空のない世界(裏)

石田氏

文字の大きさ
上 下
71 / 73
外伝

01

しおりを挟む
 どこからか声が聞こえてくる。

ア…

アイザ……

アイザ、しっかりして!

「うっ……」
眠っていたのか、それとも意識を失っていたのか、とりあえず声に反応しまぶたを開け、そこから外の光が目にさしこんでいった。

眩しかった。

 思わず目を閉じたくなるような、まるで長い間日の光を見ていなかったように、眼球の奥まで射し込まれたような痛みがはしった。
 俺は目を擦りながら、体をお越しとりあえず現状を思い出す。
「あぁっ……クソッ、思い出せねぇ」
自分が目をさます前の記憶が全くなかった。ただ、俺の名がアイザってことと、俺が何者でどんな暮らしをしてきたのかは覚えている。記憶がないのはそのあとのことだった。
「アイザ、あなたはアンノウンに〈陸潜艦〉ごと突っ込んだのよ」
「あぁ、思い出した。確かに俺は、自爆のタイマーがセット出来ないことを知って、お前らだけ脱出させて、俺は〈陸潜艦〉と御臨終するはずだった。なのに、何で俺は生きてるんだ?」
「あなたは爆発の衝撃でここまで飛ばされたのよ。どうやってかは知らないけど、とにかく奇跡としか言いようがない。これは天の、神の救いよ」
「神なんかいない!」
俺が急に怒鳴り出したことに、ルビーは少しおびえ、驚いていた。だが、一番驚かされたのはルビーでも、駆けつけてくれた他の仲間でもなく、俺自身だった。何で、俺は怒ったのか分からなかった。ただ、ルビーが神のことを話した時、俺の頭の中で何かが引っ掛かったような気がした。
「すまない。ただ、俺の前で神の話はしないでくれ。もう、懲り懲りなんだ」
何が懲り懲りなのか、自分で言っときながら分からなかった。
「そうよね。こんな時代だし、神のことを話をして怒るのは当然よね。こちらこそ、すまなかったわ」
成る程。確かに、今は宇宙から来たエイリアンどもと戦争中だった。その中で、多くの人がそのエイリアン、アンノウンに殺されていったんだ。今じゃ、神の名前を出すだけで周りから冷たい目で見られる、そんな時代だった。多分、俺はそれで怒ったんだろう。だが、何かまだ他に思い出せず、忘れている気がした。
「とにかく、ここから離れましょ。歩ける?」
「あぁ、一人で歩ける」
とりあえず、ルビーの言う通りここは今戦場だ。〈戦艦〉を失った俺らは手っ取り早くここから立ち去るのが先決だった。
「おい、そう言えば赤いアンノウンはやったのか?」
「えぇ、あなたの勇敢な行動で奴は丸焦げ。死んだわ」
「それを聞いて安心した」
「まだ、安心するのは早いんじゃない?まだ、戦争は終わってないし、大型アンノウンはあの赤いの以外にも発見されている。戦いはまだまだよ」
「そんなことくらい、言われなくても分かっている」
そう言い放つと、とっととその場から離脱した。



ーーーーーー


 第3拠点襲撃から数時間、アンノウンの大群の半数を撃破したところで、群れは後退し退散した。
 被害は拠点の約65%が半壊、もしくは全壊した。死者数はこの世界では数えるだけ無駄で、捜索も行われない。その為、行方不明者=死亡者として取り扱われる。
 これを聞いて酷いと思うかもしれないが……いや、それが今まで当たり前だと思っていたのに、何故酷いと思ったのだろう。最近、このような事が多い。もしかすると、あの爆発で助かったように見えて、頭の方はいかれちまってるのかもしれない。
 とにかく、被害はそれだけにとどまらず、アンノウンの唯一の対抗出来る武器〈戦艦〉もかなりのものだった。今回、なんとか乗りきれたものの、〈戦艦〉を作るには一年に2つの戦艦を用意するのがやっとだ。つまり、次のアンノウン襲撃までには間に合わず、戦力的に次こそはここも陥落してもおかしくなかった。
 第3拠点の住人の顔色には疲れた色合いが見られ、もういっそのこと楽になりたいと思っているのだろう。それこそ、何故あの襲撃で自分は生き残ってしまったのかと思う者もいるかもしれない。それでも人は、死ぬことを恐れ、生きようとあがらう。
 俺は全ての出来事を電子報告書に記載し、通信。拠点同士では長い距離、地中深くでケーブルにつながっており、プラグの差し込み口があればどこでも通信可能だった。
 報告書を俺達第1拠点上層部に連絡すると、直ぐに返信がきた。

