神造のヨシツネ

ワナリ

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第2話:源氏の少女

Act-04 クラマ襲撃

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 今、惑星ヒノモトの民は苦しんでいる。
 それがこの百年に渡る――朝廷、平氏、源氏の三つ巴の争乱が原因だという事は、十五歳の少女であるウシワカでも理解していた。
 その中でも、たいらのキヨモリ亡き後、乱脈を極める平氏がその元凶であった。

 だが自分が、その宿敵の源氏かもしれないという事実は、少女に衝撃を与えた。それを受け止めるには、あまりに運命は急展開すぎたのだ。
 何も考えられずに、マサキヨの整備場から飛び出したまま、当てもなく歩き続けるウシワカ。その目に、困窮の果てに路傍で息絶えようとする男が映る。

 一緒にここまで来たサブロー、カイソンと共に慌てて駆け寄るが、ウシワカの目の前で男は、あえなく息を引き取った。
 そして、その体が光る砂の様に崩れ始め、大地に吸い込まれると――やがて跡形もなく消えていった。

 惑星ヒノモトの人類の起源は、千年前の『神の時代』の争乱で、大地に消えた天使たちの亡骸が元になった『霊脈』から生まれたとされている。
 ゆえに人は交わり、子をなせども、死すればその亡骸は大地へと還っていくのであった。

 そして何もできなかったウシワカは、己の無力を呪う。
 貧しき人々への施しを目的とした、昨夜のロクハラ潜入もなんの成果も残せなかった。
 今、息絶えた民へも、ただその死を見届ける事しかできなかった。


 誰が悪いのか――平氏だ。
 憎い、憎い、憎い――平氏が憎い。


 少女の中で、何かが芽生え始めた。それは『源氏』という存在を意識した事による、無意識の感情の発露であったかもしれない。
 そんな時、ウシワカたちの目に、軍隊の動く姿が目に入った。

 距離があるため鮮明には見えないが、その赤一色の陣容は、間違いなく平氏のものであった。
 兵が乗った数台の戦闘車両の後に、機甲武者ガシアルも何機か続いている。おそらくはロクハラベースから進発した部隊であろう。

「あーあ、平氏の奴ら、源氏を止めるために、また出撃したのかな」

 サブローが、それを馬鹿にする様に呟く。連敗に次ぐ連敗で都落ちの噂も出ているが、平氏にとって首都キョウトに迫っている源氏軍を食い止めるのは、目下の急務であった。
 だが、

「ちょっと待って――」

 カイソンがその細い目を光らせながら、怪訝な顔をする。

「源氏は東から来てるんでしょ。それを迎え討つなら進路は東のはずなのに……あの軍は、真っすぐ北に向かっているよ」

「――――!」

 瞬間、ウシワカの脳裏に嫌な予感が走った。そして同時に走り出していた。

「じっちゃん!」

 ウシワカの叫びで、サブローとカイソンも事態を理解した。北――それは、自分たちが後にしてきた、マサキヨの整備場があるクラマへと向かう方角であった。

 杞憂であってくれ――

 そう願いながら、ウシワカは走りに走り続ける。
 昨夜、平氏のキョウト本拠地で、あれだけの騒ぎを起こしたのだ。ツクモ神ベンケイの援助で、うまく逃走はできたが、その後追手がかかっていても不思議ではなかった。

 どうして、その事に考えが及ばなかった――

 後悔の念にかられながら、ウシワカは懸命に走り続ける。そしてクラマまであと少しという地点で、前方に火の手が上がっているのが見えた。

「じっちゃん!」

 叫ぶウシワカが到着した時――すべては終わっていた。

 マサキヨの整備場――祖父と共に暮らしてきた、自分の住処が燃えている。それは自然火災などではなく、明らかに破壊された上にそうなっている酷い有様であった。

 それに一瞬、呆然と立ちつくすウシワカだったが、すぐに気を取り直すと、「じっちゃーん!」と叫びながら、まだ火の手が強い屋内へと飛び込んでいった。
 少し遅れて到着したサブローとカイソンも、マサキヨを探すべく危険を顧みずに、その後に続いた。

 整備場の中は、各所に銃弾が撃ち込まれた跡があった。その中を、

「じっちゃーん!」

「ウシワカの爺ちゃーん!」

「親方ーっ!」

 炎をかき分けて三人の少女が進む。そして整備場の奥の格納庫の前で、倒れているマサキヨを発見すると、

「じっちゃん⁉︎」

 駆け寄るウシワカが、その体を抱き起こす。銃撃を受けひどく負傷しているが、幸いまだ息はあった。

「ウシワカ……か?」

「じっちゃん、平氏の奴らにやられたのか? ごめん、私のせいで……」

 ウシワカは溢れ出る涙が止まらない。マサキヨの体はすでに薄い光を放ち始めている――すなわちそれは、祖父の迫り来る死を暗示していた。

「お話ししておかねばならぬ事がございます――」

「じっちゃん?」

 突然、口調をあらためるマサキヨに、ウシワカは動揺する。

「ウシワカ様。あなた様を今日までお育ていたしましたが……あなた様は、私の孫ではございません――」



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