ジュンズ・ブライド

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ジュンズ・ブライド

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 六月に結婚式する奴の気が知れない、そう思う人が多いことくらいはもちろん分かっている。
 昔はジューンブライドという言葉があって、憧れの結婚式の代名詞みたいになっていたみたいだけど、ただでさえ雨で外出したくないのに、窮屈で動きづらい高価なドレスを着て、ジメジメした暑い中を、汗と雨の化粧崩れに怯えながら歩くというのが信じられない。

 そんな時期に、私は結婚式を開催する。

 招待した人たちの苦虫を噛み潰したような表情をなるべく想像しないようにしながら、彼と一緒に結婚式を準備してきた。

 彼とは大学時代から八年間付き合っている。

 大学に入学してから一ヶ月後、管弦サークルの新歓コンパで、同じく一年生だった彼と初めて会った……らしいのだが、私はまったく覚えていない。彼は今でも、私との初対面はコンパだと言い張っているが、やはりまったく覚えていない。
 コンパの翌日、フルートを吹いていた私に、彼が話しかけてきた。
 彼はバイオリン片手に、昨日はお疲れ様、みたいなことを言った。彼のことを初対面だと思ったけど、私はとりあえずニコニコして話を合わせた。たぶん、それで彼に火が付いてしまったのだろう、それから毎日話しかけられて、一週間後にはデートに誘われた。悪い気はしなかったけれど、デートに誘われてもまったく高揚しなかったので、彼が希望を残さないように、スパッと丁寧丁重にお断りした。
 のだけれど、彼は、そのあともコンスタントに私に話しかけてくる。
 管弦サークルのサマーコンサートが終わったあとの打ち上げコンパでも、彼は隙を見つけて私の隣に座り、五分くらい話した。彼の話は当たり障りないものばかりで、ボディタッチはもちろん、体を寄せてくることもなかった。

 「カスミさんは、僕のこと嫌い?」

 突然、彼が放った言葉。
 私は微笑みながら「え?」と返す。

 「僕は好きです」

 彼は私を数秒見つめたが、たちまち彼の耳は真っ赤になって「ごめん」と言いながら視線をそらした。そして、突然の告白から十秒もしないうちに、彼は席を離れて行った。

 興味が無い異性であっても、あそこまで言われてしまうと、少なからず心が波立った。
 私はオレンジジュースを口に付けて、どうしたもんか、と考えていた。

 彼と付き合い始めたのは大学二年の冬。それまでは、別の男性と付き合っていたけれど、彼にとって、そんなことは問題にすらなっていないようだった。
 それから七年後、社会人になった二人の軍資金が貯まったところで、順当に彼からプロポーズされた。

 嫌いではないが、高揚はしない。

 なるほど、噂どおり『結婚するならこんな人』になってしまった。

 「いつにする?」
 プロポーズを受けた翌朝、結婚式について話しているときに、彼が質問してきた。
 「六月にしたい」私が答える。
 「六月かあ……ジューンブライドだね」
 「うん」
 「カスミの誕生日?」
 「別の日にする。誕生日、平日だし、仏滅。調査済み」
 「そうなの? それは残念……。……そういえば、カスミの名前って、なんか、ジューンブライドっぽいよね」
 「え? なにが?」
 「カスミのカは、花嫁の花だし。カスミのスミは、音読みしてジュンだし。ご両親、もしかしたらちょっと意識してたんじゃない?」
 「んー……純はお父さんの名前だから、違うと思うけど」

 そう言いながらも、思い当たることがあった。
 私の両親は、六月に結婚式を挙げたのだ。その翌年の六月に私は生まれた。
 今度の六月で二十九歳になる私は、母と同じ年齢、同じ日に結婚しようとしている。

 この機会に、自分の名前の所以でも訊いてみようか。


 ※


 「それでは、本日はよろしくお願いします」
 結婚式当日の朝、彼が父の前で頭を下げた。
 「いや、よろしくお願いするのはこちらだよ。うちのと似て、花純はキツいからね、申し訳ない」笑顔の母を見ながら、父が言った。
 「うっさいわね。それ今言うこと?」私も笑顔で言葉を返す。
 「確かに、キツいですね」
 彼の言葉で、全員が笑った。
 「そういえば、式の最後、母さんはどうする?」
 「一緒にお願い」
 父の質問に私が答えた。
 「大丈夫かな、最近肩が上がらなくてね、落としちゃうかも」
 嬉しそうに冗談を言った父の表情を見て、少しだけ悲しくなった。
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