『直ちに帰還せよ』

 短い一文のみで、分かりやすい指示だと思った。これは皮肉のつもりだ。上層部は、結果はどうあれ俺達が第3拠点救出した=第1拠点による救出としたいのだろう。まぁ、そうする事は前々から分かっていたが、たった一つの〈戦艦〉をよこしただけで恩を売ったことにする悪徳商法極まりないやり方には、俺自身何か言いたくなる。しかし、軍である以上指令は絶対だ。俺達が変なことを言う前にとっとと帰れということだろう。確かに、〈戦艦〉を今回ので一つ失った。それは、言わば半年分の軍事力の生産期間が失われたことであり、だからこそ上層部はそれを元に貸しを作ったことにするのだろう。
 なんともやりきれない、姑息なやり方だ。
 口には出さないが、そう思うのは当然だ。これも、あの爆発のせいかあまり気にしないようにしていたのに、今は物凄く黙っているのが難しい気がした。
「誰なんだ?」
俺をそう思わせる一人の女の子が頭の中でよぎる。しかし、その子の顔に見覚えはなかった。
「アイザ?」
「ん、ルビーか。今、上層部から返事がきて帰還しろとのことだ」
「もう返事がきたの!?」
「あぁ。これから俺は第3拠点本部と話をしてくる。帰還用トラックを借りない限り、帰れないからな。ルビーはその間、皆に帰還準備をするよう伝えてくれ」
「分かったわ」
そう言って、ルビーと一旦別れた俺はそのまま本部に向かった。
 因みに、本部内部は基本的にどの拠点も対して違いはない。そして、だいたい決まって最上階に、拠点の最高指揮官の部屋がある。第3拠点の最高指揮官(将軍)はセブンスターだ。俺はその部屋のドアの前まで行き、ノックをした。

コン、コン

「入れ」
「失礼します!」
ドアを開け、一礼してから中に入った。
 部屋の中は、他の部屋より広くその奥にセブンスターは座っていた。
「第1拠点から来た者だな」
制服を見て直ぐに分かったセブンスターは言った。
「はい」
「余分なことをしてくれたな」
「え?」
「知っているんだろ。お前の上が何を言ってきたのか」
あぁ、知っている。そして、こうなることも知っている。だから、救援に向かうかどうか迷ったのだ。しかし、俺はアンノウンを殺すことしか考えていない。俺の仲間も、家族や同士を奴等に奪われている。それに、拠点同士がどのような関係になろうと、同じ敵と戦っている兵士を見殺しには出来なかった。
「……まぁ、いい。第1拠点からは君らの帰還に協力要請もきている。君らの〈戦艦〉は大破したようだから、移動用にこちらの物を使うといい。しかし、我々は君らを送ったりはしない。当然、護衛もつけない。拠点の外はアンノウンの住みかも同然だが、君らの護衛に我々の兵士を失わせる訳にはいかない。だから、運よくアンノウンに遭遇しないことを祈ることだな」
襲いかかるアンノウンの群れの中を救援に向かい、少なくともあの状況を救った俺達にこんな言われは不服としか言いようがない。
 俺はいらだちを腹におさめながら、部屋を退出した。


