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第一章 世界創造編
25.楽しい冥界
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「さ、めんどくさい話も終わったことだし具体的な部分を詰めようか!」
ここまでの話し合いはいわば、『死者をいかに不快にさせないか』というものであった。今度は『死者をいかに楽しませるか』というものである。
「さあ何か案はないか、さあないか!」
「ツツミ。楽しそう」
「あったりまえだよん!」
元々ネガティブな話は性に合わないのである。冥界の大元に関わることだからちょっと真面目にしてみたが、面白い場所を創る相談の方がずっといい。
「というわけで、大往生も不慮の死ものべつまくなしに癒してしまう案はないかな?」
ツツミの問いにエウラシアは提案した。
「お布団。が。いいんじゃないかな」
「お布団? みんなに布団配るの?」
「世界が。お布団なの」
……エウラシアがいうのは、世界を一つの布団にしてしまおうという話だった。
どこまでも無限に広がるお布団。空も地平線の彼方も、目に見えるすべてがお布団である。
「お布団で。うたた寝する。あの気持ちよさを。……どこにいても」
「……怠惰がすぎるでしょう」
「大丈夫」
エウラシアはここぞとばかりに切り札を出した。
「素材の。羽毛は。……ペガサスに。提供してもらおう。……むしる」
「……そんな使い方をしようとする発想はあなたしかでないでしょうね」
仮にも神域の天馬の羽毛。柔らかいだろうか。
「これでも。自重したよ?」
「そうなの?」
「もっといい素材も。あるのに。……目の前に」
レカエルをじっと見つめるエウラシア。レカエルは言わんとしてることを理解してエウラシアの前から飛び退いた。
「だ、だめに決まってるでしょう! 最近あなた私の翼への扱いが怖すぎます!」
「心配。しなくても。しないよ」
「当たり前で……」
「量産さえ。できれば……。くっ」
……いつの日か、レカエルが大勢いるレカエル牧場ができるかもしれない。そんな風に思えるエウラシアの表情だった。
「レカエルは? なんかない?」
ツツミの問いにレカエルは少し考える素振りを見せる。
「その、ないわけでもありませんが……」
「お。いいねいいね。どんなアイデア?」
「……聖歌隊を。聖歌隊を作りたいのです」
賛美歌など、神を讃える歌を歌う聖歌隊を作り、発表をする場を設けたいらしい。
「鑑賞する側が楽しむことができるのはもちろんですが、歌う側も意義があります」
レカエル曰わく、存在する目的を見失いがちな冥界において、このようなやりがいを設けることは重要だそうだ。
定年退職後の趣味を見つける必要性と同じようなものだろうか。
「いいんじゃないかな。あの聖堂みたいなとこで大勢で歌ったら楽しそうだね。私も賛美歌を覚えるよ!」
「そ、その、ツツミは結構です」
レカエルは断った。言葉の文面だけで言えば、いつも通りの辛辣な返しである。しかしながら、どこか言いよどんだ様子であった。
普段通りの軽いやりとりとは違う雰囲気に戸惑い、ツツミもどこか気まずそうに反論する。
「え、えと、私も歌はそんなに苦手じゃないん、だけど。前聴いたレカエルの歌くらい上手とは言えないけど……」
「い、いいえ。私も歌う気はないのです。ツツミの歌唱力の問題ではなく」
「そうなの? 太陽を創ったときの歌声素敵だったのに。もったいないよ、なんでさ?」
ツツミの問いに、レカエルはしばらく目を背けていた。それでもじっと見つめ続けるツツミ。やがてあきらめたように小声でつぶやく。
「……私では、その、…………ているのです」
「え? ごめんなんて?」
「私では老いすぎているのです!!」
ためらいを捨てて叫ぶように言うレカエル。ツツミはあわててフォローに走る。
「いやいやいや、確かに私たちは人間からしたら実年齢はゴニョゴニョな感じだよ? 私も、最近は幕府とかないんだーって寂しく思うこともあるし」
余談だが、将軍もまだどこかにいると思っていた。
「でもそれで心まで老け込んだらどうしようもないじゃん! いつまでもチャレンジ精神旺盛な乙女でいようよ!」
「……人を勝手に精神的おばあさんにしないでください」
