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第51話 誤算
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しかし、現実には青龍が警察官である雅人たちを招待し、さらにはタッグを組んで事件解決に乗り出すという、そんな予測不可能な状況になった。これは焦ったことだろう。
「じゃあ、部屋の鍵が閉まっていたのは?」
雅人はそこまでは理解できたが、どうして部屋の鍵が掛かっていたのか。これが気になった。焦ったのは捜査が始まってからだろう。だとすれば、あの鍵を閉めるという行動は計画の内だったのか。
「あれは単純に同じ動作を繰り返していたせいで、最後は必要ないのに閉めてしまっただけですよ」
「えっ」
返ってきた答えは意外なものだった。
繰り返していたせいで閉めてしまった。それはどういうことか。
「考えてもみてください。夜中はみんなが寝静まっているので、堂々と大きなものも持ち運べます。でも、朝になって冷蔵庫に空間が出来てからタッパーを詰め込むとなると、誰がどういう動きをするのか読めません。
自然と少しずつ、こそこそと移動させるしかないんですよ。その間、いくらタッパーに詰め終えているとはいえ、残りの死体は部屋に置いたままになるんです。当然、部屋に鍵を掛けたくなりますよね」
「あっ」
それはそうか。
しかも部屋に鍵があっただろうから、それを使って閉めておくのは当然の心理だ。そうやって何度も開け閉めしているうちに、出る時には閉めるというのが当たり前になってしまった。そこでラスト、もう閉める必要もないのに鍵を閉めて現場を去ってしまったということか。
「ええ。一見不可解な現場も、分解して冷静に考えれば当然の連続なんです。こうして一件目の奇妙な現場が出来上がり、事件は予想外の方向に転がったものの、通報されずに済んで神田さんはほっとしたでしょう。
後はゆっくりと野々村さんを同じ方法で殺害すればいいだけだった。雨が止むまでというタイムリミットはあるものの、夜中の時間が使えるのならばこっちのもの。そう思っていたはずです」
「だが、違ったと。どうしてだ?」
二件目の事件が起こったのは夜中とは呼べない時間だ。それも、絶対に神田が疑われてしまう時間帯に起こしている。これはどうしてなのか。
「その理由も実は梶田さんにあるんですよ」
「えっ」
どこまでも自分が絡む結果となって、梶田は情けない顔をしてしまう。
これは最初から、神田はドライアイスや冷蔵庫を利用しようと考えていたのだから、これは仕方ないことではないか。しかし、次の事件に絡んでくる理由が解らない。
「それは梶田さんが二階に待機しろと言われていたにも関わらず、片付けをしようと動いたことにあるんです」
「えっ。まさか、エタノールがないことに気づかれると」
「ええ。もしくは、残っているエタノールを使われるのが困る、と考えたのかもしれません」
「そんな」
確かに衛生管理のために持ち込んでいるものだ。片付けをするのならば必然的にそれを使うことになる。まな板や包丁の除菌だけでなく、シンク台に振りかけることもある。それなりの量を消費してしまうだろう。
「当初の目論見、つまり、私に総ての疑いが向いてパニックになるという推測だと、その後は厨房を使用することがないということになる。しかし、現実は違って軽食や晩御飯が振る舞われることになってしまった。いつ梶田さんが厨房にたくさんあったはずのエタノールが、少なくなっていることに気づくか解らない。そういう焦りが、あの時間の犯行へと繋がったんですよ」
「ははあ」
確かにエタノールを自分で持ち込むことが可能とは言っても、何リットルも持って来られるわけではない。車に乗せておくとしても、不自然な代物だ。さらには危険物でもある。温度の上昇しやすい車に多くの量を放置するなんてことは出来ないだろう。出来る限り少量にしたかったはずだ。
そうなると、思わぬ誤算が発生して焦りが生まれるのも解らないでもない。
「でも、梶田さんが大量のエタノールを持っていたのはたまたまだろ」
「ええ。実際には液体窒素を使うはずだったでしょうからね。ところが、料理に使用する程度ですから、そんなにたくさんの液体窒素が厨房にはなかった。これもまた、計画を狂わせる要因だったのかもしれません」
「ふうん」
「場当たり的に見えますが、ドライアイスの量や液体窒素の量は多くは持ち込まれないことを、神田さんも解っていたはずです。だからこそ寒剤実験を利用したんですからね。
ただ、人体を凍らせるのはそう簡単ではなかったというところでしょうか。杉山さんで試したのは良かったが、ここで思わぬ量を使ってしまったのも無理はないでしょうね。それに、一件目の不思議こそ事件の要ですから、そこで手を抜くことは出来なかったはずです。
そうなると、ここで予想以上の量を使うことになったとしても、別に不思議ではないんですよ。むしろ、念には念を入れてやりたかったことでしょう」
「まあ、魚のようにはいかないでしょうね」
散々自分を巻き込んでくれた神田への嫌味も込めてか、梶田がそう呟く。
その梶田の指摘は的外れではない。いくらマイナス七十度を実現できるとはいえ、人間の身体は大きさもある上に厚みもある。それも簡単に折れるくらいまでに凍らせようと思えば、それなりの時間が掛かることだろう。さらに漏れなく凍らせようと思えば、バスタブ一杯にエタノールを張る必要がある。
「そう。ここが理論上と現実の差というべき部分でしょうか。特に人間というものは、多くが水分で構成されていますからね。凍らせるというのは至難の業なんですよ」
「ふうむ」
