春の洗礼を受けて僕は

さつま

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夏の魔物

12話 次の次の金曜日3 ★

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 それを見て、夏伊の心臓が大きく脈を打った。
 睦月の両肩、肩甲骨のあたりに、一番大きな痣が続いていた。他の部分のものとは違って、まだ青味がかっていて、痛ましい。
 意識せずに背中を向けた様子から、睦月はここに痣があることを認識していないのだろう。
 努めて何事もない口調で尋ねる。
「体は大丈夫か?」
「うん、大丈夫…」
 困り顔で、小さな声で、早くしたいとお願いしてくる。
 ゴムを付けて、屹立したものをあてがう。
「早く…」
 高まっているはずなのに、心底悲しそうに何度も懇願されて、ただ分かったと返すしかなかった。
「……!!」
 ビクビクと跳ねる体を、腰を押さえつけて黙らせる。
「あ…あ…」
 熱い呼吸音が狭い室内を埋めていく。
 とにかくゆっくりと沈めていくと、睦月がもっと、早く、とねだる。
 背中が赤く染まると共に、痣もまた色が浮き出すように見えた。
 目を閉じて前屈みになり、先端が睦月のポイントを突くように、何度も何度も、執拗に抉る。
「あっ、や! あっあ! あっ、あっ」
 夏伊、夏伊と、必死に呼ぶ。
「んっもう、もうイク!」
 余韻に震えているのを待ってはやらずに、腰を押し付ける。
「ん! いってる、から、ヤダ、待って…!」
「待たない」
 奥まで入れて先端まで抜いて、また奥まで入れてと、ハードな挿入を繰り返す。睦月がぶるぶると震えてすすり泣いた。
「体、おか、しい…! やめ、て」
「止めない」
 べたべたに濡れた前をぎゅっと握って、体の動きに合わせて上下させる。
「うあ…! あ! ひっ…!」
 嬌声と鼻水を啜る音。
 また体をぶるりと震わせたのと共に、夏伊も中で達した。
 しばらく自分の息を整えてから抜く。睦月をひっくり返して、折れそうな背中に手を回して抱きしめた。
「夏伊、夏伊」
 睦月もしがみついてしゃくり上げる。
「夏伊」
「酷くしてしまって、悪かった」
 うまく謝れない。こんな事は頼まれていなかったのに。
 睦月が必死に否定する。
「違う。おれ、上手くできなくて、ごめん」
 謝罪の言葉が続くのを制する。それは無理矢理にされて追いつけなかっただけだ。手荒い扱いを、もう一度謝る。
「夏伊」
 肩におでこをくっつけて、それから夏伊の顔を見て、涙が引っ込んだ…と睦月がつぶやく。そして言った。
「…鼻血出てるよ、大丈夫?」


「術後二週間くらいは、激しい運動はしないように言われてたんだった」
 シャワーを終えた夏伊が、面目が立たないという顔つきで言った。
「セックスの時に鼻血が出るって、インパクトがあるよね」
 先に体を洗った睦月に麦茶を渡される。お礼を述べて一気に飲んだ。
「励ましているようには聞こえない」
「励ましてないよ、記憶に残るって言ってるだけだから」
 キッパリと言い切られて、体がぐったりと重くなった。これなら、鼻に詰め物をされた姿を見られた方が幾分かマシだ。
「今日中に忘れろよ」
「やだ」
「おい」
 ソファでげらげら笑う睦月を肘で小突いて端に寄せ、横になる。
 睦月の太ももはゴリゴリと骨っぽく、枕にするには心地が悪い。
 ヒグラシの声が聞こえて来る。
「ああ、もう夕方か」
 そろそろお暇するかと呟くと、夕飯食べていったら? と誘われる。
 今日は止めておくと言って立ち上がり、冷凍庫からアイスを取り出して戻った。
「さっきの残り」
 また太ももに頭を乗せ、アイスをすくったスプーンを睦月に差し出す。
「おいしい」
「もっと食べろよ」
「夏伊も食べなよ」
 睦月が夏伊の手ごとスプーンとアイスを持って、果肉のあるあたりをたっぷりとすくって、口元に差し出した。
「うまい」
 睦月もまた一口食べて、ニコニコする。
「嬉しそうだな」
「おいしいもの食べると嬉しくなるんだよね」
 差し出したスプーンを口にする。
 そういえば、睦月というより木之内家は、食に対して貪欲そうな感じを受ける。
「それはあるかも。母さん食品メーカーの人だし」
 まああの人はグルメっていうか、食べたいものしか食べたくない人、だなと言う。
「冷蔵庫の容量を無視してお取り寄せするなんて日常茶飯事だし。冷蔵庫を開けると昨日まで無かったものが入ってるとかザラだし」
 2月が一番ひどいと言う。
「2月?」
「バレンタインがあるじゃん。色んなとこにチョコを死ぬほど買いに行かされるんだよ、おれが」
 売り場にいるのはさすがにほぼ女の子だし、すごく買いづらいんだけど、買いに行かないと鬼の剣幕になるんだ…とげんなりした顔になる。
 一瞬、夏伊の家はどんな感じ? と聞きそうな雰囲気があったが、睦月は口を閉じた。
「そんなだから、またご飯食べにおいでよ。母さんもまた来てねって言ってたよ」
 だから、さみしい時はうちにおいでよ。
 そう言われているような気がした。
「睦月の食欲が戻ったら、またご相伴に与ろう」
 また後で連絡する、じゃあ行くなと、軽く手を振って夏伊が玄関を出た。


 ちゃんとできたのかと言われたら、満点ではない。でもキスできたし、入ったし、きっと大丈夫。気持ちよかったから、大丈夫。だから今までと何も変わらないと思う。
 だって夏伊が優しく触れてくれて嬉しい。だって夏伊の紅潮した顔を見られて嬉しい。
 夏伊が元気そうだったから良かった。
 それなのに、秘密を持ったままで事に及んだという事実が、鉛を飲んだように体を重たくさせる。
 でも言う必要ない。友達だって、何でもかんでも明け透けにする必要ないし。中は治ったし、病気にもかかってなかったし、問題ないんだ。
 問題はないんだ。
 だけど堪えられなくて、ほんの少しだけ泣いた。
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