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第19話 意外と用意周到

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「ううむ。外部犯の可能性も捨てきれないか」
「そうですね。別に閉ざされた場所ではありませんから。しかし、それならば、もっと確実な方法を取りそうですけどね。まあ、死体が出て来れば早いんですけど」
「出て来ないと思うのか」
「まあ、そうですね。現場は施錠されていた以外にも、不可解な点がありました。これに対して考えていくと、見つからないと想定するのは簡単です」
「えっ」
「血痕ですよ。詳しく見ていませんが、床に落ちていなかったですよね。ベッドの上にはべったり残っていたのに」
「ああ」
「それを考えていくと、犯人はあの場で死体を加工したのではないか。そう思えてくるんです。そしてそれが、たぶん死体の隠し場所を読み解くヒントのはずです。
 換言すれば、それはすでに杉山さんが生きていない証拠でもあります。もし重傷を負いながらも逃げたのだとすれば、部屋の中や外にも血痕がなければおかしいですからね。
 先ほど例示した担いで逃げた場合も、やはり一滴も垂らさずに逃げるのは不可能でしょう。あそこで何らかの処置を施しているはずです」
「ふうむ」
 普段は敵対しているので、こういう意見を聞くことは初めてだ。探偵としても十分にやっていけそうなほどの洞察力を持っている。確かに、死体を移動させたのならばどうして床に血痕がなかったのか。これは不可解であると同時にヒントになるはずである。
「取り敢えず、皆さんの車を確認しましょうか。外に出たとしても疑われない状況だったのならば、隠しやすいのはそこです」
「そうだな」
 何でお前に指示されなきゃならないんだ。
 そういう苦情は飲み込み、青龍にはこのまま協力してもらうのが早期解決に繋がる、と己を納得させた。ここで下手に青龍のへそを曲げて、必要な助言がもらえないのは困る。
 そのまま一行は別館をぐるりと回って、本館横にある駐車場に向かうことになった。雅人の車もそこに停めてある。航介は特に何か言うでもなく、また協力する気があるのかないのか解らないながらも付いて来た。
「あれ?」
 駐車場とされているエリアに入るとすぐ、楓が変ですと声を上げた。何が変なのか、すぐに見抜けなかった雅人は首を捻ったが、違和感はあった。
 別に車の位置が変わったわけでも、ぎちぎちのスペースに停まっている車の数が変化しているわけでもないのだが、何かがおかしい。そこで自分の車に近づいてみると、その違和感の正体に気づく。車高が僅かに低くなっているのだ。
「まさか」
「パンクさせられていますね」
 青龍もまた自分の車に近づき、それは雅人の安い軽自動車とは違って昨日気になった隣りに停まるレクサスだったが、べこべこになっているとタイヤを押していた。
 慌てて雅人もタイヤを押してみると、見事に空気が抜けてしまっていた。これでは走ることは不可能だろう。しかもご丁寧に四つともパンクさせられている。無理に走らせることさえ出来ない。
「予備のタイヤは?」
「ありますけど、四本ともとなるとねえ」
「ちっ。他はどうだ?」
「俺のも駄目ですね」
 青龍の無理という言葉と、航介の車も駄目になっているという報告。それに、雅人はマジかよと絶望してしまう。まさか足を絶たれるとは思ってもみなかった。
 他にも庄司が乗って来たベンツや軽自動車が置かれていたが、それらも駄目になっていた。ご丁寧にどの車も総てのタイヤがパンクさせられている。
「面倒なことをしてくれる」
 しかし、いくらここにある総ての車が駄目になったからと言っても、電話は繋がるはずだから大丈夫だ。自分から行けないのならば来てもらえばいい。ともかく本部に連絡するしかない。そう思って雅人は携帯を取り出したのだが
「嘘だろ」
 まさかの圏外表示だ。ついさっきまでは確かに繋がっていたはずのスマホが、全く繋がらなくなっている。それに青龍はおやおやと肩を竦める。そして自分のスマホを取り出し、圏外ですねと面白そうに笑った。
「笑っている場合か」
「いやいや。意外と用意周到な犯人のようですね」
「なにっ」
「だって、落雷などの自然災害もなしに、全員のスマホを不能にする。これ、どこかに妨害電波を発する仕掛けを仕掛けておかないと無理でしょ」
「そうだが」
 そんなこと出来るのかと訊ねようとして、相手が工学部出身だということを思い出した。真っ先に妨害電波を口にしたということは、それが可能なのだろう。
「ええ。言ってしまえばいなくなった杉山さん、それとシェフの梶田さん以外には可能だと思います」
「ちっ。妨害電波なんてそんな簡単に発生させられるのか」
「意外と簡単なものです。要するに周波数を合わなくしてしまえばいいだけですからね。ご存じだと思いますが、電波だろうが光だろうが波なんです。その波形をちょっと乱してやればいいだけですよ。
 こうなると、ネットを通じて連絡を取ることも無理でしょうね。なるほど、なかなか徹底されている。不完全な密室も、こうなると何か意味があるのかもしれない。そう疑いたくなりますね」
「ややこしい。歩いて降りるか」
 車で二時間ほど掛かった山道を歩いて降りるのは、骨が折れることだろう。しかも雨が降っているのだ。傘を差してどこまで行けるか。
 とはいえ、歩くのに困難なほどではない。道も車が通れるようにある程度はならされているから、その点も心配なかった。
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