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第40話 共通点
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その後は、さっきも説明したとおり。最後の力を振り絞って抵抗した倫明が返り討ちにしたというわけです」
「しかし」
恨んだのは解る。殺されそうになって必死だったのは解る。しかし、あんなにも顔を滅茶苦茶にする必要はなかったのではないか。
日向はどうしてそこまでと、苦しそうな顔をしている倫明を見てしまう。
「兄弟というのは、とかく比較されるからな」
そんな周囲の疑問に答えるかのように、朝飛がぽつりと呟く。似た顔をした聡明を許せなくなり顔を滅茶苦茶にした。その心理を、朝飛は痛いほど解っている。
「小宮山。その口ぶりだと、お前にも兄弟がいるみたいだな」
「うん。正確には、いた、だけど」
「――」
予想外の告白に、倫明が大きく目を見開いた。
しかし、驚いたのは倫明だけではない。他のメンバーもそんな話は初耳だと朝飛に注目している。
「同じ苦労をしているんだろうなって、何となくだが解っていたよ」
「なるほどね。そういうことか。お前がどうして俺なんかと友達なのかと、何度も思ったことがあるけど、似た空気を感じていたってわけね」
「酷いな。友情ごと疑うなんて」
「悪い。つまり、お前のその変に気遣いが出来て周囲に嫌われないように振舞うことがあるのは、その死んだ」
「兄のせいだよ。何でも完璧な人でね。困ったものだった。比較されるこちらは大変だよ。俺はだから素直に適当に生きようと決めていたんだ。みんなの期待に応えて生きるなんて嫌だってね。
ところが、兄が交通事故で亡くなると一変。総ての期待がこちらに向いた」
朝飛はそこで寂しそうに笑った。見た目とはちぐはぐな性格。それでいて完璧に何でもこなす。そして、常に気遣いを忘れない。総ては兄という存在が間に挟まったことによって起こったことだったのだ。
「なるほどね。それでたまに違和感を覚えるのか」
「ああ。兄が亡くなってから、高校生になって実家を離れる数年間、俺は常に兄の龍飛(りゅうひ)を意識しながら生きるしかなかったんだ。龍飛の代わりとしてというより、龍飛そのものとして生きるしかなった。
しかも小さな離島出身なものだからね、周囲の目は嫌ほど意識しなければならなかったんだ。だから、親が龍飛に期待しただけの高校に入って島から出られるとなった日、どれだけ嬉しかったか」
そしてそれから、二度と戻っていない場所だ。今後も戻ることはないだろう。あそこに、朝飛の居場所はない。
両親は朝飛が有名進学校に進んだことでほっとしている。大学も順調に進学できれば、口出しはしないことだろう。だがしかし、互いの間には大きな溝が横たわったままだ。
「そういうことか。じゃあ、お前に対して嘘は要らないんだ」
「ああ」
「憎かったよ。俺は兄が大嫌いだった」
倫明のその言葉は、今までのどんな言葉よりも力強く吐き出されていた。
憎い。
その感情さえ今まで抑えていた。その押さえつけが外れた今、心の底から吐き出された言葉だ。
それに、誰も中途半端な声は掛けられない。
「俺は、いつもこそこそとしていなきゃいけなかった。大学に入って飛び出しても、いつかは戻ってくるんだろうという期待しか感じない。このまま夢を追い掛けても、成功することは望まれていなかった」
「うん」
「でも、何とか突っ張って、努力していたんだ。学者として成果を出せば、あれこれ言っている奴らだって納得してくれる。そう思っていた。それなのに、これだ。いつもいつも、あの人たちは俺のことなんて考えていない」
「ここは、お前にとって俺の島と同じなんだな」
「ああ。そうかもしれない。まさか俺の大好きな場所にずかずかと踏み込んでくるなんて。許せなかった。しかもその研究を無理やりやらせようなんて、許せるはずがない」
倫明はぐっと、包帯の巻かれた右腕を握り締める。
「おいっ」
その行動の意図することに気づき、朝飛は止めようとした。しかし、ばっと倫明が飛び起きるのが早かった。ぼたぼたと、その勢いに合わせて血が滴り落ちる。
「あの男、俺があっさりと死ぬと思ってたんだぜ。それも、祖父さんの夢を果たせなかった責任を取って死ぬんだと、そう笑って主張しやがった。
佐久間から逃げられるならば、それこそ刑務所でもいいって、死んでもいいって、俺はそう思ってたけど、大好きだったことを汚された気がして、我慢できなかったっ」
「解った。落ち着け」
抑えていた感情の噴出に、倫明は興奮し切っている。なんとか落ち着けなければと思うものの、さすがにこの展開までは予測できなかった朝飛は戸惑うしかない。
それほどまでに、倫明の中に巣食っていた憎しみは大きくなっていたのだ。顔を滅茶苦茶にしたくらいでは晴らせないほどに。
朝飛が戸惑っている間も、倫明は包帯を剥ぎ取るように右腕に爪を立て続ける。その衝撃で、傷口からはぽたぽたと血が流れていた。
「落ち着けるか。そう、ムカついたら無我夢中で抵抗していた。そしたら、あいつなんて言ったと思う。
一族の無駄のくせに、最後くらい素直に役に立てって言ったんだ。そして、笑って利き手であるこの右手を切り裂きやがったんだ。もう、そこから先の記憶がなかった。
お前が現れるまで、ぐっと切り付けられたナイフを、あの男の顔を滅茶苦茶にしたナイフを握り締めていた。この、今は動かせない右手で」
「倫明」
「お前が、似たような境遇だったって、もっと、もっと早く知っていれば――」
