1 / 30
誕生日の朝は
1
しおりを挟む
STORY.1 誕生日の朝は 1
雨が降った翌日は快晴と世の中では決まっているのだろうか。
視界いっぱいに青々と広がる空を見て、わたしは目を細めた。
初夏の空気は葉に浮かぶ水滴を美しくきらめかせ、ゆらゆらと揺れる水溜まりは明るい町を映し出す。
まさに爽やか、そんな一言でくくれる朝のこと。わたし――佐藤美緒は18歳の誕生日を迎える。
* * *
「美緒ー!」
後ろから聞こえてきた声にわたしは身を翻した。玄関前で待つこと約5分。奴は今日も遅刻をする。
「わりい、ちょっと遅れた」
自転車にまたがり、顔の前でぱんっと両手を合わせるこの男。小学校からの腐れ縁であり現在もクラスメイトであり続ける成瀬隆太郎だ。
「また遅刻ー? もーしっかりしてよね」
「いーだろ、まだ時間余裕なんだから。今時1時間前登校するやつなんかいねーって」
「早く行ってるのは隆太郎のためでしょ! 宿題やってこないんだから!」
「へーへーそれは悪うございますねえ」
この隆太郎のすました顔。これには本気でむかつく。
わたしは無言のまま手に持っていた鞄を思い切り振り上げた。
「いってー!」
ばこん! というものすごい音がして、そのあとすぐ悲痛すぎる悲鳴が上がる。
顔面を抱える隆太郎にわたしは鼻をふんっとならすと、痛がる彼を無視して自転車の籠の中に鞄を放りこんだ。
「お前なあ、それぜってー辞書入ってるだろ辞書! ざけんなよー。って美緒! 聞いてんのか!」
いつもの定位置。自転車の後ろに腰をかけ、わたしは隆太郎の背中をばしばしたたく。隆太郎が騒がしいのはいつものことなのでこんなこともしょっちゅうだ。いちいち反応なんてしていられない。
わたしは隆太郎の腰をぎゅっと掴むと、さっきの出来事ですっかり晴れた気分を全面に押し出した口調で口を開いた。
「しゅっぱーつ」
ぎろっと、隆太郎がわたしを睨み付けてくる。自分だけがものすごく痛い思いをしたのが気に入らないんだろう。
うーん気分は最高にいい。目も覚めるような晴天に、すがすがしい朝の風。自然と笑みがこぼれてくる。
「ったく……」
にこにこと笑っているわたしを見て、隆太郎は呆れたように息をついた。そして仕返しといわんばかりにわたしの髪をぐしゃぐしゃにかき混ぜてくる。
「じゃ、行くぞ。ちゃんと掴まってろよ」
「ちょっ、何すんのよ! 今日髪頑張ったのに!」
「っるせ。辞書よりましだろ」
「んなもの入ってない! ……うひゃっ」
がくん、と小さな段を下りる振動が身体に伝わった。
突然の出発に驚いたわたしは妙な叫び声を上げてしまい、反射的にぎゅっと隆太郎の腰にしがみつく。ゆっくりと動き出した自転車はすぐにスピードを上げ、風を切るように走り出した。
「ちょっと! 何か言ってから出発してよ」
「はあ? 俺はちゃんと言いましたけど?」
何が楽しいのか、けらけらと笑いながらペダルを漕ぐ隆太郎は前方を見据えたままそんな屁理屈を口にする。その言い分に一瞬むかっときたけれど、反論するのも何だかしゃくに障ってわたしは口をつぐんだ。
「あれー? 美緒さん、反論できなくなっちゃったのかしら?」
からかうときの癖というのか。
いつものごとく隆太郎のおかま言葉がでてきて、わたしは眉を寄せた。
「う、やめてよ、そのしゃべり方。って隆太郎、学校はそっちじゃなーい!」
「近道だよ! 美緒は黙って乗ってればいーの!」
隆太郎はそう叫んだかと思うと、ぐっと急なカーブを右に曲がっていつもとは違う道に入り込む。
ま、まさか。
周りの景色を見てわたしは冷や汗を流した。
この先は、わたしの知っている限り……。
「ちょ、隆太郎、ストーップ! 止まれー!」
「無理! お前のせいで遅くなったんだからこっちの道で行くぞ」
「な、どうしてわたしのせいなのよ! 隆太郎のせいでしょ隆太郎の!」
「オーノー。アイムソーリー。ワタシニホンゴワカリマセーン」
今度は左に大きくカーブ。身体を右に傾けてそれをやり過ごすとわたしはもう二の句を告げなくなった。
この先待っているのは長い長い坂道。
怖い。怖すぎる。かなり前に一回通ったことがあるけれど、あまりのスピードに本気で死ぬかと思ったのだ。
「速度! 速度もうちょっと落としてよっ」
「俺を信じろ」
「無理ー!」
「あはは」
『あはは』ってなんだ『あはは』って!
