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第6章 正しい歪み
第88話 殺人鬼と執事
しおりを挟む情報屋から情報を貰ったが、あの一言が頭から離れずその日は代表に会いに行かなかった。
だが、いつまでもそのままで良い筈が無く今日こそは行こうと思いたった。……1人でと今までの俺なら言っていただろうが、お嬢様に何も言わずにはこの間の事もあるし、出来ない。
宿屋での朝食を終え、そろそろ今日の予定を話そうかという雰囲気になり始めた頃合いに話を切り出す事にした。
「お嬢様、本日は情報屋から貰った情報を頼りに代表に会いに行こうと思います」
「……そう、一人で…とでも言いたげだけどそれは許容出来ないかな」
案の定真っ先に否定され、1人で行く事は叶わなかったが行く事自体は許可が貰えたようだ。
「俺も…って言いたいところだけどよ。俺はまだ移動手段が確約してねぇからもう少し探してみるわ」
「うん、よろしくね」
巧は元より頼まれていた事もあってか、案外あっさり諦めた。てっきり付いていくと言いそうだったんだけどな。
そしてメサとメイカは……
「私たちはもし戦闘になった時に足手まといになるので大丈夫です」
「でも、もしもの事を考えて伝えないといけないわ。『暗転』について」
『暗転』、メサとメイカが襲われたという俺たちが来た本当の目的。俺と巧、そしてお嬢様はメサたちの言葉に静かに耳を傾けた……。
「お嬢様、大丈夫ですか?」
「うん。……これくらいなら平気」
お嬢様を両手で抱えて屋根を駆け、目的地へと向かう。目的地はもちろん、代表が居るとされるコロセウム。
屋根の上を走っているので遮るものが無く、まだそこそこ離れた所でも見えるコロセウムは街の中でもとびきり豪勢に建てられていて、よくよく思えば一番存在感がある建物だったと今は思える。
「陸人……『暗転』は本当に代表の人の近くにいると思う?」
お嬢様の質問は予想はしていたが、正直俺にもしっかりとした事は分かっていない。だが、予測は出来る。
「自分の見立てだと、高い確率で居ると思います。理由としては『暗転』が多くの人を殺している事に対してこの街自体が対処をしているとは思えないからです」
そう、この街で過ごして感じた事は皆が皆殺人事件が起こっている事に対して無頓着すぎ……いや、そもそも起こっている事を知っている人の方が少ないのかもしれない。そう思えるほど警備の人は見なかったし、誰も防犯に意識を持っていなかった。
「つまり……今私たちはSランク冒険者と『闇夜の暗殺者』の精鋭が居るかもしれない所に向かってるの?」
お嬢様の考えに至るのは当然だろう。前の俺なら絶対にそんな場所にお嬢様を連れて行かない。だが、お嬢様の職業が原因なのか俺は逆らう事が出来ない。
「ですが、それは避けられませんから…」
「それもそう……よーー」
暗い顔ながらも俺を元気づける為に笑顔を見せようとした途端、急に空が暗くなり始め、コロセウム側からどす黒い雲が太陽の光を通すまいと空を覆い始めた。
「これがメサちゃんたちが言ってたやつだね」
「ええ、そうですね」
宿屋を出る前に聞いていた現象と同じだ。時期に俺らの居る場所も夜のように暗闇に閉ざされるだろう。ならば…
俺は急ブレーキをかけて立ち止まり、お嬢様を降ろした。
「お嬢様、ここは俺に任せてコロセウムに向かってください」
「……出来る?」
「ええ、もちろんでございます」
お嬢様の目は配下の者を信じる主人のような意思があった。それが少し嬉しくて跪いて肯定する。
「なら、任せたわ」
お嬢様はそれ以上何も言わず、いつの間にか身につけていた浮遊の魔法なのか、風を纏って宙を浮き、コロセウムが見えていた方へ飛んで行った。
「……追いかけてくれないで助かったよ」
「そう、それは良かったよ。褒められるのは好きなんだよね」
