憂いの空と欠けた太陽

弟切 湊

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完璧にも苦手なものがある Ⅱ(有栖視点)

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遊沙が疲労で寝込んだ時に、すぐに病院に連れて行けなかったことなどから、俺は自動車教習所に通うことにした。一番近い教習所に申し込んだ際に、騒ぎになると面倒なのでなるべく夜間に受けて欲しいと言われたが、そんなことは知ったことではない。こちらは一刻も早く免許が欲しい。
…………まあ、迷惑をかけるのは本意ではないし、代わりになるべく目立たない格好で行っている。

今日も実技を二時間やって、仮免までは残すところ実技が三時間、講義が二時間だ。そろそろ仮免許試験の勉強もしないといけない。基本的に暗記なのでそれほど難しくなさそうだが、実技では脱輪したら即アウトで練習も出来ないので結構不安だ。

家に帰ると、遊沙が唇の前に人差し指を立てて、しーっとやってきた。何だこれ、可愛いな。
もう自分が彼に対して可愛いと思うことに対する抵抗も少なくなってきた。小動物を可愛いと思うのと似た感情なのだろうと思っている。
可愛い動作の原因は冴木で、珍しいことにこたつで眠っていた。彼は滅多にこういう所で寝ないので、余程疲れていたのだろう。
やはり休業して良かった。
ファッション雑誌の編集社や撮影スタジオなどからは何事かと思われたり、理由をしつこく聞かれたりしてちょっと面倒だったが、彼らも仕事だから仕方ない。俺はそれなりに収入源になっていると思うし、一ヶ月穴が空くのは困るのかもしれない。
けど、いつかの後輩モデルとか、それ以外にもモデルはたくさんいるから何とかなるのではと思っている。モデルになりたくてなった熱意のある人がやる方が、本当は良いのだから。

遊沙がちょいちょいと手招きをするので、二人してそっと階段を上り、遊沙の自室に入る。

「見て、これ。有栖のおかげで買えたから、一緒にやろ」

そう言って渡されたのは、それなりに大きな長方形の箱。箱に書いてある文字を読むと、どうやらこれがゲームというものらしい。開けてみると、黒くて薄い、しかし結構重たくてスマホみたいな画面がついた物体が出てきた。AとかBとかが書いてあるボタンがいくつかと、レバーみたいなものが左右に一つずつ付いている。
俺が物珍しそうに見ていると、遊沙が、表面に絵が描いてある薄いプラスチックの箱を開けて、その中に入っていたSDカードみたいなものを俺の手の中のゲームに差し込んできた。

「はい、これでゲーム出来るようになるから。えっと、あとはテレビに繋ぐから、それちょっと借りるね」

彼は俺からゲームを受け取ると、テレビと線が繋がった箱みたいなものにそれを差し込んだ。
テレビを点けると、テレビ番組じゃなく、ゲーム画面が表示される。

ああ、これでゲーム機をテレビに繋げるのか。すごいな、どういう仕組みなのだろう。

遊沙はテキパキと設定とかをして、それからさっき差し込んだゲーム機からボタンが付いている部分だけを取り外した。
取り外しが出来るとは知らなかった、と感心している俺に、彼がそのボタン部分を渡してくる。
クエスチョンマークをたくさん浮かべていると、それがコントローラーだよ、と教えてくれた。これで操作するらしい。

ゲームが始まると、何故か眠っている男の顔がどアップで映され、次の瞬間その男の目が開いた。男はベッドの様なものから起き上がり、不思議そうに辺りを見回している。
そこから画面には操作法法が表示され、その通りにキャラを動かすと次の指南が現れる仕組みになっているようだ。

