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第一章 世界創造編

14.はじめての戦争

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レカエルの神殿が完成してから数日後。

 頂上の神殿以外は未だになにもない。今度は山全体を整えていくことになった。

「岩や巨石をごろごろ転がしておけばよいのではないですか?」

 レカエルの山のイメージは裸の山肌に切り立った崖、巨大な岩といった不毛な場所らしい。

「せっかくだから火山にしようよ火山! いっつも煙がモクモクでさ、たまに派手に火を噴き上げる感じで」
「だめです」
 
 ツツミは提案したが、すでに神殿を創ってしまったレカエルに却下された。

「むー。エウラシアは?」

 エウラシアは少し考えてから言う。

「……創らなきゃ。いけないなら。森が。いい」

 木々が生い茂る深い森を創りたいそうだ。

 ツツミも想像してみる。鬱蒼とした森。いかにも獣が住んでいそうな森。勇者はモンスターを倒し、奥に進むとそこには古い遺跡が……。これはいい。

「森にしよう」

 こうして天界の森づくりが始まった。三人それぞれで、植物を創り植えていくことになる。

 エウラシアはのんびりとしたペースで、なにやら色とりどりの花を創っていた。

「んー。うん。……あー」

 一つ創るとしげしげと眺め、ポイッとその辺に投げる。

 ……なんだか作品を作っては割り、作っては割りを続ける陶芸家のようにも見える。もしかしたら納得がいっていないのかもしれない。

 とはいえ、投げられた花は地面に根付いていった。エウラシアの周りにお花畑が広がっている。

 一方ツツミが創りたいものは決まっていた。念じて地面に手をつける。

「それっ」

 にょきにょきと伸びてきたのは大きな木だった。幹は太く、枝ぶりも立派だ。葉は細く枝分かれしている。

「できた。ふふん、これを『ヤクスギ』と名付けよう」
「ヤクスギ? つまりこれは杉ですか?」
「うん!」

 どうだいいだろう、といった風に得意げなツツミ。しかしレカエルは鼻で笑った。

「この程度で杉を名乗るとは……おこがましいですよ、ツツミ」

 レカエルもまた同じように木を創り出す。できたそれはツツミのヤクスギより少し大きかった。

「杉とはこういうものです。そうですね……『レバノンスギ』と命名しましょう」

 針のような葉が密集している。もしかしたら分類的には松なのかもしれない。

 何より特筆すべきは香りだった。どんな木も香りがあるものだが、レバノンスギはそれがとても強い。それでいて決して不快ではなく、むしろ高貴さを感じる。

 香水の原材料とかにもなるのではないだろうか。

「元世界で、主の神殿を建てるときにも使われたものです。杉ならばこちらが天界にふさわしいでしょう」
「ぐぬぬ……。ヤクスギはすごいんだよ。人間たちだって価値を認める『世界遺産』なんだから!」

 反論するツツミに対し、レカエルは余裕を崩さない。

「人間がどう価値を認めるかは些細な問題ですが……。レバノンスギもまた、『世界遺産』なのです」

 バチバチと視線を戦わせるツツミとエウラシア。杉戦争が始まった。次々と木を創り出しながら競い合う。

「ほら見てこの太さ。手を繋いで幹を囲むのに十人は必要だね」
「ならこちらは高さで勝負です。見上げてごらんなさい、首が折れるほどに」
「葉を手触りよくしてみたよ。すごい、絹みたい。このまま服にできそう!」
「こちらの葉は硬くしてみました。武器にもなりそうですね!」
「次の一本はカラーで勝負! 行け、ベニマダラモンシロアオヤクスギ!」
「なんの、ゴールデンメタリックホワイトシルバーレバノンスギ!」