雲によって出来た影から現れたのは1人の男。見た感じは優しそうな印象を持てるが、全身から溢れ出ている狂気は『暗転』と証明するには充分すぎるものだった。
「さっさと始めよっか。殺すまでよりも殺してからの方に時間をかけたいんだよね」
「…それは同感だが、だからと言って投げやりになるなよ?それだと殺し甲斐が無い」
挑発をして相手に余裕を無くそうとしたが、返ってきたのは余裕の無い怒りの言葉では無く、笑い声。顔を隠して笑うほど面白かったらしいが、わざわざ視界を遮っている時を逃すはずも無い。
俺はスキル無限収納から黒塗りの刀を取り出し、奴へ袈裟斬りをした……筈だった。
「……がっ!?」
気付いた時には屋根を転げ回り、肩と腕に刺さったナイフが食い込んで更なる痛みをもたらす。
「そんなスピードで殺すとか……片腹痛いね」
奴は先程まで俺が居た場所で馬鹿にしたように笑う。体に刺さったナイフを抜いてそこらに捨て、立ち上がる。
……全く見えなかったが、同時に何か不自然でもあった。屋根は瓦のような素材で出来ていて歩いていても多少は音が出る。なのに奴は音も無く俺に近づいた。つまり…
「チッ……『闇夜の暗殺者』の移動手段か…」
影を自在に移動出来る奴ら特有の能力。影魔法を使って俺のすぐ目の前に瞬間的に移動したのだろう。……奴らの影を移動する速度はどれほどか知らなかったが、まさかこれほどまでとは。
「すまないな。お前の事を過小評価し過ぎたようだ。次は本気でやる…」
全身に身体強化魔法を巡らせ、刀を構える。狙うは首、一撃で仕留めてお嬢様に追いつかなくてはな。
「……良いね、その目。違いはあれど僕に似た良い目をしているよ。たった一つに執着して、それが駄目だと分かっていながら手放す事の出来ない目が」
奴の目が鋭いものに変わる。正直、怖いと思う自分が居ない訳では無い。奴の速度は俺以上だろう。だが、俺には護らなくては…仕えなくてはならない人が居る。それに、やり残した事もある。こんなところで死ぬ訳にはいかない。
「行くぞ」
「…行くよ」
互いに体を低くし、己の武器を構える。速度優先はもちろん、急所のみを狙う。
……風が吹く。前髪が揺れ、視界の一部を阻害する。そして、風が止み、髪が視界から消えた瞬間に奴の姿が消えた。
もう既に奴はこっちに駆けて来ているのだろう。今、俺が走り出してもただ首を飛ばされるだけかもしれない。だから、俺は後ろへ飛び下がり、刀を縦に構えた。
ーガギィィン!
「……へぇ」
ぶつかり合う刀とナイフ。ついさっきまで誰も居なかったのに、今はすぐ目の前に奴が居る。
スピードで勝てないなら、俺が対応出来るところまで退がればその分距離も生まれて奴が来るのが少し遅くなる。その少しで受け止める準備が出来れば良い。それに……
「俺が退がるのに対応出来なかったという事は移動は前もって決められた範囲程度くらいって事か?」
「………」
奴は俺の問いかけに暗黙で返す。これは俺が生き残る為の策でもあったが、同時に奴の能力を探るテストでもあった。
速度という点において、俺と奴では差がありすぎる。ならば、情報という点で埋めるしか無い。
「だからなんだって言うのさ?僕に剣を止められた君程度のスピードでは、その隙を突くのも難しいんじゃない?」
「……いや、そうでもない。策はもう出来た」
策が出来たという言葉に笑みを消し、ゆっくりと殺意を増していく『暗転』。
お前の強みはその影を移動するという点にしか無い。本来なら影のある場所のみを警戒するだけで取るに足らない相手だが、奴の能力でこの場所全体を雲を使い大きな影とする事で補っているに過ぎない。ならば…
スキルー非常時発動型
・起死回生(執事たる者、状況をひっくり返す手を用意すべし)
が通常スキルへと変化しました。
発動条件
・1日1回
が追加されました。
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