そういう問題ではなかったようだ。レカエルは語り始めた。
「世界で一番素晴らしい音を奏でる楽器は何だと思います? それは少年少女、変声期前の子供たちの発する歌声です!」
レカエル曰く、女の子にも声変わりというのはあるらしい。
「確かにまだ完成形とは言えない歌声です。しかしその不安定さが移ろう陽炎の様に美しいではありませんか! 変声期間近のぎりぎり熟れる直前といった時の声も素晴らしいですが、何よりなのは5、6歳位の子の声! 技術は稚拙ながらも一生懸命さが心を揺さぶるではありませんか、ああん、もう!!」
レカエルの口調は語るが進むにつれてどんどん上がっていく。
「そしてあの外見! つぶらな瞳、ぷにぷにの肌、ちっちゃな体躯! もうこのように、ガバッとしたい……。ぐふ、ぐふふふ」
「歌声。関係ない」
……今までに見たことがないテンションのレカエルである。
「レカエルって……子供大好き天使?」
「し、主が創り給うた人の子を愛しているだけです。とにかく聖歌隊は不幸にも夭折した子供たちで組織します!」
「う、うん。いいと思うよ」
絶対に個人の嗜好の結果だったが、ツツミはそれ以上何も言わないことにした。
「ツツミは? どんな。案が。あるの?」
「ふっふっふ。癒しといえばこれしかないんだよ。ずばり、田舎のおばあちゃんち!」
古き良きツツミの国の田舎風景と、実家の安らぎ。これをメインに据えた場所を創るつもりなのだ。
「家はもちろん和風で畳! 縁側は必須だよねー。ちょっと古すぎる感があるけど囲炉裏もあっていいかな? 電話は今は亡き黒電話。よく冷えた麦茶は飲み放題。絶妙にピントがずれたお菓子は食べ放題だよ!!」
本当にみんなのおばあちゃん的存在を創ってもいいかもしれない。妄想が加速するツツミだったが、レカエルが口をはさんだ。
「あの、ツツミ?」
「なあに?」
「その、イロリ、やクロデンワというのは……。察するに、ツツミの国の懐かしいものですか?」
「そう! ノスタルジーっていうのかな。いいよね、風情があって」
「……ツツミにとってはそうかもしれませんが。この世界で生まれ育った人間が、それを懐かしむことができるのですか?」
「…………あ」
……肝心なことを忘れていたツツミ。冥界の案はもう一度根本的に考え直すことになったのであった。
ここまでの話し合いはいわば、『死者をいかに不快にさせないか』というものであった。今度は『死者をいかに楽しませるか』というものである。
「さあ何か案はないか、さあないか!」
「ツツミ。楽しそう」
「あったりまえだよん!」
元々ネガティブな話は性に合わないのである。冥界の大元に関わることだからちょっと真面目にしてみたが、面白い場所を創る相談の方がずっといい。
「というわけで、大往生も不慮の死ものべつまくなしに癒してしまう案はないかな?」
ツツミの問いにエウラシアは提案した。
「お布団。が。いいんじゃないかな」
「お布団? みんなに布団配るの?」
「世界が。お布団なの」
……エウラシアがいうのは、世界を一つの布団にしてしまおうという話だった。
どこまでも無限に広がるお布団。空も地平線の彼方も、目に見えるすべてがお布団である。
「お布団で。うたた寝する。あの気持ちよさを。……どこにいても」
「……怠惰がすぎるでしょう」
「大丈夫」
エウラシアはここぞとばかりに切り札を出した。
「素材の。羽毛は。……ペガサスに。提供してもらおう。……むしる」
「……そんな使い方をしようとする発想はあなたしかでないでしょうね」
仮にも神域の天馬の羽毛。柔らかいだろうか。
「これでも。自重したよ?」
「そうなの?」
「もっといい素材も。あるのに。……目の前に」
レカエルをじっと見つめるエウラシア。レカエルは言わんとしてることを理解してエウラシアの前から飛び退いた。
「だ、だめに決まってるでしょう! 最近あなた私の翼への扱いが怖すぎます!」
「心配。しなくても。しないよ」
「当たり前で……」
「量産さえ。できれば……。くっ」
……いつの日か、レカエルが大勢いるレカエル牧場ができるかもしれない。そんな風に思えるエウラシアの表情だった。
「レカエルは? なんかない?」
ツツミの問いにレカエルは少し考える素振りを見せる。
「その、ないわけでもありませんが……」