「ちょっと! ほんとーにわたしは怖いの!」
「だーいじょうぶだって。死ぬときは一緒だ」
「隆太郎と心中なんてやだー!」
ああもう泣きたい。本当に泣きたい。
でも。
『死ぬときは一緒だ』、なんて、隆太郎の言葉に一瞬嬉しいなんて思ってしまったわたしって馬鹿?
雨が降った翌日は快晴と世の中では決まっているのだろうか。
視界いっぱいに青々と広がる空を見て、わたしは目を細めた。
初夏の空気は葉に浮かぶ水滴を美しくきらめかせ、ゆらゆらと揺れる水溜まりは明るい町を映し出す。
まさに爽やか、そんな一言でくくれる朝のこと。わたし――佐藤美緒は18歳の誕生日を迎える。
* * *
「美緒ー!」
後ろから聞こえてきた声にわたしは身を翻した。玄関前で待つこと約5分。奴は今日も遅刻をする。
「わりい、ちょっと遅れた」
自転車にまたがり、顔の前でぱんっと両手を合わせるこの男。小学校からの腐れ縁であり現在もクラスメイトであり続ける成瀬隆太郎だ。
「また遅刻ー? もーしっかりしてよね」
「いーだろ、まだ時間余裕なんだから。今時1時間前登校するやつなんかいねーって」
「早く行ってるのは隆太郎のためでしょ! 宿題やってこないんだから!」
「へーへーそれは悪うございますねえ」
この隆太郎のすました顔。これには本気でむかつく。
わたしは無言のまま手に持っていた鞄を思い切り振り上げた。
「いってー!」
ばこん! というものすごい音がして、そのあとすぐ悲痛すぎる悲鳴が上がる。
顔面を抱える隆太郎にわたしは鼻をふんっとならすと、痛がる彼を無視して自転車の籠の中に鞄を放りこんだ。
「お前なあ、それぜってー辞書入ってるだろ辞書! ざけんなよー。って美緒! 聞いてんのか!」
いつもの定位置。自転車の後ろに腰をかけ、わたしは隆太郎の背中をばしばしたたく。隆太郎が騒がしいのはいつものことなのでこんなこともしょっちゅうだ。いちいち反応なんてしていられない。
わたしは隆太郎の腰をぎゅっと掴むと、さっきの出来事ですっかり晴れた気分を全面に押し出した口調で口を開いた。
「しゅっぱーつ」
ぎろっと、隆太郎がわたしを睨み付けてくる。自分だけがものすごく痛い思いをしたのが気に入らないんだろう。
うーん気分は最高にいい。目も覚めるような晴天に、すがすがしい朝の風。自然と笑みがこぼれてくる。
「ったく……」
にこにこと笑っているわたしを見て、隆太郎は呆れたように息をついた。そして仕返しといわんばかりにわたしの髪をぐしゃぐしゃにかき混ぜてくる。
「じゃ、行くぞ。ちゃんと掴まってろよ」
「ちょっ、何すんのよ! 今日髪頑張ったのに!」
「っるせ。辞書よりましだろ」
「んなもの入ってない! ……うひゃっ」
がくん、と小さな段を下りる振動が身体に伝わった。
突然の出発に驚いたわたしは妙な叫び声を上げてしまい、反射的にぎゅっと隆太郎の腰にしがみつく。ゆっくりと動き出した自転車はすぐにスピードを上げ、風を切るように走り出した。
「ちょっと! 何か言ってから出発してよ」
「はあ? 俺はちゃんと言いましたけど?」
何が楽しいのか、けらけらと笑いながらペダルを漕ぐ隆太郎は前方を見据えたままそんな屁理屈を口にする。その言い分に一瞬むかっときたけれど、反論するのも何だかしゃくに障ってわたしは口をつぐんだ。
「あれー? 美緒さん、反論できなくなっちゃったのかしら?」
からかうときの癖というのか。
いつものごとく隆太郎のおかま言葉がでてきて、わたしは眉を寄せた。
「う、やめてよ、そのしゃべり方。って隆太郎、学校はそっちじゃなーい!」
「近道だよ! 美緒は黙って乗ってればいーの!」
隆太郎はそう叫んだかと思うと、ぐっと急なカーブを右に曲がっていつもとは違う道に入り込む。
ま、まさか。
周りの景色を見てわたしは冷や汗を流した。
この先は、わたしの知っている限り……。
「ちょ、隆太郎、ストーップ! 止まれー!」
「無理! お前のせいで遅くなったんだからこっちの道で行くぞ」
「な、どうしてわたしのせいなのよ! 隆太郎のせいでしょ隆太郎の!」
「オーノー。アイムソーリー。ワタシニホンゴワカリマセーン」
今度は左に大きくカーブ。身体を右に傾けてそれをやり過ごすとわたしはもう二の句を告げなくなった。
この先待っているのは長い長い坂道。
怖い。怖すぎる。かなり前に一回通ったことがあるけれど、あまりのスピードに本気で死ぬかと思ったのだ。
「速度! 速度もうちょっと落としてよっ」
「俺を信じろ」
「無理ー!」
「あはは」
『あはは』ってなんだ『あはは』って!
