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第一章 世界創造編
20.レカエルのお嫁さん創り
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なかなか意見はまとまらなかった。三人の『いいお嫁さん』像に大きな隔たりがあったためである。
……決してエウラシアの『胸の大きい女性がいい』という意見にほかの二人が反発したからではない。重要な議題の一つではあったが。
ああでもない、こうでもない。時間ばかりが過ぎていった。
「これならばいっそ、いつものようにそれぞれで女の子を創ってみますか」
疲れ切ったように言うレカエル。普段ならそれでもいいのだ。
「でも今回は一人の人間のお嫁さんだよ?」
元世界で、現在の人間界のトレンドは一人の男が一人の女性を娶る一夫一妻制である。
「それぞれの女の子をあの人間に引き合わせましょう。あの者自身に選ばせればよいのです」
「なるほど。異世界ミスコングランプリだね」
投票者はたった一人だが。
「選ばれなかった者は、その主の眷属として遇すればよいでしょう」
地上で初のお嫁さんになるか、天界で初の眷属となるか。いずれにしても身の振り方はあるという考えだった。
「フェアに行きたいので、これはお分けします」
レカエルはあばら骨を三つに分かつ。一つをツツミに、もう一つをエウラシアに渡した。
「では、お互い良き伴侶を創りましょう」
レカエルは一人神殿に戻ると、神に祈りを捧げる。身を清め、寝台にあばら骨を置いて創造を始めた。
アトムを集め、あばら骨を通してあの人間の姿を思い浮かべる。寝台の上に人型の光がかたどられ、収束していく。
祈るように、願うように両手を前に組み、自分が創りたい存在を強く思い浮かべる。やがて、寝台には一人の女の子が横たわっていた。
年のころはあの人間と同じくらい。受け入れられやすいように、黒い髪、肌の色、瞳の色なども男とおそろいだ。服はレカエルの物と同じ、白いワンピースである。
ここまではすぐにできた。しかし寝台の彼女はピクリとも動かない。まだ生きてはいない、ただの人形である。これを生きるものにしなければならない。
「んっ……」
レカエルは横たわる彼女の顔に自分の顔を近づける。目を瞑り、唇を重ねた。
合わせられた唇から、レカエルは息を吹き込んでいく。同時に『魂』とでもいうべき存在が、レカエルから彼女に流れ込んでいった。
ただ物質としてあるだけではなく、一つの生命として、他の物とは違う存在としてここに在りますように。願いを込めながら接吻を続ける。
「……ぷはっ」
息苦しさを感じてレカエルは顔を上げた。彼女の唇からレカエルの唾液が糸のように伸びる。そっと手で拭ってあげた。
「……まだ足りませんね」
すぐに終わる仕事ではないらしい。レカエルは息を整えると、再び目を閉じた。
こうして何日が過ぎただろうか。何度目かわからない口づけをした瞬間、寝台の彼女の胸のあたりがドクンと鳴った。顔に生気がさしはじめる。
「主よ、新しい人の子に祝福を」
レカエルがそういうと、寝ている彼女の瞼が少し震えた。ゆっくりと目が開かれる。しばらく焦点のあっていなかった目は、やがてレカエルを捉えた。
「ああ、ああ、ああ!」
彼女は歓喜の声を上げ、寝台から立ち上がってレカエルに跪く。よく見ると涙すら流していた。
「私がわかりますか? 人の子よ」
レカエルの言葉に、彼女はそのままの体勢で答える。
「もちろんですわ! あなたは塵に過ぎなかったわたくしに命をくださった方です!」
「レカエルです。私の力ではありません。大いなる主の御業です」
「はい、レカエル様! 感謝いたしますわ! どうか主とレカエル様に永久に変わらぬ信仰を捧げることをお許しくださいませ!」
レカエルは満足そうに微笑む。初の人間創造は、思い通りに進んだらしい。
「許しましょう、人の子よ」
「ありがたく存じます。この身は髪の一本、血の一滴に至るまで主とレカエル様に捧げさせていただきます!」
再び泣き出す彼女。レカエルはご満悦だ。彼女こそは、理想的な人間の在り方である。
「では、あなたに名前を与えましょう。あなたは『イヴ』と名乗りなさい」
「かしこまりました。わたくしはイヴ。レカエル様の忠実な下僕ですわ」
「……私の、というよりは主の僕ですよ」
「ええ、ええ、もちろんですわ。天にまします偉大なる主。その眷属たる麗しきレカエル様。わたくしにとってはレカエル様こそ最高の主の御業の体現なのです!」
若干レカエルへの個人崇拝が強い気もする。が、この世界にレカエルの主はいないのだ。
魂を吹き込んでいるときに主の存在は感じられただろうが、それでも目の前に見えるレカエルの事を強く崇めてしまうのは致し方ないかもしれない。
「ではイヴ。私があなたに望むことはひとつです」
