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第一章 世界創造編
32.エウラシアの恋愛教室
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「それでは。恋愛講座を。開催します」
再び夜になり、エウラシアとお嫁さん候補三人は青空教室ならぬ夜空教室を開いていた。例によってアツシ氏には内緒である。そうでなければ昼間にできたのだが……。
「あの、エウラシア様」
「今日は。先生と。……呼んで」
イヴの問いかけにまず呼称を訂正させるエウラシア。
「では先生。……もうちょっとやる気のある姿勢を見せてはくださりませんの?」
エウラシアは体育座りの状態からコテンと横になったポーズである。一番やる気がないときの姿勢だった。
「うー。……眠いの」
「先生は昨夜の後睡眠時間は充分にとられたのでしょう!? わたくしたちは少し仮眠を取った後、昼間も働いていたのですよ!?」
ちょこまかと短い睡眠は取ったがほぼ徹夜である。見るとタンチョウも目がトロンとしているようだ。そんな中ミノタリアは元気だった。
「はっはっは! 情けないな二人とも。人間、寝る間を惜しんででも学ばねばならないこともあるさ」
「それが今回とはどうも思えないのですけれど……。ミノタリアは夜に強いのですね」
「いや? 僕はこうなることを見越して、昼間カシの林でぐっすりだったからな!」
「……誰もいないことをいいことにサボっていたんですのね」
なにはともあれエウラシアの講義が始まった。
「これから。いくつかの。物語を。聞いてもらう。その感想を。述べるように」
そう言ってエウラシアは紙芝居を取り出した。タンチョウがそれに目をやり尋ねる。
「あ、あの。それはエウラシア様……、いえ先生が描かれたんですか?」
「昼間。頑張った。……ほめて」
「あ、ありがとうございます……」
律儀に礼を言うタンチョウだったが若干言葉が揺れていた。それもそのはずである。
「ただの棒人間ではないか、主どの」
「……めんどくさくて」
「そこまで手間を惜しむのならば描かなければいいではないか、まったく」
ミノタリアのあきれた声は無視してエウラシアは話し始めた。
「その1。むかしむかし。美しい。ニンフが。いました。彼女は。自分で。話すことが。できませんでした」
とあるニンフがオリンポス最高神ヘラの怒りを買い、言葉を失ったそうである。彼女に許されたのは、ほかの人が言った言葉を繰り返すだけであった。
「そんな。彼女は。ある少年に。うー。恋を。しました」
女からだけでなく男からも愛されるような美少年だったらしい。ニンフは彼と愛し合う仲になりたかった。
しかし少年は自分の言葉を返すだけのニンフにうんざりし、フッてしまったのだという。
「ニンフは。悲しみから。やつれていき。声だけの。存在と。なってしまったとさ。……さあ。感想を。言って」
「と、とても悲しいお話だと思います……。かわいそうなニンフさん……」
「まったく、そのような男は死を持って償うべきですわ。乙女心を踏みにじったのですから」
「ふむ。男とうまくいかなかったからといって、食事をおろそかにしてはいけないな。そんなときこそむしろ食べねば」
三者三様の感想を述べる娘たち。しかしエウラシアの意図したところではなかったらしい。
「違う。この。物語の。教訓。……話の。つまらない。女は。もてない」
……ものすごく俗っぽい結論が飛び出したものだった。
「せ、先生。 あの、それはそのニンフさんに対してあんまりにもあんまりなのでは……」
同情的なタンチョウにかまわず、エウラシアはイヴに言う。
「ちなみに。少年も。天罰で。死んだよ。イヴ。いい線。いってた。1ポイント」
「ふん! 当然ですわ」
鼻息の荒いイヴ。そしてポイント制であることが明らかになった。
「その2。ある。人間の。娘が。結婚。しました。立派な。宮殿に。夫と。二人」
しかしその夫は声はすれども一向に姿を見せなかったのだという。唯一会えるのは夜の寝所だけであったが、それも真っ暗にして、決して姿を見てはいけないと約束させられたのだった。
「ですが。娘は。約束を。破り。蝋燭の。明かりで。照らして。しまったのです」
そこにいたのは実は神様、それも非常に顔立ちの整った男だったのである。男は約束が破られたことに怒り悲しみ、娘の元から去っていった。神と人間の結婚はそのときタブーだったのである。
「娘は。諦めませんでした。オリンポスに。赴くと。男の。母親から。たくさん。いやがらせが」
大量の混ざった穀物を種類ごとにより分けろ、凶暴な羊の毛を刈って来い、などである。
「娘は。頑張りました。やがて。夫だった男の。手助けも。あって。再び。結ばれたのでした。……さあ。いってみよう」
むむむ、と考え込む三人。エウラシアの傾向と対策を練らねばならない。
「その、最初に好奇心に身を任せて姿を盗み見なければ、苦労もなく幸せだったと思います」