確かにこれが大量の液体窒素だったならば、人間だろうと一瞬で凍ってしまうことだろう。しかし、それだって内部まで凍り付くのか。雅人には解らない。
「じゃあ、部屋の鍵が閉まっていたのは?」
雅人はそこまでは理解できたが、どうして部屋の鍵が掛かっていたのか。これが気になった。焦ったのは捜査が始まってからだろう。だとすれば、あの鍵を閉めるという行動は計画の内だったのか。
「あれは単純に同じ動作を繰り返していたせいで、最後は必要ないのに閉めてしまっただけですよ」
「えっ」
返ってきた答えは意外なものだった。
繰り返していたせいで閉めてしまった。それはどういうことか。
「考えてもみてください。夜中はみんなが寝静まっているので、堂々と大きなものも持ち運べます。でも、朝になって冷蔵庫に空間が出来てからタッパーを詰め込むとなると、誰がどういう動きをするのか読めません。
自然と少しずつ、こそこそと移動させるしかないんですよ。その間、いくらタッパーに詰め終えているとはいえ、残りの死体は部屋に置いたままになるんです。当然、部屋に鍵を掛けたくなりますよね」
「あっ」
それはそうか。
しかも部屋に鍵があっただろうから、それを使って閉めておくのは当然の心理だ。そうやって何度も開け閉めしているうちに、出る時には閉めるというのが当たり前になってしまった。そこでラスト、もう閉める必要もないのに鍵を閉めて現場を去ってしまったということか。
「ええ。一見不可解な現場も、分解して冷静に考えれば当然の連続なんです。こうして一件目の奇妙な現場が出来上がり、事件は予想外の方向に転がったものの、通報されずに済んで神田さんはほっとしたでしょう。
後はゆっくりと野々村さんを同じ方法で殺害すればいいだけだった。雨が止むまでというタイムリミットはあるものの、夜中の時間が使えるのならばこっちのもの。そう思っていたはずです」
「だが、違ったと。どうしてだ?」
二件目の事件が起こったのは夜中とは呼べない時間だ。それも、絶対に神田が疑われてしまう時間帯に起こしている。これはどうしてなのか。
「その理由も実は梶田さんにあるんですよ」
「えっ」
どこまでも自分が絡む結果となって、梶田は情けない顔をしてしまう。
これは最初から、神田はドライアイスや冷蔵庫を利用しようと考えていたのだから、これは仕方ないことではないか。しかし、次の事件に絡んでくる理由が解らない。
「それは梶田さんが二階に待機しろと言われていたにも関わらず、片付けをしようと動いたことにあるんです」
「えっ。まさか、エタノールがないことに気づかれると」
「ええ。もしくは、残っているエタノールを使われるのが困る、と考えたのかもしれません」
「そんな」
確かに衛生管理のために持ち込んでいるものだ。片付けをするのならば必然的にそれを使うことになる。まな板や包丁の除菌だけでなく、シンク台に振りかけることもある。それなりの量を消費してしまうだろう。
「当初の目論見、つまり、私に総ての疑いが向いてパニックになるという推測だと、その後は厨房を使用することがないということになる。しかし、現実は違って軽食や晩御飯が振る舞われることになってしまった。いつ梶田さんが厨房にたくさんあったはずのエタノールが、少なくなっていることに気づくか解らない。そういう焦りが、あの時間の犯行へと繋がったんですよ」
「ははあ」
確かにエタノールを自分で持ち込むことが可能とは言っても、何リットルも持って来られるわけではない。車に乗せておくとしても、不自然な代物だ。さらには危険物でもある。温度の上昇しやすい車に多くの量を放置するなんてことは出来ないだろう。出来る限り少量にしたかったはずだ。
そうなると、思わぬ誤算が発生して焦りが生まれるのも解らないでもない。
「でも、梶田さんが大量のエタノールを持っていたのはたまたまだろ」
「ええ。実際には液体窒素を使うはずだったでしょうからね。ところが、料理に使用する程度ですから、そんなにたくさんの液体窒素が厨房にはなかった。これもまた、計画を狂わせる要因だったのかもしれません」
「ふうん」
「場当たり的に見えますが、ドライアイスの量や液体窒素の量は多くは持ち込まれないことを、神田さんも解っていたはずです。だからこそ寒剤実験を利用したんですからね。
ただ、人体を凍らせるのはそう簡単ではなかったというところでしょうか。杉山さんで試したのは良かったが、ここで思わぬ量を使ってしまったのも無理はないでしょうね。それに、一件目の不思議こそ事件の要ですから、そこで手を抜くことは出来なかったはずです。
そうなると、ここで予想以上の量を使うことになったとしても、別に不思議ではないんですよ。むしろ、念には念を入れてやりたかったことでしょう」
「まあ、魚のようにはいかないでしょうね」
散々自分を巻き込んでくれた神田への嫌味も込めてか、梶田がそう呟く。
その梶田の指摘は的外れではない。いくらマイナス七十度を実現できるとはいえ、人間の身体は大きさもある上に厚みもある。それも簡単に折れるくらいまでに凍らせようと思えば、それなりの時間が掛かることだろう。さらに漏れなく凍らせようと思えば、バスタブ一杯にエタノールを張る必要がある。
「そう。ここが理論上と現実の差というべき部分でしょうか。特に人間というものは、多くが水分で構成されていますからね。凍らせるというのは至難の業なんですよ」
「ふうむ」
確かにこれが大量の液体窒素だったならば、人間だろうと一瞬で凍ってしまうことだろう。しかし、それだって内部まで凍り付くのか。雅人には解らない。
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