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第一章 世界創造編

34.翼ある痴女

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「くっ……この私が囚われの身になるとは……」

 ツツミは悲壮な覚悟で言った。全身を縛られ、地面に転がされても瞳はまだ生きている。

「殺すなら殺せ。どんな拷問でもやってみるといい。だが覚えておけ。私は何があっても仲間を売ったりしない!」

 誇り高きウカノミタマの眷属として、仲間を信じる仁義の戦士として。ツツミは目の前の虚空に言い放った。



「…………ではお言葉に甘えて」
「あ、レカエル。縄跳びはもういいの? ていうかなんで草履脱がすの? ってちょっと待って! や、やめ、きゃ、きゃははははははは! レカエ、ひゃん! 足の裏、ひゃははは、足の裏はダメ!」

 草履を脱がし足の裏をくすぐり始めるレカエルにツツミは悶絶した。ひとしきり弄んでからレカエルが尋ねる。

「で、なにをやっているんです」
「いや、レカエルがすごい勢いで上達しちゃったからつまんなくて。捕らわれの女騎士ごっこ」
「……なんですかその寂しい一人遊びは」

 レカエルが縄跳びに夢中になっているのを横目に、ツツミは自分で自分を縛り妄想していた。今のツツミは仲間を逃がすため一人戦場に残り捕虜となった女騎士である。

「私もちょっと遊びすぎましたが……。馬鹿をやってないで仕事に戻りましょう」
「うん。あの、レカエル……」
「なんですか?」
「お願い。ほどいて。自分でできなくなっちゃった」
「……わき腹もいっておきますか」
「や、やだ! 足の裏もわき腹も、ていうか私くすぐり全般ダメだか、あっはははははははは!!」




 かなり余計な時間を使ってしまったが、ツツミの創造の始まりである。

「はぁ、はぁ、ふぅ……。私は色んな道具の供給をするよ」

 息を整えながら説明するツツミ。取り出したのは何の変哲もない石ころである。

「それが道具の材料ですか? 普通の石に見えますが」
「うん、これはただの石ころ。その辺で拾ったんだ。重要なのはここから。昼間のうちに創っておいたから行こう!」

 レカエルを伴って、ツツミは少し離れた場所へ移動した。

「着いたよ!」
「これは……泉、ですか」

 集落から少し離れたところに大岩が転がっている地帯がある。それをすり抜けるように進んだ目立たない場所に、美しい泉ができていた。それほど大きくはない。

「きれいな泉ですが……。水源は集落の近くに川があったと思いますが」
「まあ水もすごくおいしい泉だけどね。もっと特別な仕掛けがあるんだよ、それっ」

 ツツミは持っていた石を泉に投げ込んだ。ぽちゃん、と音を立てて石は沈んでいく。

 やや間があって、泉の水面上にもやが立ち込め始めた。煙のように辺りに立ち込め、視界がなくなる。しかしそれも短い時間のことで、すぐに靄は晴れた。

『こんにちは!』
『ようこそ真実の泉へ!』

 晴れた靄の後には、小さな男の子と女の子がいた。5,6歳くらいだろうか。二人とも浴衣ゆかた姿である。

 男の子は黒地に白い格子模様、頭には麦わら帽子をかぶっている。女の子の方は白地にピンクの花があしらわれた浴衣で、カラフルな風車を手にしていた。

『ツツミ様! さっそくお客様なの?』
『わーい!第一号だ!』

 はしゃぐ二人。ツツミは笑いかけながら答えた。

「んー、プレオープンってとこかな? まあ二人とも、ごあいさつできるかな?」
『うん!』

 女の子がレカエルの前に出てきて元気よく言った。男の子もそれに倣う。

『はじめまして! わたしはコガネ。この泉の精だよ!』
『ぼくはシロガネ! ぼくもこの泉の精だよ!』

 元気よくにっこり挨拶できたコガネとシロガネ。順番から言えばレカエルが挨拶を返すタイミングなのだが……。

「…………」
「……レカエル?」

 レカエルは無言である。いまさらツツミの眷属に無視を決め込む姿勢という訳でもないだろう。ツツミがレカエルを伺うと……。

「……えっ?」

 ひどくだらしない顔のレカエルがそこにいた。頬は緩み、口は半開きで目はうるんでいる。なんというか、快楽に身を任せている表情だった。

「きゃ、きゃ、きゃ……」

 ようやく動き出したレカエル。壊れた音楽プレーヤーの様に短音を発していたが次の瞬間二人に抱き着いた。

「きゃ、きゃわいい!!」
『きゃあ!?』
『わっ!?』

 いきなりの抱擁に驚きの声をあげるコガネとシロガネ。レカエルは構わず二人に頬ずりを始めた。

「きゃわいい、きゃわいいです! ああんもうちっちゃいいですねーやわらかいですねー。おなまえ、じょうずにいえましたねー。私はレカエルですよー。レカエルおねえちゃんってよんでもいいんですよー。コガネちゃんの髪さらっさらですねー。シロガネちゃんのからだはあったかいですねー。よーしよしよし。うふ、うふふふふ」