「愛とは勝ち取るもの。そういうことですわ」
「……読めた! 声はすれども姿が見えない男。これは先ほどの声だけになってしまったニンフの縁者だな! そうだろう主どの」
エウラシアは再び首を横に振る。
「答え。……夫の。お母さんとは。仲良く。ね」
「……身もふたもないまとめ方ですわね」
完全に脱力してしまったイヴ。
「ちなみに。男と。ニンフは。関係ない。あるのは。ニンフの。声を。奪った。ヘラ様と。夫の。母親」
関係あるというか、まんま同一人物らしい。
「ミノタリア。惜しかった。1ポイント」
「ふむ。まぁよしとしようか!」
いまだポイントのないタンチョウがおずおずと言う。
「先生。アツシさんはお母様がどこにいるかもわからないのですが……」
「……タンチョウ。1ポイント」
なにやらポイントがもらえてしまった。
エウラシアの講義はこんな感じで進んだ。一般的に悲恋だとか美談だとかされている物語に斜めの角度で切り込んでいく。正解はまったくでなかった。
「次が。最終問題」
疲労困憊といった感じの三人を尻目にエウラシアが告げる。
「最後の。問題は。1万ポイント」
「またむちゃくちゃを仰って……」
「お約束。らしいから。……ツツミが。言ってた」
泣いても笑っても笑うしかなくても最終問題である。
「ある。女神様が。人間の。男に。恋を。しました。男が。寝ている。夢の中でだけ。会いました」
愛し合うようになった二人。夢の世界での逢瀬が重ねられる。しかし人間である男は女神と違って老い、やがて死んでしまう。
考えた末、二人はある結論を出した。
「男は。永遠に。眠り続ける。ことになりました。年は。とりません。死にません。……でも」
男は自分の生活を失う。家族も、友人も、それまで持っていたすべてを捨てることになる。
不老不死と引き替えに、人間らしい暮らしはできなくなってしまうのだ。男も、女神も苦渋の決断だった。
それでも、例えどんな対価を支払うことになっても。二人は共に『生きる』ことを望んだのであった。
「女神様は。毎晩。男のもとで。寄り添って。永遠に。愛し合いましたとさ」
「……ひっく、えぐっ。うう……」
感極まったのか泣き出してしまったタンチョウ。ほかの二人もどこかしんみりしている。
「ぐすっ。先生。もうこのまま美しい話で終わりでいいじゃないですか」
「確かにこれを茶化すのは気が重いですわね……」
「どの道正解できるとも思えないしな、はっはっは」
回答を放棄した三人。エウラシアは一応模範解答を提示した。
「二人の。間には。子供。50人。いたんだって。……みんなも。寝込みを。襲おう」
……やはり聞かなければよかった。無言ながらも三人の意見の一致を見て恋愛教室は終わった。
再び夜になり、エウラシアとお嫁さん候補三人は青空教室ならぬ夜空教室を開いていた。例によってアツシ氏には内緒である。そうでなければ昼間にできたのだが……。
「あの、エウラシア様」
「今日は。先生と。……呼んで」
イヴの問いかけにまず呼称を訂正させるエウラシア。
「では先生。……もうちょっとやる気のある姿勢を見せてはくださりませんの?」
エウラシアは体育座りの状態からコテンと横になったポーズである。一番やる気がないときの姿勢だった。
「うー。……眠いの」
「先生は昨夜の後睡眠時間は充分にとられたのでしょう!? わたくしたちは少し仮眠を取った後、昼間も働いていたのですよ!?」
ちょこまかと短い睡眠は取ったがほぼ徹夜である。見るとタンチョウも目がトロンとしているようだ。そんな中ミノタリアは元気だった。
「はっはっは! 情けないな二人とも。人間、寝る間を惜しんででも学ばねばならないこともあるさ」
「それが今回とはどうも思えないのですけれど……。ミノタリアは夜に強いのですね」
「いや? 僕はこうなることを見越して、昼間カシの林でぐっすりだったからな!」
「……誰もいないことをいいことにサボっていたんですのね」
なにはともあれエウラシアの講義が始まった。
「これから。いくつかの。物語を。聞いてもらう。その感想を。述べるように」
そう言ってエウラシアは紙芝居を取り出した。タンチョウがそれに目をやり尋ねる。
「あ、あの。それはエウラシア様……、いえ先生が描かれたんですか?」
「昼間。頑張った。……ほめて」
「あ、ありがとうございます……」
律儀に礼を言うタンチョウだったが若干言葉が揺れていた。それもそのはずである。
「ただの棒人間ではないか、主どの」
「……めんどくさくて」
「そこまで手間を惜しむのならば描かなければいいではないか、まったく」
ミノタリアのあきれた声は無視してエウラシアは話し始めた。
「その1。むかしむかし。美しい。ニンフが。いました。彼女は。自分で。話すことが。できませんでした」
とあるニンフがオリンポス最高神ヘラの怒りを買い、言葉を失ったそうである。彼女に許されたのは、ほかの人が言った言葉を繰り返すだけであった。
「そんな。彼女は。ある少年に。うー。恋を。しました」
