三人娘が異世界を創る ゆるく まったり いとをかし!

市上 未来

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第一章 世界創造編

30.忘れていたこと

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「では、本人も自分がどうしてこの世界にいるのかわかっていないのですね」

 相変わらず出自が謎の男である。

「うむ。しかし食器の使い方は覚えていたようだし、あばら骨を賜った僕らとは会話もできたから言葉も覚えている。わからないのは自分のことだけのようだ」

 ツツミたちと会話ができなかったのは記憶の喪失に伴う悪影響だったのだろうか。自身の一部であるあばらから生まれた三人によってその部分の記憶が刺激され、会話ができるようになったのであろうか。

 もっとも、ただ死にかけていてそれどころではなかったのかもしれない。

「不便でしたので、名前はこちらで付けましたわ。私はアダムとしたかったのですが……」
「それはイヴの名前の元となった女性の夫の名だろう。許すものか。僕はパーシーを押した」

 ミノタリアの元となった半牛を産んだ女性の名前をもじったらしい。

「わ、私はご主人様から一字頂ければなと思って……。結局合わせて『アツシ』となりました。本人も妙にしっくりきたそうです」

 こうして彼、アツシと三人はひとまず共に暮らす事になった。

「それにしても、だいぶ村っぽくなってるよね! 三人とも頑張ってくれたみたいで嬉しいよ。アツシ君も働いたのかな?」
「まあ、人間には少々過ぎた贈り物もしましたし。有効に使ってくれなければ困ります」

 四人の生活空間と思しき場所は元世界の古代の生活のような感じだった。

 穴を掘って木組みに枝をかぶせた形の家。竪穴式住居というのだろうか。これが四つある。

 周囲には稲が植えられているスペースがあるが、水田ではなく畑である。近くには塀に囲まれた場所があり、ヒツジがすやすや眠っていた。

「カシの。林も。できている。……なにより」

 それなりに満足げに頷く神使三人。しかし開拓してきたであろう娘たちはなにやら苦笑いのような表情を浮かべていた。

「え、ええ。素晴らしい贈り物のおかげですわ」
「ほ、本当ですね。ご主人様がた。ありがとうございました」

 なにやら煮え切らない感じのイブとタンチョウ。話を割って入ってきたのはミノタリアだった。

「はっはっは! 諸々準備したり収穫するための道具もあつらえてもらえれば最高だったのだがな!」
「…………あ」


 ツツミが用意した稲穂は普通の物よりとても早く実を結ぶ。レカエルのヒツジもたくさんの羊毛を短いスパンでとることができ、繁殖も早い。エウラシアのカシの木も、短期間で林といえるほどになった。

 初回特典サービスである。おそらく子孫を重ねるごとに多少スペックは落ちていくだろうが、かなり品質の良いものを用意した三人であった。

 ……道具に関してはすっかり頭から抜けていたが。

「いやはや。木を植え林にしたは良かったが、そのあとに途方に暮れたぞ。なにせ木を切るための斧も加工するための刃物も何もなかったのだ、はっはっは!」

 実に面白そうに笑うミノタリア。他意はないのだろうが心に突き刺さる。

「……そっか。地面を耕すのにもくわとかいるよね……。収穫のための刃物とか……」
「羊毛を刈り取るためのハサミ、いえせめてナイフだけでも用意しておけば……」
「……あ。おー」

 もしかしたらとてつもなくかゆいところに手が届かないプレゼントだったかもしれない。

「レカエル様が気に病む必要などございません! 何から何まで用意して頂いては成長はありませんわ! それを見越したうえでの試練だったのでございましょう?」
「……ごめんなさいイヴ。思いつかなかっただけです」

「ご、ご主人様! 稲穂は本当にすくすくと育ちました! 実るほどに首を垂れる黄金のじゅうたんは、見ていてとても美しかったです!」
「うんでも収穫できなかったら逆に嫌がらせだよね。ていうかよく植えられたね。ごめん、本当にごめん」

 気にさせまいとフォーローに走るイヴとタンチョウ。それがより二人を心苦しくさせる。

「いやなに。本当に気に病むことはないのだぞ? この通りなんとかなったのだからな!」

 こちらは一切慌てていないミノタリア。エウラシアが不思議そうに尋ねた。

「カシ。どうやって。うー。切ったの?」
「蹴り倒した!!」

 ……文字通り、足で蹴って倒したらしい。

「天界のスギたちほどの手応えはなかったな! 攻撃がよけられる心配も反撃される恐れもないのだから。はっはっは!」
「……蹴られたカシがミシミシと倒れたときは目を疑いましたわ」
「絶対冗談だと思いましたよね。本当にできるなんて……」

 エウラシアから与えられた身体能力がこんな形で役に立つとは思わなかっただろう。

「とはいえ、細かい加工はどうしてもできませんから。石器を作ることにしたのですわ」

 そういうとイヴは石でできたナイフを見せてくれた。特別加工がしやすい石でもない。ごく普通の石である。

「黒曜石でもあればやりやすかったのでしょうけれど……。仕方がないのでミノタリアにその辺の大岩を蹴り砕かせ、適当な大きさにさせました」

 ここでもミノタリアの足技が光ったらしい。というか彼女がいなかったら一体どうなっていただろう。

「ちょうどいい大きさの石を、私とイヴさんとアツシさんで細かく砕いたり磨いたりしたんですよ。なかなかうまく割れなくて……」

 タンチョウの視線の先には小石・大石がうずたかく積まれている。失敗作の墓場なのだろう。

「……ごめん。ほんっとーにごめん」
「だ、大丈夫ですっ! 最近は力の加減も分かってきたんですよ。イヴさんの羊毛用ナイフとか、アツシさんも使える石斧とか、私が作ったんです!」
「……切れ味は推して知るべしですわ。ヒツジは石のナイフで毛を切られると痛いのでしょう、最近わたくしを見ると逃げます」
「アツシもよく石斧なんかで塀とか家とか造ったものだ。木組みを組むための切込みまで最近は斧でやっている。じきに彫刻もできるんじゃないかな?」

 みんな妙な方向にスキルアップしているらしい。タンチョウがこぶしを握って宣言した。

「私、頑張って石器でノコギリとかハサミとか作れるようになります!」

 ……さすがにできることとできないことがあるだろう。早急に製作環境を整える決意をしたツツミたちであった。
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