「お。いいねいいね。どんなアイデア?」
「……聖歌隊を。聖歌隊を作りたいのです」
賛美歌など、神を讃える歌を歌う聖歌隊を作り、発表をする場を設けたいらしい。
「鑑賞する側が楽しむことができるのはもちろんですが、歌う側も意義があります」
レカエル曰わく、存在する目的を見失いがちな冥界において、このようなやりがいを設けることは重要だそうだ。
定年退職後の趣味を見つける必要性と同じようなものだろうか。
「いいんじゃないかな。あの聖堂みたいなとこで大勢で歌ったら楽しそうだね。私も賛美歌を覚えるよ!」
「そ、その、ツツミは結構です」
レカエルは断った。言葉の文面だけで言えば、いつも通りの辛辣な返しである。しかしながら、どこか言いよどんだ様子であった。
普段通りの軽いやりとりとは違う雰囲気に戸惑い、ツツミもどこか気まずそうに反論する。
「え、えと、私も歌はそんなに苦手じゃないん、だけど。前聴いたレカエルの歌くらい上手とは言えないけど……」
「い、いいえ。私も歌う気はないのです。ツツミの歌唱力の問題ではなく」
「そうなの? 太陽を創ったときの歌声素敵だったのに。もったいないよ、なんでさ?」
ツツミの問いに、レカエルはしばらく目を背けていた。それでもじっと見つめ続けるツツミ。やがてあきらめたように小声でつぶやく。
「……私では、その、…………ているのです」
「え? ごめんなんて?」
「私では老いすぎているのです!!」
ためらいを捨てて叫ぶように言うレカエル。ツツミはあわててフォローに走る。
「いやいやいや、確かに私たちは人間からしたら実年齢はゴニョゴニョな感じだよ? 私も、最近は幕府とかないんだーって寂しく思うこともあるし」
余談だが、将軍もまだどこかにいると思っていた。
「でもそれで心まで老け込んだらどうしようもないじゃん! いつまでもチャレンジ精神旺盛な乙女でいようよ!」
「……人を勝手に精神的おばあさんにしないでください」
そういう問題ではなかったようだ。レカエルは語り始めた。
「世界で一番素晴らしい音を奏でる楽器は何だと思います? それは少年少女、変声期前の子供たちの発する歌声です!」
レカエル曰く、女の子にも声変わりというのはあるらしい。
「確かにまだ完成形とは言えない歌声です。しかしその不安定さが移ろう陽炎の様に美しいではありませんか! 変声期間近のぎりぎり熟れる直前といった時の声も素晴らしいですが、何よりなのは5、6歳位の子の声! 技術は稚拙ながらも一生懸命さが心を揺さぶるではありませんか、ああん、もう!!」
レカエルの口調は語るが進むにつれてどんどん上がっていく。
「そしてあの外見! つぶらな瞳、ぷにぷにの肌、ちっちゃな体躯! もうこのように、ガバッとしたい……。ぐふ、ぐふふふ」
「歌声。関係ない」
……今までに見たことがないテンションのレカエルである。
「レカエルって……子供大好き天使?」
「し、主が創り給うた人の子を愛しているだけです。とにかく聖歌隊は不幸にも夭折した子供たちで組織します!」
「う、うん。いいと思うよ」
絶対に個人の嗜好の結果だったが、ツツミはそれ以上何も言わないことにした。
「ツツミは? どんな。案が。あるの?」
「ふっふっふ。癒しといえばこれしかないんだよ。ずばり、田舎のおばあちゃんち!」
古き良きツツミの国の田舎風景と、実家の安らぎ。これをメインに据えた場所を創るつもりなのだ。
「家はもちろん和風で畳! 縁側は必須だよねー。ちょっと古すぎる感があるけど囲炉裏もあっていいかな? 電話は今は亡き黒電話。よく冷えた麦茶は飲み放題。絶妙にピントがずれたお菓子は食べ放題だよ!!」
本当にみんなのおばあちゃん的存在を創ってもいいかもしれない。妄想が加速するツツミだったが、レカエルが口をはさんだ。
「あの、ツツミ?」
「なあに?」
「その、イロリ、やクロデンワというのは……。察するに、ツツミの国の懐かしいものですか?」
「そう! ノスタルジーっていうのかな。いいよね、風情があって」
「……ツツミにとってはそうかもしれませんが。この世界で生まれ育った人間が、それを懐かしむことができるのですか?」
「…………あ」
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