女からだけでなく男からも愛されるような美少年だったらしい。ニンフは彼と愛し合う仲になりたかった。
しかし少年は自分の言葉を返すだけのニンフにうんざりし、フッてしまったのだという。
「ニンフは。悲しみから。やつれていき。声だけの。存在と。なってしまったとさ。……さあ。感想を。言って」
「と、とても悲しいお話だと思います……。かわいそうなニンフさん……」
「まったく、そのような男は死を持って償うべきですわ。乙女心を踏みにじったのですから」
「ふむ。男とうまくいかなかったからといって、食事をおろそかにしてはいけないな。そんなときこそむしろ食べねば」
三者三様の感想を述べる娘たち。しかしエウラシアの意図したところではなかったらしい。
「違う。この。物語の。教訓。……話の。つまらない。女は。もてない」
……ものすごく俗っぽい結論が飛び出したものだった。
「せ、先生。 あの、それはそのニンフさんに対してあんまりにもあんまりなのでは……」
同情的なタンチョウにかまわず、エウラシアはイヴに言う。
「ちなみに。少年も。天罰で。死んだよ。イヴ。いい線。いってた。1ポイント」
「ふん! 当然ですわ」
鼻息の荒いイヴ。そしてポイント制であることが明らかになった。
「その2。ある。人間の。娘が。結婚。しました。立派な。宮殿に。夫と。二人」
しかしその夫は声はすれども一向に姿を見せなかったのだという。唯一会えるのは夜の寝所だけであったが、それも真っ暗にして、決して姿を見てはいけないと約束させられたのだった。
「ですが。娘は。約束を。破り。蝋燭の。明かりで。照らして。しまったのです」
そこにいたのは実は神様、それも非常に顔立ちの整った男だったのである。男は約束が破られたことに怒り悲しみ、娘の元から去っていった。神と人間の結婚はそのときタブーだったのである。
「娘は。諦めませんでした。オリンポスに。赴くと。男の。母親から。たくさん。いやがらせが」
大量の混ざった穀物を種類ごとにより分けろ、凶暴な羊の毛を刈って来い、などである。
「娘は。頑張りました。やがて。夫だった男の。手助けも。あって。再び。結ばれたのでした。……さあ。いってみよう」
むむむ、と考え込む三人。エウラシアの傾向と対策を練らねばならない。
「その、最初に好奇心に身を任せて姿を盗み見なければ、苦労もなく幸せだったと思います」
「愛とは勝ち取るもの。そういうことですわ」
「……読めた! 声はすれども姿が見えない男。これは先ほどの声だけになってしまったニンフの縁者だな! そうだろう主どの」
エウラシアは再び首を横に振る。
「答え。……夫の。お母さんとは。仲良く。ね」
「……身もふたもないまとめ方ですわね」
完全に脱力してしまったイヴ。
「ちなみに。男と。ニンフは。関係ない。あるのは。ニンフの。声を。奪った。ヘラ様と。夫の。母親」
関係あるというか、まんま同一人物らしい。
「ミノタリア。惜しかった。1ポイント」
「ふむ。まぁよしとしようか!」
いまだポイントのないタンチョウがおずおずと言う。
「先生。アツシさんはお母様がどこにいるかもわからないのですが……」
「……タンチョウ。1ポイント」
なにやらポイントがもらえてしまった。
エウラシアの講義はこんな感じで進んだ。一般的に悲恋だとか美談だとかされている物語に斜めの角度で切り込んでいく。正解はまったくでなかった。
「次が。最終問題」
疲労困憊といった感じの三人を尻目にエウラシアが告げる。
「最後の。問題は。1万ポイント」
「またむちゃくちゃを仰って……」
「お約束。らしいから。……ツツミが。言ってた」
泣いても笑っても笑うしかなくても最終問題である。
「ある。女神様が。人間の。男に。恋を。しました。男が。寝ている。夢の中でだけ。会いました」
愛し合うようになった二人。夢の世界での逢瀬が重ねられる。しかし人間である男は女神と違って老い、やがて死んでしまう。
考えた末、二人はある結論を出した。
「男は。永遠に。眠り続ける。ことになりました。年は。とりません。死にません。……でも」
男は自分の生活を失う。家族も、友人も、それまで持っていたすべてを捨てることになる。
不老不死と引き替えに、人間らしい暮らしはできなくなってしまうのだ。男も、女神も苦渋の決断だった。
それでも、例えどんな対価を支払うことになっても。二人は共に『生きる』ことを望んだのであった。
「女神様は。毎晩。男のもとで。寄り添って。永遠に。愛し合いましたとさ」
「……ひっく、えぐっ。うう……」
感極まったのか泣き出してしまったタンチョウ。ほかの二人もどこかしんみりしている。
「ぐすっ。先生。もうこのまま美しい話で終わりでいいじゃないですか」
「確かにこれを茶化すのは気が重いですわね……」
「どの道正解できるとも思えないしな、はっはっは」
回答を放棄した三人。エウラシアは一応模範解答を提示した。
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