真理の声

nameless_mic

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1章

静かな仕事、静かな繋がり

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午後2時半。
真理はいつものスーパーのバックヤードで、エプロンを締め直していた。
週に3回、午後からの短時間勤務。
任されているのは、加工食品と冷蔵品の品出し。

売り場に出ると、すぐに顔見知りの同僚が視界に入る。

真理:「こんにちは」

黒川:「あ、こんにちは。今日、めっちゃ白菜安かったですよ」

真理:「ほんとですか?……鍋の季節ですね」

黒川さんは真理より少し若く見えるが、落ち着いた雰囲気で、口数も控えめ。

黒川:「ひとり鍋すると、だいたい余るんだけどね」

真理:「わかります……うちは翌日もずっと同じ味になります」

そんな他愛のない会話を交わしながら、互いにカートを押して持ち場へ向かう。

冷蔵棚のヨーグルトを補充しながら、真理はふと目線を横にやる。

(……黙って働けるこの感じ、嫌いじゃないな)


店内のBGMは控えめで、客足も落ち着いている。
商品を棚に並べる音と、遠くで誰かが話す声。それだけが空間を埋めていた。

自分のペースで作業できる。何も考えずに手だけを動かせる時間。
声を使わなくていい場所なのに、今の真理にはその“静けさ”がちょうどよかった。


午後4時すぎ、15分の小休憩。
バックヤードに戻ると、黒川さんが自販機の前で缶コーヒーを2本手にしていた。

黒川:「1本余ったので、どうぞ」

真理:「ありがとうございます」

手渡された缶コーヒーは無糖の微炭酸。
プルタブを開ける音が、室内に静かに響いた。

黒川:「早川さんって、話すときトゲがないですよね」

真理:「え?」

黒川:「いや、なんか……声に角がないというか。落ち着いてて、うらやましいです」

真理:「……昔、電話の仕事してたからですかね」

あまり語りたくない過去を、あえて浅く流すように言う。

黒川:「そうなんですね。なんか、納得しちゃいました」

黒川さんはそれ以上は聞かず、ふっと微笑んで缶を軽く掲げた。

黒川:「じゃ、また次の休憩で」

缶を持って、黒川さんは先に部屋を出た。
その背中を見送りながら、真理はもう一口コーヒーを飲んだ。
苦味が舌に残っている間だけ、少しだけ気が紛れる。

“声”のことを褒められるのは、素直にうれしかった。
たとえ、それが本当の“自分の声”じゃなくても。
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