 妙な方向に走りだす二人。

「戦争は数です。産み増えなさい、レバノンスギ!」

 レカエルが創った新しいレバノンスギ。意識を持っているらしく、枝をみょんみょんと動かしている。

 その枝から、次々に小さいレバノンスギの若木が産まれだした。膝くらいの高さだろうか。

 産まれたレバノンスギたちは根を器用に動かして走り出した。次々と適当な場所を見つけ、土を掘って自生していく。

「こちらも負けるなヤクスギ!」

 ツツミも同様に母となるヤクスギを生み出した。こちらは幹の部分に目と口のような穴が三つ空いている。口から吐き出すように子供たちを産み始めた。

「この山の覇権をとるのは」
「私の杉です!!」



 数日後。少しなだらかな平地となった場所に二つの軍勢が集結していた。ヤクスギ軍とレバノンスギ軍。それぞれ数千の規模である。

 激化をたどる杉戦争。戦いのうちに、ツツミとレカエルは杉により高度な自意識を与えていた。

 言葉こそ発さないものの、まるで人間のように動き回る杉たち。やがてヤクスギ、レバノンスギ共に相手を邪魔し、倒すようになる。

 その中で突出した強さの杉が、それぞれリーダーとして選ばれたらしい。リーダーは集団を組織し、より効率的に自生地を広げようとする。

 いくつもの争いがあった。そしてついに、天下分け目の戦いがここで始まることとなったのである。

「いよいよ決戦だね、レカエル!」
「決着をつけましょう、ツツミ!」

 各軍の後ろに陣取ったツツミとレカエル。

「今回私たち自身は手出し無用です。木々たちの神聖なる戦いに任せましょう」
「オッケー。さあかかれ、ヤクスギ軍!」
「行きなさいレバノンスギ軍!」

 まず進軍を始めたのはレバノンスギ軍だった。隊列を組んでヤクスギ軍の中心部分に突撃していく。

 間合いが詰まると、レバノンスギたちは自分の葉を相手に飛ばし始めた。恐らく分類的には松にあたるレバノンスギ。葉は針のように細く、鋭い。

 攻撃によってハリネズミの様になっていくヤクスギたち。陣の中心部分が押されはじめ、後退していく。

「いい調子です、レバノンスギ!」

 優勢に色めき立つレカエル。しかしツツミは慌てない。

「まだまだ甘いねレカエル。ヤクスギたちは策士だよ」

 されるがままのように見えたヤクスギ軍。しかし軍の両端の部隊が、レバノンスギ軍を囲むように展開していく。

 やがて包囲する形となったヤクスギ軍。枝と葉をを揺らすと、レバノンスギ軍に向かって黄色い煙が漂い始めた。

 花粉攻撃である。どうやらこの花粉、レバノンスギには有害なようだ。煙に巻かれたレバノンスギが苦しむかのように震え、倒れていく。

 しかしレバノンスギたちも戦士だ。勇猛果敢に針を飛ばし、ヤクスギたちを倒していく。やがて包囲は持続できなくなり、両軍入り乱れての乱戦となった。

「神の敵を打ち倒すのです!」
「負けるなヤクスギ!」

 二人の応援にも熱が入る。すると、乱戦の中心に突然空間が開いた。杉たちが場所を開けるように円状に引いていく。

 そこにいたのは一際おおきな二本の木。リーダー、レバノンスギ王とヤクスギ王であった。

 対峙する二本。種類の違う木々同士でもコミュニケーションが取れるのだろう。枝を小刻みに揺らして会話しているようだ。

 やがてぴたっと止まり、にらみ合うかのように相対する。ヤクスギ王、レバノンスギ王は同時に走り出し、一騎打ちが始まった。



 と思った瞬間、レバノンスギ王はヤクスギ王の胸元(幹の部分)に飛び込んだ。枝を下ろし、しなだれかかる。

 ヤクスギ王は枝を広げ、レバノンスギ王を包み込むかのように枝を巻き付けた。されるがままのレバノンスギ王。

 戦っているようではない。枝を手であると考えるならこれは……。

「抱擁?」

 ツツミが言った。どうみても愛情表現にしか見えない。ヤクスギ王はレバノンスギ王を抱きかかえる。お姫様の様に。

「女の子だったのですね、レバノンスギ王……」

 性別があったのか。愕然とする二人をよそに、二本の王は周りの木々たちに向かって枝を振る。みるみるうちに戦いが収まった。