「何なりとお申し付けくださいませ」
「この地に一人の男がいます。彼の妻となり、共に生き、大いに繁栄しなさい」
レカエルの言葉に一瞬固まるイヴ。しかしすぐに答えた。
「確かに承りました、レカエル様。わたくしのすべてはレカエル様のために。ご命令であれば、いかなる男にも身をゆだねてみせますわ」
考えて見れば、創ってからすぐに『ある男と結婚しろ』と命じているのである。少しレカエルは気が咎めた。
「……もしかして、気が進まないのですか?」
「とんでもありません」
イヴは激しく首を横に振る。
「レカエル様が望むのでありましたらこのイヴ、娼婦のようにふるまって御覧に入れますわ。どんな男の獣欲のはけ口となっても、甘んじて悦んでみせましょう」
「い、いえ。そんなに非道なことをさせるつもりはないですが……」
しかしイヴは熱のこもった眼で続ける。
「お気になさらないでくださいませ。レカエル様のお言葉通り、男をたぶらかし、子種を搾り取り、子を産み増やして地を満たしましょう。差し当たっての目標は20人ほどでしょうか」
レカエルは自分がひどくあくどいことをしている気分になってきた。しかしイヴは気にした様子もない。
「それに、レカエル様の望みでわたくしが子を成すのですわ。これはもうレカエル様とわたくしの子と言っても過言ではございません!」
……なんだか創り方を間違えたかもしれない。一瞬のそんな考えをレカエルは捨てる。神のためならどんなことも厭わない人間。理想的……なはずだ。
「イ、イヴ? あなたの望みがあるなら、望んでも構いませんよ?」
罪悪感を感じてそう言うレカエル。するとイヴは少し顔を赤らめながら答えた。
「まあ! この塵芥に過ぎないわたくしに、祝福をくださるのですか!」
「ええ、私にできる事であれば」
「でしたら是非……」
イヴはレカエルに近づき、小首を傾ける。
「この僕に、レカエル様の口づけをくださいませ」
「……はい?」
瞬時に固まるレカエル。
「この世に生を受ける前。レカエル様の可憐で、慎ましやかで、それでいて熱い愛情を感じたのですわ。この僕に祝福をくださるというのであれば、是非もう一度」
「いえいえいえ、でも。しかしですね!」
先ほどまでは自我のない、いわば人形に対してするそれだったのである。こうなってしまっては勝手が違う。
「……そうですわね。下僕の身で過ぎたことを願いましたわ。忘れてくださいませ、レカエル様。生まれてから初めての唇の純潔はその男にでもくれてやりましょう」
「……うっ」
残念だが仕方がない、といった感じで微笑むイヴ。レカエルは諦めて言った。
「……目をつぶっていなさい」
……決してエウラシアの『胸の大きい女性がいい』という意見にほかの二人が反発したからではない。重要な議題の一つではあったが。
ああでもない、こうでもない。時間ばかりが過ぎていった。
「これならばいっそ、いつものようにそれぞれで女の子を創ってみますか」
疲れ切ったように言うレカエル。普段ならそれでもいいのだ。
「でも今回は一人の人間のお嫁さんだよ?」
元世界で、現在の人間界のトレンドは一人の男が一人の女性を娶る一夫一妻制である。
「それぞれの女の子をあの人間に引き合わせましょう。あの者自身に選ばせればよいのです」
「なるほど。異世界ミスコングランプリだね」
投票者はたった一人だが。
「選ばれなかった者は、その主の眷属として遇すればよいでしょう」
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「フェアに行きたいので、これはお分けします」
レカエルはあばら骨を三つに分かつ。一つをツツミに、もう一つをエウラシアに渡した。
「では、お互い良き伴侶を創りましょう」
レカエルは一人神殿に戻ると、神に祈りを捧げる。身を清め、寝台にあばら骨を置いて創造を始めた。
アトムを集め、あばら骨を通してあの人間の姿を思い浮かべる。寝台の上に人型の光がかたどられ、収束していく。
祈るように、願うように両手を前に組み、自分が創りたい存在を強く思い浮かべる。やがて、寝台には一人の女の子が横たわっていた。
年のころはあの人間と同じくらい。受け入れられやすいように、黒い髪、肌の色、瞳の色なども男とおそろいだ。服はレカエルの物と同じ、白いワンピースである。
ここまではすぐにできた。しかし寝台の彼女はピクリとも動かない。まだ生きてはいない、ただの人形である。これを生きるものにしなければならない。
「んっ……」
レカエルは横たわる彼女の顔に自分の顔を近づける。目を瞑り、唇を重ねた。
合わせられた唇から、レカエルは息を吹き込んでいく。同時に『魂』とでもいうべき存在が、レカエルから彼女に流れ込んでいった。
ただ物質としてあるだけではなく、一つの生命として、他の物とは違う存在としてここに在りますように。願いを込めながら接吻を続ける。