 ……誰だろう、ここにいる翼ある痴女は。

『レカエルおねえちゃん? くすぐったいよー』
『あははははは! ほっぺすりすりー』

 子供ながらの柔軟性か、すぐに打ち解け始めるコガネとシロガネ。ついていけていないのはツツミだけだった。

「あの……レカエルおねえちゃん?」
「誰がおねえちゃんですか」

 普段通りに戻り、キッとツツミに視線をやるレカエル。ツツミはおねえちゃんと呼んではいけないらしい。

「いやもうどこからツッコんだものかわかんないんだけど。きゃわいいってなに? かわいいってこと?」
「かわいい、の最上級にあたる形容詞です」

 どうやら噛んだわけでもなかったようだ。

「ツツミ。あなたは悪魔の眷属ですが、使いを創るセンスはそれなりにあるようですね。小さな体。高い体温。キラキラとしたおめめ、ぷくっとしたほっぺ! ああ、なんて、きゃわいい!!」

 話しながら徐々に再び表情が緩み切っていくレカエルである。

「う、うん、ありがと。……その、仕事に戻ってもいいかな」




 レカエルの暴走も一段落し、ようやく元の話に戻ることになった。

「えっと、おほん! じゃあ二人とも、お仕事の時間だよ」
『はーい!』
『頑張る!』
「がんばって! おねえちゃんもおうえんするねー」

 ものすごいやりにくさを感じながら、ツツミは言った。

「あ、あーしまった。泉に物を落としちゃったー」

 棒読みになってしまったのはまあ致し方あるまい。気にした様子もなくコガネが言った。

『おーこまっているものよ。あなたが落としたのは、この金の石?』
「いいえ、違います」

 次はシロガネが続ける。

『じゃあ、この銀の石?』
「いいえ、違います」

 再び否定するツツミ。今度は二人そろってコガネとシロガネが言う。

『じゃあ、このふつうの石?』

 ユニゾンした二人の問いかけに、ツツミは答えた。

「いいえ、違います」


『えー? じゃあなにをおとしたの?』
「んーとね。なんか斧だった気がする。鉄みたいなやつで、切れ味が良くて。あ、女の子でも使えそうな軽い奴だったなー」
「天罰!!」

 ゴスッという音と共にツツミの頭にレカエルの聖槍がめりこんだ。

「痛っ!! なにすんのレカエル!」
「いたいけな子供を騙すとは何事ですか! 投げ込んだのはただの石だったではありませんか! そんなに斧が欲しければこれを喰らいなさい!」
「あー! ついに斧だと認めた!」
「ち、ちいさな子にもわかりやすい言葉を使っただけです!」

 なおも天誅を与えようとするレカエルの服を、ちょいちょいとシロガネが引っ張った。

『だいじょうぶだよレカエルおねえちゃん。ぼくら、ちゃんとできるから。ちょっと探してくるからまっててね。行こう、コガネ!』
『うん、シロガネ!』

 二人は泉の中に戻っていった。しばらくすると再び水面から現れる。

『おまたせ!』
『はい、あなたが落としたのはこれでしょ?』

 二人は斧を手にしていた。木の柄と鉄の刃でできた普通の斧だ。持ってみると思いのほか軽い。注文通りの一品のようだ。

「これはいったい……」

 レカエルの問いにツツミが説明する。

「んっとね。最初に金のものと銀のものを自分が落としたと言ったらそこでおしまい。本当に落としたものを正直に答えたら、金と銀のもの両方がもらえる」

 ここまではツツミが知っている昔話通りである。もとはエウラシアの世界の話だったそうだが。そこからツツミはアレンジを加えたのだ。

「で、裏技をいっこ組み込んだんだよ。実際落としたものを、それでもないと言って断る。そしたら何を落としたか聞かれるから、望みの物を言えばいいの。そしたら持ってきてくれるよ」

 なんでも出せるという訳ではないが、斧くらいだったらすぐにコガネとシロガネは

「二人とも偉いんですね。……しかし、今後人間が増えれば悪用の恐れもあるのでは?」
「そのために目立たないところに泉を創ったんだし。そもそも何も落とさなければただの泉だしね」

 万が一何か落としたものがいても、普通は金銀に目がくらんで嘘をつくか、正直に答えてちょっとした臨時収入となるだけである。それくらいなら構わないだろう。

「泉の力と裏ルールに関してはあんまり他言しないようにさせるよ。もし今後広まってしまったら、その時また対策考えればいいしね。とにかく、二人ともよくできました!」

 コガネとシロガネの頭を撫でてあげるツツミ。二人も嬉しそうに笑っている。


 かなり先の話をしてしまえば、人間が増えてきた後この場所は伝説の泉として有名になってしまう。

 なんでもここは天使のお気に入りの場所であり、運が良ければ訪れる彼女の姿を拝むことができる、とかなんとか。泉の力よりまっさきに噂になったのはそんな話であった。
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