 王に倣うように、手(枝)をとりあい、震えるヤクスギとレバノンスギたち。戦争は、終わった。

「……レカエル、これが木々たちの出した結論みたいだよ」
「……ふんっ」

 鼻を鳴らすレカエルだが、それほど不満げにも見えない。完全に毒気を抜かれてしまったようだ。

 ツツミも同じく戦意を失っている。レカエルのもとに行き、照れたように笑った。

「引き分け、かな」
「仕方ありませんね」

 杉たちは王を祝う上に枝を伸ばし、左右に揺れている。

「木に、大事なことを教えられたね」
「どうだか……。まあ、ひとまずは私たちも祝福しましょう」

 二人はヤクスギ王、レバノンスギ王(女王)のもとに降りたつ。木々たちの動きが止まった。

「ヤクスギ!」
「レバノンスギ!」
「二つの種族に、大いなる繁栄が……」

 瞬間、ヤクスギ王が黄色い煙を二人にむけて放った。

「な、なにが……は、はっくしょん!」
「げほっ、目が、目が見えません!」

 混乱する二人。するとざわざわと周りが騒ぎ始め、杉たちがツツミとレカエルに襲い掛かり始めた。

「やめて、お願い杉たち!」
「痛いっ!針が、針が!」

 大勢の杉に針と花粉を浴びせられ、まとわりつく枝で身動きが取れなくなる。大きくてもせいぜい膝くらいの高さだが、数が多い。

「これは、反乱です!!」

 レカエルが焦ったように言った。戦いを招いた創造主への恨みは深いらしい。

「どうしましょう、ツツミ!」
「どうするっていったって……!」

 狐火で燃やし尽くしてしまおうか。聖槍で薙ぎ払ってしまおうか。

 できないことはないが、理不尽にも思える。少し罪悪感のようなものを二人は感じていた。

「でもこのままでは……」

 レカエルの言う通り、覚悟を決めるべきなのか。と、いきなり少し離れた場所から木が裂けるような大きい音がした。

 擬音にするなら『メリメリメリ』といったところか。最初に杉を創った辺りからである。木々の軍勢は一瞬動きを止めた。

 杉の群生地から、一際大きな木が伸びてくる。周りの杉をなぎ倒し、これでもかというくらい大きく、高くそびえたつ。

 杉ではない。しかしどこかで見たことがある木だった。色や葉の形に見覚えがある。しかしあれほど大きい木は……。いや、ツツミは確信した。

「エウラシアの木だ!!」

 エウラシアが元世界から持ち込んだ若木である。小さな植木鉢くらいの大きさだったそれが、巨大化していた。

 やがて木は成長を止め、動き出す。ズンッ、と腹に響くかのような足音だ(根だろうが)。

 そしてついにそれが戦場にやってきた。近くで見るとより大きさがわかる。最初にツツミとレカエルが創った杉の三倍くらいはあるだろうか。

 一本の太い枝には誰かが座っていた。

「助けに。来た」
「エウラシア!」

 エウラシアは座っていた枝をひと撫でする。巨木は止まり、大きな大きな体を揺らした。

 これだけ大きいと、葉の揺れる音も騒音レベルである。戦場にそれが響き渡ると、ヤクスギ王とレバノンスギ女王は膝まずくかのように幹を曲げた。

 周りの杉たちも平伏し始める。ツツミとレカエルをとらえていた杉たちも離れ、二人は自由になった。

 巨木からエウラシアが飛び降りた。幹を愛おしそうに撫でる。

「行って。いいよ」

 エウラシアの言葉に、巨木は来た時と同じように動き出す。ヤクスギ王、レバノンスギ女王がそれに続き、配下の杉たちも従った。

 去っていく木々たち。途中途中で一部が止まり、地に根を下ろしていく。

「もう。大丈夫。あの子が。まとめてくれる」

 無感情そうに言うエウラシア。呆然とする二人は、状況の変化に頭が追い付かない。

「と、とりあえずありがとうございます」
「いい」
「わ、私もありがとう。ところでエウラシア……あれ、何の木?」

 ツツミの問いに、エウラシアは微笑んだが答えなかった。

 こうして天界はヤクスギ、レバノンスギが生い茂る森となった。知性を持ち、必要となれば動くこともできる木々たち。彼らをまとめるのは謎の巨木である。

 
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