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第8話:夢の果て
Act-11 ヨシナカ散華
しおりを挟むヘイアン宮侵入に成功し、近衛兵を蹴散らしながら御座所を目指す木曽軍。
その先頭で、四本足の人馬型機甲武者バキを駆る木曽ヨシナカは、
「狙うはゴシラカワだ! 阻む者は皆殺しにしろ――死んでいった奴らへの弔い合戦だ!」
と、全軍に号令をかけると、
「ヨシナカ、僧堂の結界師は皆、討ち取ったわ」
もう一機のバキを駆る妻トモエが、作戦の進捗状況を報告しながら近付いてきた。
「よし。これでヘイアン宮は丸裸になったも同然だな」
「ええ。でも、なぜ魔導結界が消えていたのかしら……?」
「分からねえ……だがチャンスだ。これならヨリトモたちが来る前に、ゴシラカワのとこまで行けるぞ!」
シンゼイと同じく、魔導結界が機能していなかった事にトモエは疑問を呈するが、ヨシナカはこれを千載一遇の好機と捉え、
「ゴシラカワのとこには俺が行く。お前は近衛を排除しながら、脱出路を確保しておいてくれ」
と、作戦目標であるゴシラカワのいる御座所への特攻と、その後の撤退についての最終指示を出した。
「ヨシナカ……」
「……大丈夫だ、トモエ」
思わず不安の声を上げた妻に、夢破れた悲しき英雄は、とびきりの優しい声でそう答えた。
見つめ合う二機のバキ――それはヨシナカ夫婦が、最後の別れを惜しんでいる様にも見えた。
そして、
「行くぜ!」
そう言い残し、ヨシナカのバキは騎馬のごとく走り出した。
機甲武者を持たない朝廷の守備部隊を蹴散らしながら、ヨシナカは御座所に向けバキを疾走させる。
ヘルメットのバイザーには、もはや限界の限界を超えた、機体コンディションのアラームメッセージが、休む事なく表示され続けていた。
――あと少し、あと少しもってくれ! ゴシラカワを連れ去るか、それが無理なら奴を討ち取る。それが俺たちの『夢』への再出発だ!
キソの皆で抱いた天下への『夢』を思い、バキに魔導力を送り続けるヨシナカ。その耳に、
『レンジワンに機甲武者――所属、型式、共に不明』
という、音声アラームメッセージが飛び込んできた。
(ヨリトモの軍がもう来たのか⁉︎)
と思い、バキの携行兵器であるランサーを、ヨシナカは前に構えさせるが――御座所に到達した時、そこにいたのは薄緑色の機甲武者だった。
「ウシ……ワカ……?」
思わずヨシナカが驚いたのも無理がないほどの、予想外のシャナオウの登場であった。
ヨシナカは考えていた――もし、ウシワカがヨリトモを捨てて、自分たちについてくれれば、木曽軍はゴシラカワを拉致、もしくは弑逆する事なく、朝敵の汚名を免れられると。
そして木曽軍は皇女ウシワカを奉戴し、同じく皇女アントクを奉戴している平氏と並んで、皇帝を擁する源氏本軍に対し、三国鼎立の状況に持ち込めると。
だが無垢なる少女の思いを利用する事に、それを断念してこの凶行に及んだヨシナカの目の前に、シャナオウが――それに乗ったウシワカが現れたのだ。
――ウシワカは、ヨリトモではなく俺を選んでくれたのか。
そう思いヨシナカはバキを近付け、ランサーを地に刺し、その両腕をシャナオウの肩にかけるべく前に伸ばすと――
次の瞬間、屈んだシャナオウは素早くセイバーを引き抜き、それを伸び上がりながら振り抜くと、バキの両腕が宙高く斬り飛ばされた。
「――――!」
しまった、とヨシナカは自分の甘さに顔を歪め、そして思った。
ウシワカは、ヨリトモからの刺客だったか。いや違う、ウシワカは――あの無垢なる少女は、源ヨリトモの妹として生きていくために、自分の意志で俺を殺しに来たのだ、と。
その証拠に源氏本軍は、シャナオウ以外まだ一機もヘイアン宮に到着していない。おそらくウシワカは、この変事を知ってから、誰に指図される事なく、自らここに急行してきたに違いない。
バキの腕が地に落ちるわずか数秒の間に、ヨシナカはそう納得すると――ならばよし、と――もはやランサーを使えぬバキに残された最後の武器である、頭部に装備された角の様な十二・七ミリ機銃を前方に倒し、至近距離からシャナオウのコクピットに向け乱射した。
そのすべてを胴部に食らい、シャナオウのコクピットハッチが吹き飛んだ。
そしてバキのモニターにウシワカの姿が映る。そこには、ツクモ神ベンケイに背を抱かれ、反撃にも臆する事なく、凛とした眼差しを向ける――迷いなき戦士がいた。
その彼女は、
「いいやああーっ!」
という気合いと共に、シャナオウを伸び上がらせ、セイバーを逆手に持たせると、そのままバキの後頭部から背中を深々と刺し貫いた。
その衝撃で、バキもコクピットのハッチが吹き飛び、ヨシナカの姿があらわになった。
駆動中枢を破壊されたバキが、シャナオウにもたれかかり、至近距離で対峙するウシワカとヨシナカ。
シャナオウのセイバーに背中を斬り裂かれたヨシナカは、口から血を流している。もはやその傷は致命傷であった。
それを目にしても、ウシワカの表情は変わらない。
姉のためにヨシナカを抹殺する――その信念が、ウシワカを冷徹な戦士へと再起させたのだった。
だが、ヨシナカもこれで終わらなかった。
彼は腰のホルスターから、銀色に輝くオートマチックの拳銃を抜くと、その身をコクピットから乗り出し、銃口をウシワカに向けた。
瀕死の状態ながら、なんたる執念。ウシワカとベンケイはそれに驚愕するが、すでにウシワカの前面にはベンケイによる魔法陣――魔導シールドが展開されていた。
――勝負あったか。
己の負けを悟った、ヨシナカの体が光を放ち始めた。それは惑星ヒノモトの人間における、死の合図であった。
大地の霊脈と化すため、砂の様に崩れていくヨシナカ。その彼が、何か言葉を口にしようとした。
それはもう言葉にならなかったが、ウシワカは自身に微笑むヨシナカの口の動きから、必死にそれを読み解くと、
ゆ、め、を――夢を。
そう言い終えたヨシナカは、コクピットから落下し、空中で完全に光り輝く砂と化すと、大地に吸い込まれ消えていった。
その時、シャナオウのコクピットには、ヨシナカが手にしていた銀色の拳銃が投げ込まれていた。
ヒノモトの人間は死すれば、その衣服や装備品ごと大地に吸い込まれ、消え去るはずだが――強い思念が残ったものが現世に残る事がある、と破戒僧モンガクは言っていた。
ヨシナカは自分に、何の思いを残したかったのか。
ウシワカは手にした拳銃を見つめ、『夢を――』と、最後に言ったヨシナカの言葉を思い返すと同時に――自分がヨシナカを殺した事を自覚した。
そして、
「ヨシナカ……」
そう口にした少女の頬に、ようやく一筋の涙が流れた。
Act-11 ヨシナカ散華 END
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