「ちょっと! ほんとーにわたしは怖いの!」
「だーいじょうぶだって。死ぬときは一緒だ」
「隆太郎と心中なんてやだー!」
ああもう泣きたい。本当に泣きたい。
でも。
『死ぬときは一緒だ』、なんて、隆太郎の言葉に一瞬嬉しいなんて思ってしまったわたしって馬鹿?
0
あなたにおすすめの小説
結婚相手は、初恋相手~一途な恋の手ほどき~
馬村 はくあ
ライト文芸
「久しぶりだね、ちとせちゃん」
入社した会社の社長に
息子と結婚するように言われて
「ま、なぶくん……」
指示された家で出迎えてくれたのは
ずっとずっと好きだった初恋相手だった。
◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌
ちょっぴり照れ屋な新人保険師
鈴野 ちとせ -Chitose Suzuno-
×
俺様なイケメン副社長
遊佐 学 -Manabu Yusa-
◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌
「これからよろくね、ちとせ」
ずっと人生を諦めてたちとせにとって
これは好きな人と幸せになれる
大大大チャンス到来!
「結婚したい人ができたら、いつでも離婚してあげるから」
この先には幸せな未来しかないと思っていたのに。
「感謝してるよ、ちとせのおかげで俺の将来も安泰だ」
自分の立場しか考えてなくて
いつだってそこに愛はないんだと
覚悟して臨んだ結婚生活
「お前の頭にあいつがいるのが、ムカつく」
「あいつと仲良くするのはやめろ」
「違わねぇんだよ。俺のことだけ見てろよ」
好きじゃないって言うくせに
いつだって、強引で、惑わせてくる。
「かわいい、ちとせ」
溺れる日はすぐそこかもしれない
◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌
俺様なイケメン副社長と
そんな彼がずっとすきなウブな女の子
愛が本物になる日は……
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
罪悪と愛情
暦海
恋愛
地元の家電メーカー・天の香具山に勤務する20代後半の男性・古城真織は幼い頃に両親を亡くし、それ以降は父方の祖父母に預けられ日々を過ごしてきた。
だけど、祖父母は両親の残した遺産を目当てに真織を引き取ったに過ぎず、真織のことは最低限の衣食を与えるだけでそれ以外は基本的に放置。祖父母が自身を疎ましく思っていることを知っていた真織は、高校卒業と共に就職し祖父母の元を離れる。業務上などの必要なやり取り以外では基本的に人と関わらないので友人のような存在もいない真織だったが、どうしてかそんな彼に積極的に接する後輩が一人。その後輩とは、頗る優秀かつ息を呑むほどの美少女である降宮蒔乃で――
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
ホウセンカ
えむら若奈
恋愛
☆面倒な女×クセ強男の不器用で真っ直ぐな純愛ラブストーリー!
誰もが振り返る美しい容姿を持つ姫野 愛茉(ひめの えま)は、常に“本当の自分”を隠して生きていた。
そして“理想の自分”を“本当の自分”にするため地元を離れた大学に進学し、初めて参加した合コンで浅尾 桔平(あさお きっぺい)と出会う。
目つきが鋭くぶっきらぼうではあるものの、不思議な魅力を持つ桔平に惹かれていく愛茉。桔平も愛茉を気に入り2人は急接近するが、愛茉は常に「嫌われるのでは」と不安を抱えていた。
「明確な理由がないと、不安?」
桔平の言葉のひとつひとつに揺さぶられる愛茉が、不安を払拭するために取った行動とは――
※本作品はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。
※イラストは自作です。転載禁止。
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
幼馴染みとアオハル恋事情
有村千代
BL
日比谷千佳、十七歳――高校二年生にして初めて迎えた春は、あっけなく終わりを告げるのだった…。
「他に気になる人ができたから」と、せっかくできた彼女に一週間でフられてしまった千佳。その恋敵が幼馴染み・瀬川明だと聞き、千佳は告白現場を目撃することに。
明はあっさりと告白を断るも、どうやら想い人がいるらしい。相手が誰なのか無性に気になって詰め寄れば、「お前が好きだって言ったらどうする?」と返されて!?
思わずどぎまぎする千佳だったが、冗談だと明かされた途端にショックを受けてしまう。しかし気づいてしまった――明のことが好きなのだと。そして、すでに失恋しているのだと…。
アオハル、そして「性」春!? 両片思いの幼馴染みが織りなす、じれじれ甘々王道ラブ!
【一途なクールモテ男×天真爛漫な平凡男子(幼馴染み/高校生)】
※『★』マークがついている章は性的な描写が含まれています
※全70回程度(本編9話+番外編2話)、毎日更新予定
※作者Twitter【https://twitter.com/tiyo_arimura_】
※マシュマロ【https://bit.ly/3QSv9o7】
※掲載箇所【エブリスタ/アルファポリス/ムーンライトノベルズ/BLove/fujossy/pixiv/pictBLand】
□ショートストーリー
https://privatter.net/p/9716586
□イラスト&漫画
https://poipiku.com/401008/">https://poipiku.com/401008/
⇒いずれも不定期に更新していきます
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる