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第3話 ワーキャット

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 中学生くらいの女の子に見えた。
 小柄で細身、そして全裸。
 真っ白な肌に黒い髪。
 そんな女の子が池の中で溺れているのだ。
 あまりに突然のことで俺も一瞬とまどったが、とりあえずその子に向かって叫ぶ。

「おい、落ち着け、ここはそんなに深くないぞ、足がつくぞ」

 だけどさ、溺れている人って完全にパニック状態になっているから腰くらいの水深でも普通に立ち上がれないこともあるんだよな。
 ばっしゃばっしゃと手足をばたつかせる女の子、溺れている人に近づくのは危ないんだけどしょうがない、、俺はその子に近づいて行って手を伸ばした。
 俺の手に必死にしがみつく女の子。
 よく見ると、ショートカットの黒髪から、やっぱり黒い毛でおおわれた猫耳が飛び出してピョコピョコしている。

「ふぎゃああああっ」

 女の子は俺の身体に腕を回して力の限り抱き着いてくる、すげえ必死だな、服の上からでも爪が食い込んで痛い。

「ふにゃ、ふにゃ、……はぁはぁ……あれ、足がつく……」

 ようやく気が付いたみたいだ。
 とはいってもこの子は小柄だから、俺なら腰のあたりの水深でもこの子は胸の下くらいまでは水に浸かっている。
 裸だから、ちょうど桜色のかわいらしい突起がぎりぎり見えるくらい。
 いやまずいまずい、ぱっと見この子、どう見ても成人してないぞ。かなりちんまりとしたお胸をしているし。
 こんな少女の裸なんて、見るだけで犯罪じゃないか?
 視線をどこにやればいいんだ……?

「はぁ、はぁ、はぁ、助かった……死んだかと思ったにゃですよ……にゃにゃ?」

 女の子が俺の顔を見上げてきた。
 目が合った。
 緑がかった金色の中に黒く輝く大きな瞳。
 彼女は俺にしがみついたままで俺の顔をじっと見つめている。
 夕日に照らされたその顔は、あまりにも神秘的でかわいらしくて……。

「にゃ……。あなたが、助けてくれたのですね……?」
「お、おう……。とりあえず、岸に上がるぞ……」

 まあ正確には俺がカラスに石をぶつけたせいでこの子が――え、あの猫ってこの子だよな? とにかく溺れかけたのは俺のせいも結構ある気もするけど、助けたっていうのも嘘ではない、はずだ。
 俺は女の子の手をとって岸の方へと池の中をじゃばじゃばと歩いていく。
 そして。
 なんとか、池の中から岸に這いあがった。
 女の子は何も身に着けていない素っ裸。
 西に沈み行く太陽のまぶしい光を逆光に受けて、少女のあまりにも完璧なシルエットが浮かび上がった。

「にゃにゃあ……」

 後光ごこうがさしているみたいで神々しくもあった。
 人間の形をしているのにどこかネコ科特有のしなやかさを感じさせるプロポーション。
 やんわりと成長しかけの胸、きゅっとくびれて締まった細い腰、そこから躍動感にあふれる完璧な曲線がハリのあるこぶりなお尻に続いていく。
 そのお尻からは黒くて長いしっぽが生えていて、ぴょこぴょこと動いている。
 なんだこいつ、あまりにも……美少女すぎるだろ。
 その子が裸なのも忘れて見とれてしまう俺。
 
「うにゃあ……。助かりました……お礼を……」

 言いかけて少女はその場に膝から崩れ落ちるように倒れた。

「お、おい、大丈夫か!?」

 俺が声をかけるのとほぼ同時に、彼女はパフッ、という音ともに再び黒い子猫の姿に戻った。
 こいつは……。
 こういう奴と、以前ダンジョン内で戦ったことがある。
 あの時はオスだったけど。
 間違いない、こいつは人型をした猫のモンスター、ワーキャットだ……。

 だけど、なぜ地上に……?
 そもそも、モンスターがダンジョン外に出てくることなんてほとんどないのに……。
 俺は草むらの上で気絶(?)している小さな猫を前に少し逡巡した。
 地上に出てきたモンスターなんて基本的には討伐対象だ。
 縛って役所に提出すれば数百円から数千円の報酬はもらえるだろう。
 でも……。
 こいつ、今確かにしゃべったぞ……?
 モンスターとコミュニケーションとれるだなんてかなり珍しいことだ。
 俺はそっと子猫を両手で持ち上げる。
 俺の手の平の上で水に濡れブルブルと震えている黒猫。
 
 役所に差し出せば殺処分になるはずだ。

 殺す……。
 殺す?
 さっきの少女姿を思い浮かべた。
 この子を殺処分?
 いやだって俺に向かって『助けてくれたのですね』って……。
 気が付いた時には、俺はこの猫をタオルにくるんで自分の中古の軽自動車に乗せていた。
 おい、まじかよ、モンスターを許可なくダンジョン外で飼うのはよくないことだぞ……。
 厚生労働省の通達でモンスターの飼育の許可には市町村による厳重な審査が必要ということになっている。
 過去に事件事故が起こったこともあり、そもそもモンスターの飼育、つまりテイムは違法にしようということで今国会審議中だ、今この瞬間は違法じゃないけど。
 俺はいまだ撮影中になっている自分のスマホを見た。ずっと握りしめていたのだ。
 どうする、こんなんでバズるか……? いや逆にモンスターを保護したなんて世間にばれたら炎上するか……?
 だけどなんか言葉をしゃべっていたしな。
 俺の勘違い……じゃないはずだけど、少しだけ……少しだけ様子をみてみよう、と思ったのだ。
 俺はボロボロの軽自動車を走らせてボロボロの自分の家へと向かった。
 結果として、これが俺の人生を――。
 いや、世界の運命を変える出来事になったのだった。
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