そこで倫明の目から涙が零れ落ちる。一通りの感情を吐き出し、もう何も残っていないと言うかのように。そこに漂うのは絶望だった。
「しかし」
恨んだのは解る。殺されそうになって必死だったのは解る。しかし、あんなにも顔を滅茶苦茶にする必要はなかったのではないか。
日向はどうしてそこまでと、苦しそうな顔をしている倫明を見てしまう。
「兄弟というのは、とかく比較されるからな」
そんな周囲の疑問に答えるかのように、朝飛がぽつりと呟く。似た顔をした聡明を許せなくなり顔を滅茶苦茶にした。その心理を、朝飛は痛いほど解っている。
「小宮山。その口ぶりだと、お前にも兄弟がいるみたいだな」
「うん。正確には、いた、だけど」
「――」
予想外の告白に、倫明が大きく目を見開いた。
しかし、驚いたのは倫明だけではない。他のメンバーもそんな話は初耳だと朝飛に注目している。
「同じ苦労をしているんだろうなって、何となくだが解っていたよ」
「なるほどね。そういうことか。お前がどうして俺なんかと友達なのかと、何度も思ったことがあるけど、似た空気を感じていたってわけね」
「酷いな。友情ごと疑うなんて」
「悪い。つまり、お前のその変に気遣いが出来て周囲に嫌われないように振舞うことがあるのは、その死んだ」
「兄のせいだよ。何でも完璧な人でね。困ったものだった。比較されるこちらは大変だよ。俺はだから素直に適当に生きようと決めていたんだ。みんなの期待に応えて生きるなんて嫌だってね。
ところが、兄が交通事故で亡くなると一変。総ての期待がこちらに向いた」
朝飛はそこで寂しそうに笑った。見た目とはちぐはぐな性格。それでいて完璧に何でもこなす。そして、常に気遣いを忘れない。総ては兄という存在が間に挟まったことによって起こったことだったのだ。
「なるほどね。それでたまに違和感を覚えるのか」
「ああ。兄が亡くなってから、高校生になって実家を離れる数年間、俺は常に兄の龍飛(りゅうひ)を意識しながら生きるしかなかったんだ。龍飛の代わりとしてというより、龍飛そのものとして生きるしかなった。
しかも小さな離島出身なものだからね、周囲の目は嫌ほど意識しなければならなかったんだ。だから、親が龍飛に期待しただけの高校に入って島から出られるとなった日、どれだけ嬉しかったか」
そしてそれから、二度と戻っていない場所だ。今後も戻ることはないだろう。あそこに、朝飛の居場所はない。
両親は朝飛が有名進学校に進んだことでほっとしている。大学も順調に進学できれば、口出しはしないことだろう。だがしかし、互いの間には大きな溝が横たわったままだ。
「そういうことか。じゃあ、お前に対して嘘は要らないんだ」
「ああ」
「憎かったよ。俺は兄が大嫌いだった」
倫明のその言葉は、今までのどんな言葉よりも力強く吐き出されていた。
憎い。
その感情さえ今まで抑えていた。その押さえつけが外れた今、心の底から吐き出された言葉だ。
それに、誰も中途半端な声は掛けられない。
「俺は、いつもこそこそとしていなきゃいけなかった。大学に入って飛び出しても、いつかは戻ってくるんだろうという期待しか感じない。このまま夢を追い掛けても、成功することは望まれていなかった」
「うん」
「でも、何とか突っ張って、努力していたんだ。学者として成果を出せば、あれこれ言っている奴らだって納得してくれる。そう思っていた。それなのに、これだ。いつもいつも、あの人たちは俺のことなんて考えていない」
「ここは、お前にとって俺の島と同じなんだな」
「ああ。そうかもしれない。まさか俺の大好きな場所にずかずかと踏み込んでくるなんて。許せなかった。しかもその研究を無理やりやらせようなんて、許せるはずがない」
倫明はぐっと、包帯の巻かれた右腕を握り締める。
「おいっ」
その行動の意図することに気づき、朝飛は止めようとした。しかし、ばっと倫明が飛び起きるのが早かった。ぼたぼたと、その勢いに合わせて血が滴り落ちる。
「あの男、俺があっさりと死ぬと思ってたんだぜ。それも、祖父さんの夢を果たせなかった責任を取って死ぬんだと、そう笑って主張しやがった。
佐久間から逃げられるならば、それこそ刑務所でもいいって、死んでもいいって、俺はそう思ってたけど、大好きだったことを汚された気がして、我慢できなかったっ」
「解った。落ち着け」
抑えていた感情の噴出に、倫明は興奮し切っている。なんとか落ち着けなければと思うものの、さすがにこの展開までは予測できなかった朝飛は戸惑うしかない。
それほどまでに、倫明の中に巣食っていた憎しみは大きくなっていたのだ。顔を滅茶苦茶にしたくらいでは晴らせないほどに。
朝飛が戸惑っている間も、倫明は包帯を剥ぎ取るように右腕に爪を立て続ける。その衝撃で、傷口からはぽたぽたと血が流れていた。
「落ち着けるか。そう、ムカついたら無我夢中で抵抗していた。そしたら、あいつなんて言ったと思う。
一族の無駄のくせに、最後くらい素直に役に立てって言ったんだ。そして、笑って利き手であるこの右手を切り裂きやがったんだ。もう、そこから先の記憶がなかった。
お前が現れるまで、ぐっと切り付けられたナイフを、あの男の顔を滅茶苦茶にしたナイフを握り締めていた。この、今は動かせない右手で」
「倫明」
「お前が、似たような境遇だったって、もっと、もっと早く知っていれば――」
そこで倫明の目から涙が零れ落ちる。一通りの感情を吐き出し、もう何も残っていないと言うかのように。そこに漂うのは絶望だった。
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