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第4話 桐山家のお嬢様
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桐山泰子は縁側に座ってぼんやりと空を眺めながら、しかし、頭の中では忙しくあれこれ思考を繰り広げていた。
このままではいずれ、家のためだけに結婚することになる。それも遠くない未来だ。出来れば嫌だと言いたい。しかし、それが許されないことは、泰子もよく理解している。それでも、深瀬嘉仁を思う気持ちに決着をつけないままにするのは嫌だった。
そのためには、まず、深瀬に会ってこの想いを告げなければならない。好きだと言葉にして伝えたかった。どれほど深瀬のことを想っているか、それを訴えかけたかった。たとえ迷惑な行動だとしても、どうしても、心に秘めたままにはしたくない。
しかし、これだけでも難関だ。村の人のほとんどが桐山か深瀬の派閥に入っている。当然、自分の行動も深瀬の行動もしっかりと見られていることだろう。なんといっても、両家の大事な跡取りだ。そんな中、愛の告白なんて出来ようはずがない。だから、まずは告白する場所を確保することが大事だ。
それについて、桐山は一応の候補を設けていた。しかし、そこは人目に付かないものの、多くの問題があるものだった。桐山にとっても深瀬にとっても便利であることは間違いないが、物理的な問題が立ちはだかっている。
「難しいわ」
思わず声に出して呟くと
「どうしました。お嬢様」
たまたま傍を通り掛かった荒井菊恵に訊き返されてしまった。荒井は桐山家に出入りし、身の回りの世話をしてくれるほど桐山に仕えている一族だ。その娘である菊恵は、桐山の世話係でもある。
「ううん。なんでもないの」
「そうですか。体調が優れないようでしたら、すぐにおっしゃってくださいませ。お嬢様はこの桐山家にとって大事な御方なのですから」
「ええ」
笑顔で応えつつ、大事なのは子どもが産める身体でしょと心の中で悪態吐いていた。必要なのは家を継げる男子だ。でも、この家には自分しかいないから、男を迎えて男児を生むことを期待されている。この時代に女の自由なんてない。
そんなことは解っている。そして、自分はそれだけに存在しているのかと悲しくなる。たった一度の人生で、恋した相手に想いを告げ、その人のものになることは叶わないのか。好きない人の子どもを産むことも出来ないのか。
「はあ」
「お嬢様。ひょっとして月のものの時期でございますか。憂鬱なようでしたら、薬湯をご用意しますよ」
「いいえ。単にぼんやりしたいだけよ」
放っておいて頂戴。そう口に出せればいいのだが、言うと話がややこしくなるので、桐山はわざとらしく欠伸をして誤魔化す。それに荒井はくすりと笑うと
「お昼寝なら、部屋の中でなさってくださいね」
そう納得して去って行った。五つも上の彼女からすれば、十六の自分なんてまだまだ子どもなのだろう。小さい頃から世話を焼いているのならば尚更だ。もう縁側で昼寝する年でもないのにと、別の不満が出来てしまう。
「やっぱり、誰かに手伝ってもらうしかないわね」
桐山の家に出入りできる人では駄目だ。しかし、あまりに深瀬の家に近しい人でも駄目。どこで深瀬の両親に告げ口されるかわからない。なかなか難しい人選だが、それでもきっと味方になってくれる人はいるはずだ。
「同い年くらいの人がいいわね。となると、やっぱり彼かしら」
その条件で思いついたのは、深瀬の幼馴染みであり、それでいて桐山とも繋がりのある小島将人だった。彼ならば、秘密の告白を手伝ってくれるかもしれない。しかし、どうやってそれを説明すればいいのだろう。
「小島ならばあの人の気持ちを知っているかもしれないし、協力してくれるわよね。あの人も、私を好きなはずだもの」