ーーーーーー


 場所変わって第3拠点門跡地。跡地というのは、アンノウンの群れによって破壊されたからだ。今、復興作業にとりかかっており、仮として簡単なバリケードが一様設置されていた。その目の前には装甲車があった。装甲車と言っても新世代物で時速はかつてより速い。しかし、アンノウンから逃げきれるものではないが。
 すると、俺に気づいたアッシュがこちらに向かってきた。
「アイザ、俺達は装甲車でアンノウンの住みかを突っ切るのか?」
俺が戻って来るなりアッシュは苦情を言った。当然、理由ぐらい分かってるだろと言いたくなるが、そこはおさえた。
「そうだ。俺達が調査に行った時も〈戦艦〉はなかったろ」
「だけど、あの時と状況が違う。あれは、第1拠点周辺調査で、今回は第3拠点から第1拠点までかなりの距離がある。その中をアンノウンに遭遇しないで運よく行けると思うか?」
「やるしかないんだ。ここの将軍がそう言ってるんだ」
「何故!?俺達は救ったんだぞ。あの状況じゃ、ここは陥落していた」
「アッシュ、黙って従え」
「アイザ、それはないんじゃない」
「ルビー、このチームのリーダーは俺だ」
「そんなの、皆知ってるわ。ただ、言い方のことを言ってるの」
「じゃあ、何て言うんだ。こうなることも救援に向かう前から予測していただろ。今更ぐずぐず言う奴の話なんか聞いてられるか」
「はっ。ねぇ、リーダーなら仲間にも気を使ってよ」
「だから、気を使って言わないでいたんだろ。俺だってアッシュが言った通り思ったさ」
すると、アッシュはルビーとアイザ言い争いの間に入り、アイザに誤った。
「そうだよね、ごめん」
アッシュの顔を見て、俺は直ぐに我に返った。こんなはずではなかった。疲れているとはいえ、やはり俺なんかがチームのリーダー何てあり得なかった。コリンズはチームの仲間を失わせた責任で自らリーダーを降りて、俺に継がせた。しかし、やはり俺には向いていないんだ。
 そう言えば、こう思った事は前にもあった気がした。その時はどうしたんだっけ?
 あぁ、思い出せない。とにかく、俺はとっとと装甲車に乗り込んだ。
 運転はコリンズに任せ、残りのメンバーで地図を開き道のりを確認した。
「一番短い距離で行くとこの直線になるけど、地形的に道が悪い。道を考えるとこの線で行くことになるね」
雫は地図にない地形まで記憶しており、地図にマーカーペンで色分けをしながら線を引いて説明した。
「アンノウンが一番いそうな場所が分かる訳じゃないんだ。なら、道が悪くても短い距離で行こう。コリンズ、この道のりで頼む」
「了解」
コリンズはエンジンをかけると、アクセルを全開にして走らせた。



 拠点の外は相変わらず殺風景で、たまにアンノウンに破壊された時の古びたビルが時折見るくらいだった。
「六時の方向にアンノウン!」
おいおい、早速アンノウンに遭遇か。俺はいよいよ最後かと思ったが、窓の外を監視していたエラが最初に見つけ、皆に知らせたが、それにはまだ続きがあった。
「でも、こちらには気づいてないみたい。そのまま通りすぎれると思う」
それを聞いて、皆の緊張が一気に解けた。当然だ。こちらにはアンノウンに対抗出来る武器がないのだから、見つかればこちらは終わってしまう。
「ねぇ、道のりをもう一度見直したら」
心配になったルビーはそう言ったが、俺は断った。
「このまま行く」
そうはっきり言うと、それ以上はルビーは何も言わなかった。ルビーも迷っているのだ。道を変えてもし、そこでアンノウンに遭遇してしまったらと。おそらく、こんなこと言わなければと責任を感じてしまうのだろう。だから、いいんだ。道は変えない。俺が言い出した。それで遭遇したなら悪運に恨むか、俺を憎むか好きにすればいい。
 そんなことを思っていると、車体が一瞬浮いた。
「きゃっ!」
「道が悪いからか?」
すると、コリンズは「いや、違うと思う」と言った。どうやら、俺が死亡フラグのようなことを頭の中で考えたら本当にそうなっちまったらしい。わりぃ。
 車体は再び浮かび、そのまま上に上がっていった。まぁ、車が飛ぶ訳じゃない。窓からはアンノウンの触手が見える。
「アンノウンに捕まった!?でも、どこから?」
「地面からだ!」
コリンズが叫んだ。
 地面に潜るアンノウンなんて初めて聞いた。
「新種か!?」
「しかもデカイぞ」
「大型アンノウン!?」
緑色の巨大なアンノウンは地中から姿を表すと、俺達を乗せた車を地面に叩きつけた。
 凄い衝撃を受け、一瞬気を失いそうになった。いや、普通なるんだろうな。車体は装甲なのに、意図も簡単に変形していた。そして、周りを見渡してみても皆頭を打ち付け意識がなかった。
「あぁ、俺は何て運がないんだ」
どうせ、このあとアンノウンに補食されるなら皆のように意識を失っていれば、多少は楽なんだろう。殺されたことも気づかれずに死ねるのだ。
「そう言えば……結局あの子の名前、思い出せなかったな」
 アンノウンは再び装甲車を持ち上げると、巨体から大きな口があらわれ、その奈落の底へと突き落とした。
しおりを挟む

処理中です...