春の洗礼を受けて僕は

さつま

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春の洗礼を受けて僕は

20話 月曜日3 ★

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 痛いとか嫌だとか言わせるのは本意でないし、そう言われるとすぐに萎えるので、ジェルの類は惜しみなく使う。
 ホテルでも調達できるけれど、常時1・2個は持ち歩いているはずだったが。
「…そうだった」
 木之内に使ったんだった。
「夏伊?」
 ベッドの上の女の子が、どうしたのと問いかけてくる。ナオとは、もう3ヶ月くらいの付き合いになる。
 服を買いに行ったら、ずっとこちらを見続ける子がいて、痺れを切らして声をかけた。大学生のナオとは、そんな出会いだ。
 今はモデルにも片足突っ込んでいる。可愛らしく、それを自覚していて、トロフィーになる男にしかなびかない。楽な付き合いだと思う。
「いや、何でもない」
 ベッドに戻ると、キラキラした顔で見つめられた。
「友達に夏伊の写真を見せたらね、みーんなかっこいいって褒めてたよ」
「写真? いつ撮ったっけ」
「盗撮」
 ふふふと笑う。
「買い物してた時の?」
「そそ」
「後で消せよ」
 細い体に不釣り合いな胸に触れる。
 優しく触ると、ナオがまたふふっと笑った。
「夏伊は宝物みたいに扱ってくれるね」
「…彼氏と何かあった?」
 年上のカメラマンと付き合っていると聞いている。
「ないよ。でも最近、優しくないの」
 ナオが浮気してるのに気づいてるからじゃない? と思ったが、黙って胸に口付けた。
 短いキスを続けていたら、ナオが負けて「触って」とねだる。
 少しずつ下に降りて、中心に口を寄せた。
「ああっ」
 ナオの折れそうな腰が弾む。
 それを押さえつけて、舌で苛んだ。
 触れるようなタッチでゆるく円を描いて、軽く吸う。
「夏伊、夏伊ぃ…」
 もじもじと揺れるお尻が、シーツを波立たせる。
「まだしててもいい?」
 痛いと言われたくない。しっかり濡らさないといけない。
「いいよ、いい…」
 あっ、あっと息つく合間に、必死で応えるのがいい。
 なのに、必死でしがみつかれた事を思い出す。
 ぐっと爪を立てられて、でも最後はもう力が入らなくて、ただ揺さぶられて快感を追っていたのが、可愛かった。
 部屋に入ったところからは覚えている。口付けた唇の鉄の味が、夏伊を現実に引き戻した。
 潤む瞳は紫色を帯びて、恥ずかしいと言うのに必死に見つめてきた。
 嫌だ怖いと怯えていて、普段ならそんな事を言われたら一気に冷めるのに、昨日は高揚感を覚える自分がいた。
 本人がまだ存在すら知らない扉をすべて白日の元に晒して、夏伊にしか縋り付けないようにしたい。
 自分にもまた、まだ開かれていない扉がある。
 嗜虐的な思考をナオに打ちつける。
「あっあっ、夏伊、激しい」
「激しくない」
 ここ数日、久しぶりに調べ物に没頭できて楽しかった。成果を伝えたら心底感謝されて、嬉しかった。
 体の関係の最中、ずっと驚いて怖がって、なのに止められないのがいじらしかった。
 最後にスッキリした、これがセックスかなんて聞いてきたのには、思わず笑ってしまった。
 でも傷つけただろう、だから無かったことにする話に同意した。
 つらいと思わせたかったわけじゃなかった。でも、あれはもう無い夜のことで、だから今はもう罪滅ぼしも何もできない。
 もう一度なんて、もっての外だった。


「撮影が終わったら、また連絡するね?」
 ナオが上目遣いで問いかけるから、笑い返した。
 電車に乗って最寄駅に着いて、大通りはやめて別の道を歩いた。
 緑深い木々が、夜風に揺れてサワサワと音を立てる。
 スマホの通知を見ると、数時間前に「ただいま」と一言だけ届いていた。
 緑道をしばらく進んでから、ベンチに腰掛ける。
 そばに立つマンションの窓から、光が漏れていた。
「今何してる?」
「勉強してた」
「それは悪かった」
 おやすみ、と送ろうとしたけれど、
「大丈夫、これからコンビニに行くから」
 窓の電気が消えた。
 それを見てから、緑道から別の道に移動する。
 少し待っていたら、目の前のマンションから木之内が出てきた。
「よう」
「わ、ビックリした」
 何でいるの、あれ、いま帰り? と問われる。
「そう」
「そっか」
「俺もコンビニに寄りたい。一緒に行こう」
「うん」
 朝よりはマシとは言え、木之内の歩みはまだ遅い。
「洗濯物…ありがとう…」
 小さな声が聞こえる。
「どういたしまして」
「水洗い…してくれたんだね…」
 多分、木之内の服と下着のことだろう。
「まあな」
「恥ずかしい…ごめん…」
 はっと、周りを見渡す。人影はない。
「赤くなるのは後にした方がいい」
 匂いが…と言うと、あっと声が上がった。
 つい口が緩んでしまう。
「何だよ」
 木之内がぷうっとふくれた。
「反応が新鮮で」
 木之内がムムム…となった頃、コンビニに到着した。
 買い物をして別れ際、また遊びに行っていいか聞いてみた。
「あくまで、クラスメイトとして」
「クラスメイト…」
 それならいいよと、ようやく笑った。
「じゃ、また明日」
 手を振って別れる。
 コーンに入ったソフトクリームを舐めながら歩く。木之内の最近のお気に入りらしい。
 春の夜風はあたたかく、ソフトクリームのバニラの風味と柔らかく溶け合う。
 コーンをパリパリと噛んで、家の門を開けた。
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