ここで深瀬の名を呟くことは出来ないから、あの人と誤魔化しながらも、桐山は胸の高まりを感じずにはいられなかった。そして、その気持ちを大事にするように、うきうきと悪巧みを計画し始めたのだった。
このままではいずれ、家のためだけに結婚することになる。それも遠くない未来だ。出来れば嫌だと言いたい。しかし、それが許されないことは、泰子もよく理解している。それでも、深瀬嘉仁を思う気持ちに決着をつけないままにするのは嫌だった。
そのためには、まず、深瀬に会ってこの想いを告げなければならない。好きだと言葉にして伝えたかった。どれほど深瀬のことを想っているか、それを訴えかけたかった。たとえ迷惑な行動だとしても、どうしても、心に秘めたままにはしたくない。
しかし、これだけでも難関だ。村の人のほとんどが桐山か深瀬の派閥に入っている。当然、自分の行動も深瀬の行動もしっかりと見られていることだろう。なんといっても、両家の大事な跡取りだ。そんな中、愛の告白なんて出来ようはずがない。だから、まずは告白する場所を確保することが大事だ。
それについて、桐山は一応の候補を設けていた。しかし、そこは人目に付かないものの、多くの問題があるものだった。桐山にとっても深瀬にとっても便利であることは間違いないが、物理的な問題が立ちはだかっている。
「難しいわ」
思わず声に出して呟くと
「どうしました。お嬢様」
たまたま傍を通り掛かった荒井菊恵に訊き返されてしまった。荒井は桐山家に出入りし、身の回りの世話をしてくれるほど桐山に仕えている一族だ。その娘である菊恵は、桐山の世話係でもある。
「ううん。なんでもないの」
「そうですか。体調が優れないようでしたら、すぐにおっしゃってくださいませ。お嬢様はこの桐山家にとって大事な御方なのですから」
「ええ」
笑顔で応えつつ、大事なのは子どもが産める身体でしょと心の中で悪態吐いていた。必要なのは家を継げる男子だ。でも、この家には自分しかいないから、男を迎えて男児を生むことを期待されている。この時代に女の自由なんてない。
そんなことは解っている。そして、自分はそれだけに存在しているのかと悲しくなる。たった一度の人生で、恋した相手に想いを告げ、その人のものになることは叶わないのか。好きない人の子どもを産むことも出来ないのか。
「はあ」
「お嬢様。ひょっとして月のものの時期でございますか。憂鬱なようでしたら、薬湯をご用意しますよ」
「いいえ。単にぼんやりしたいだけよ」
放っておいて頂戴。そう口に出せればいいのだが、言うと話がややこしくなるので、桐山はわざとらしく欠伸をして誤魔化す。それに荒井はくすりと笑うと
「お昼寝なら、部屋の中でなさってくださいね」
そう納得して去って行った。五つも上の彼女からすれば、十六の自分なんてまだまだ子どもなのだろう。小さい頃から世話を焼いているのならば尚更だ。もう縁側で昼寝する年でもないのにと、別の不満が出来てしまう。
「やっぱり、誰かに手伝ってもらうしかないわね」
桐山の家に出入りできる人では駄目だ。しかし、あまりに深瀬の家に近しい人でも駄目。どこで深瀬の両親に告げ口されるかわからない。なかなか難しい人選だが、それでもきっと味方になってくれる人はいるはずだ。
「同い年くらいの人がいいわね。となると、やっぱり彼かしら」
その条件で思いついたのは、深瀬の幼馴染みであり、それでいて桐山とも繋がりのある小島将人だった。彼ならば、秘密の告白を手伝ってくれるかもしれない。しかし、どうやってそれを説明すればいいのだろう。
「小島ならばあの人の気持ちを知っているかもしれないし、協力してくれるわよね。あの人も、私を好きなはずだもの」
ここで深瀬の名を呟くことは出来ないから、あの人と誤魔化しながらも、桐山は胸の高まりを感じずにはいられなかった。そして、その気持ちを大事にするように、うきうきと悪巧みを計画し始めたのだった。
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