上 下
14 / 44

第14話 猫吸い

しおりを挟む
 俺はもうろうとした意識の中で、言われた通り大きく息を吸った。
 鼻先にくっつけられたミャロのおなか。

「あ、もうパワーが……消耗して……」

 とミャロが言ったかと思うと、ミャロはポムッ! という小さな音とともに黒い子猫へと戻った。
 つまり今俺がどういう体勢にいるかというと、畳の上に倒れていて全身血まみれ、頭蓋骨は解放骨折。その俺の顔に子猫がはりついているのだ。

 なにかの冗談か、これ?
 しかし、冗談ではない証拠に、俺の全身は撃たれた痛みでジンジンとしびれ、あ、もうだめだ……最後にひと呼吸を……。

 すーーー。

 息を吸う。
 猫特有の、甘い臭い。
 ミャロのおなかは、あたたかった。
 体温がじわーっと伝わってくる。
 ぽかぽかして、あったかい。
 くんくん。
 匂いを嗅ぐ。
 その甘い香りは俺の心をいやしていく。
 獣臭くはない。
 っていうか臭くないな、ちゃんとシャワーあびさせたからかな。
 なんていうか、ぽかぽかのおひさま、あったかくて甘いミルク、そしておんなのこ。
 それらが混じりあった、とても安心感のある香りだった。

 くんくん。

 気持ちがいい。
 全身から痛みが消えていく感じ。
 それどころか、全身に力がみなぎっていく感じ。
 あ、俺これを知っているぞ。

 ダンジョンの中。
 ダンジョン内の空気をしばらく吸っていると、こんな感じで全身に力が満ちて、そしてスキルが使えるようになるのだ。

 くんくんくん。

 そっか、これがミャロの、あの女の子の匂いかー。

 くんくんくん。

 猫の匂い、女の子の匂い。
 いつまでもこのままでいたい。
 いい匂い、あったかい、幸せ、このまま死んじゃってもいい……。

 くんくんくん。

 ん?
 なんか、でも……。
 ほんとに、おかしい。
 ここは地上なのに。
 身体が魔法力に満ちてきている。なんだこれ? 魔法を使えるような気までしてきた。
 ダンジョン内でなければ決して使えない魔法。
 地上でつかえるわけがない。
 でも……。

「にゃが!」

 パッとミャロが俺の顔から離れた。
 そして、

「ミャオミャオミャオ! にゃにゃにゃ! ミャーオ!」

 なにかを俺に話しかけているみたいだが、理解できない。
 おいおい、人間の姿にもどってから喋ってくれよ……。
 もうしょうがないなあ。
 あれ、頭が痛いな。
 うーん、もう意識を失いそう。
 やばいやばい、さようなら。
 あれ、ここどこだっけ、ダンジョンの地下何階だ?
 モンスターにやられたんだっけ、ほかのメンバーはどうなった?
 多香子は無事か?
 西村は死んでいてくれるとむしろ嬉しい、いやでもあんなんでも俺らのリーダーだからな……。
 ほかのみんなは……?
 いや俺も死ぬなこれ。
 でも最後にダメ元でさ治癒魔法かけとくか……。

「慈愛の女神の心の星よ、星の光で傷をふさげ、痛みを飛ばせ! 治癒ヒール!!」

 そのとき、奇跡が起きたのだった。
 ダンジョン内でしか使えないと言われた特殊なスキル、俺はそれを地上でついに再現してみせた、最初の人類になったのだ。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

気付かれた教師は本性を剥き出しにされる

BL / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:5

様々なニーズに応えたい僕の性事情

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:149pt お気に入り:116

追放された付与術士、別の職業に就く

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:290

元アラサー転生令嬢と拗らせた貴公子たち

恋愛 / 完結 24h.ポイント:276pt お気に入り:1,692

風紀委員長は××が苦手

BL / 連載中 24h.ポイント:134pt お気に入り:218

ジャバ・◯・ハットを世話する男の徒然エッセイ

エッセイ・ノンフィクション / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

処理中です...