「……ぷはっ」
息苦しさを感じてレカエルは顔を上げた。彼女の唇からレカエルの唾液が糸のように伸びる。そっと手で拭ってあげた。
「……まだ足りませんね」
すぐに終わる仕事ではないらしい。レカエルは息を整えると、再び目を閉じた。
こうして何日が過ぎただろうか。何度目かわからない口づけをした瞬間、寝台の彼女の胸のあたりがドクンと鳴った。顔に生気がさしはじめる。
「主よ、新しい人の子に祝福を」
レカエルがそういうと、寝ている彼女の瞼が少し震えた。ゆっくりと目が開かれる。しばらく焦点のあっていなかった目は、やがてレカエルを捉えた。
「ああ、ああ、ああ!」
彼女は歓喜の声を上げ、寝台から立ち上がってレカエルに跪く。よく見ると涙すら流していた。
「私がわかりますか? 人の子よ」
レカエルの言葉に、彼女はそのままの体勢で答える。
「もちろんですわ! あなたは塵に過ぎなかったわたくしに命をくださった方です!」
「レカエルです。私の力ではありません。大いなる主の御業です」
「はい、レカエル様! 感謝いたしますわ! どうか主とレカエル様に永久に変わらぬ信仰を捧げることをお許しくださいませ!」
レカエルは満足そうに微笑む。初の人間創造は、思い通りに進んだらしい。
「許しましょう、人の子よ」
「ありがたく存じます。この身は髪の一本、血の一滴に至るまで主とレカエル様に捧げさせていただきます!」
再び泣き出す彼女。レカエルはご満悦だ。彼女こそは、理想的な人間の在り方である。
「では、あなたに名前を与えましょう。あなたは『イヴ』と名乗りなさい」
「かしこまりました。わたくしはイヴ。レカエル様の忠実な下僕ですわ」
「……私の、というよりは主の僕ですよ」
「ええ、ええ、もちろんですわ。天にまします偉大なる主。その眷属たる麗しきレカエル様。わたくしにとってはレカエル様こそ最高の主の御業の体現なのです!」
若干レカエルへの個人崇拝が強い気もする。が、この世界にレカエルの主はいないのだ。
魂を吹き込んでいるときに主の存在は感じられただろうが、それでも目の前に見えるレカエルの事を強く崇めてしまうのは致し方ないかもしれない。
「ではイヴ。私があなたに望むことはひとつです」
「何なりとお申し付けくださいませ」
「この地に一人の男がいます。彼の妻となり、共に生き、大いに繁栄しなさい」
レカエルの言葉に一瞬固まるイヴ。しかしすぐに答えた。
「確かに承りました、レカエル様。わたくしのすべてはレカエル様のために。ご命令であれば、いかなる男にも身をゆだねてみせますわ」
考えて見れば、創ってからすぐに『ある男と結婚しろ』と命じているのである。少しレカエルは気が咎めた。
「……もしかして、気が進まないのですか?」
「とんでもありません」
イヴは激しく首を横に振る。
「レカエル様が望むのでありましたらこのイヴ、娼婦のようにふるまって御覧に入れますわ。どんな男の獣欲のはけ口となっても、甘んじて悦んでみせましょう」
「い、いえ。そんなに非道なことをさせるつもりはないですが……」
しかしイヴは熱のこもった眼で続ける。
「お気になさらないでくださいませ。レカエル様のお言葉通り、男をたぶらかし、子種を搾り取り、子を産み増やして地を満たしましょう。差し当たっての目標は20人ほどでしょうか」
レカエルは自分がひどくあくどいことをしている気分になってきた。しかしイヴは気にした様子もない。
「それに、レカエル様の望みでわたくしが子を成すのですわ。これはもうレカエル様とわたくしの子と言っても過言ではございません!」
……なんだか創り方を間違えたかもしれない。一瞬のそんな考えをレカエルは捨てる。神のためならどんなことも厭わない人間。理想的……なはずだ。
「イ、イヴ? あなたの望みがあるなら、望んでも構いませんよ?」
罪悪感を感じてそう言うレカエル。するとイヴは少し顔を赤らめながら答えた。
「まあ! この塵芥に過ぎないわたくしに、祝福をくださるのですか!」
「ええ、私にできる事であれば」
「でしたら是非……」
イヴはレカエルに近づき、小首を傾ける。
「この僕に、レカエル様の口づけをくださいませ」
「……はい?」
瞬時に固まるレカエル。
「この世に生を受ける前。レカエル様の可憐で、慎ましやかで、それでいて熱い愛情を感じたのですわ。この僕に祝福をくださるというのであれば、是非もう一度」
「いえいえいえ、でも。しかしですね!」
先ほどまでは自我のない、いわば人形に対してするそれだったのである。こうなってしまっては勝手が違う。
「……そうですわね。下僕の身で過ぎたことを願いましたわ。忘れてくださいませ、レカエル様。生まれてから初めての唇の純潔はその男にでもくれてやりましょう」
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