を滅茶苦茶にしたナイフを握り締めていた。この、今は動かせない右手で」
「倫明」
「お前が、似たような境遇だったって、もっと、もっと早く知っていれば――」
 そこで倫明の目から涙が零れ落ちる。一通りの感情を吐き出し、もう何も残っていないと言うかのように。そこに漂うのは絶望だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...