物語は面白そうだが、操作がとても難しい。まずどこどこのボタンを、とか言われてもどのボタンがどこにあるのかよく分からないし、そのボタンを押しながら別のボタンを押すとか、レバーを動かすとか言われてもなかなか上手くいかなかった。
俺のせいで主人公らしき男があまりにも挙動不審なので、遊沙が軽く手本を見せてくれた。それを見ているととても簡単そうなのだが、自分でやろうとすると上手くいかない。
そのゲームは画像がものすごく綺麗だったので、物語と合わせて気になったが、俺にはちょっとまだ難しかった。

それはまた今度やることにして、今度はさっきとは違う系統のゲームを渡される。これは二つのゲーム機でやるためテレビが使えないということで、取り外したボタン部分をまたゲーム機に取り付ける。

イカが人型になっていて、彼らがインクで戦うゲームらしく、さっきのものとは操作法法が違った。さっきはBで「走る」だったのが、こっちはBで「ジャンプ」だ。すごく混乱する。
俺はどうやらこういうのが苦手らしく、遊沙の10分の1も上手く出来なかった。
それでもなんとかチュートリアルは突破出来たが、知らない人とすぐ対戦するのは不安だから遊沙とゲーム内で戦ってみることにした。

ルールは、自分のチームの色でステージをより多く染め上げた方の勝ち、というシンプルなゲームだ。
とりあえず色を塗れば良いみたいなのでそうしてみたが、ステージは入り組んでいてアスレチック要素もあり、失敗すると落ちて死んでしまう。シビアだ。
15秒後くらいに復活出来るのだが、その間にステージを相手のインクで塗られてしまうので、負けやすくなってしまう。遊沙とやっているときは何もされなかったが、知らない人とやると普通に殺されるらしいので、実質殺されすぎると負けることになる。

しばらく遊沙とやって、いくつかあるステージの地形をなんとか覚えたところで、早速知らない人たちとやる。4対4のバトルだ。俺も遊沙もランク1なので弱くても多めに見てもらえるだろう。

何回かやって、俺は初めて一人を倒すことが出来た。俺のいたチームは負けてしまったが、チームに少しでも貢献できたと思うと何だか嬉しかった。バトルに勝つと経験値が多くもらえて、ランクが上がると新しい武器がゲーム内通貨で買えるようになるので、俺はペンキを塗るときにコロコロするやつみたいな武器を買ってみることにした。遊沙はスナイパーライフルみたいなものを買っていた。
俺の武器はただコロコロしていれば良いので楽だし楽しかった。イカたちはインクの中に潜伏出来るのだが、このコロコロは相手インクの中に潜んでいる相手をそのまま轢き潰すことが出来るので、上手くコロコロすればさっきより倒せた。

倒されたイカから出るものがインクなので誤魔化されているが、正直結構グロい気がする。体が相手インクで染め上げられると、着ていた服だけ残してべしゃっ、と爆散するのだが、自分の上で誰かが倒されると、その着ていた服がばらばらと降ってくる。また、遊沙が敵だった時、俺には手加減してくれるので倒されないが、同じチームの人と二人で色を塗っているとき、横にいた人が突然爆散したので何が起こったのかと見渡すと、高台の上からスナイパーライフルを構えてこちらを見ている遊沙がいてめちゃくちゃ怖かった。あの武器で撃たれると一撃で死ぬらしい。怖すぎる。
相手のインクを塗り返しているときに、相手インクに潜伏していた人が突然ヌッと出てきて殺されるのもかなりびっくりする。なんのホラーゲームだ。

このゲームはさっきのよりは簡単だが、いろんな意味で怖いゲームだった。可愛いイラストに騙されてはいけない。


それなりに遊んだ後に、遊沙が炒飯を持ってきてくれた。冷めていても美味しいのに、わざわざレンジで温めてくれているところが遊沙らしい。
ゲーム機の片方は俺用に買ってくれたと言うので、その分の金を払おうとしたら断られた。学費の礼も兼ねているらしい。遊沙は結構頑固なので、大人しくもらっておくことにした。


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(端書き)

小説とか用のツイッターアカウントをさっき作ってみたので興味があれば。
プロフィール欄に載せています。
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