三人娘が異世界を創る ゆるく まったり いとをかし!

市上 未来

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第二章 人間に崇拝される編

53.変わらぬ天界

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「どどどど、どういうこと!?」
「おおおお、落ち着きなさいツツミ」

 状況が飲み込めず慌てふためくツツミ。それをたしなめるレカエルもまったくもって冷静さがない。

「ま、まずは状況を整理するのです。何故こうなったのか、それを考えればこれからどうすべきかも見えてくるはずです」
「なんでこんなことになったのかって……」
「あなたの主が失敗したに決まっているでしょう。とすれば、まずすべきことはひとつです」

 レカエルはツツミの神社に向かって歩き出す。

「忌まわしい悪魔の像をバラバラに切断しましょう。残骸は燃やして灰はいくつかに分け、土に埋めたり川に流したりするのです。さあ早く!」
「レカエル、それただの憂さ晴らしだよ!?」

 なんの解決にもならない現実逃避をとろうとするレカエル。やはりまだ混乱しているようである。

「黙りなさい! あの性悪な気取り屋の嫌味ったらしい悪魔ときたら! 嫌がらせを尽くした挙句失敗するとは何事ですか! どうせ盗み見しているのでしょう? ツツミも言ってやるのです!」
「え? え、ええと、やーい! ウカノミタマ様の役立たずー。無能者ー。若作りに必死なの知ってますからねー!」

 途中からただの悪口になっている。と、エウラシアが口をはさんだ。

「たぶん。転移の。儀式の。途中で。邪魔が。入った。からだと。思う」
「はい?」

 エウラシア曰く、転移術にはかなり高い集中と緻密な技が必要なはずらしい。軽口をたたきながら飄々と刀を振るっていたウカノミタマだが、実は相当高度な事をやっていたようだ。

「あの。剣舞の。最後に。……うー。意図して。いなかった。妨害が」
「それって……」

 思い当たる節はひとつしかない。ツツミはゆっくりとレカエルに視線を移す。それに連動するようにレカエルはあらぬほうに目をそらした。先ほどまでとは打って変わって穏やかに言う。

「ま、まあ失敗は誰にでもある事ですよね」
「完全にレカエルのせいじゃん!!」

 どうやら原因が明らかになったようだ。となればツツミがとるべき行動はただひとつ。

「ウカノミタマ様! 今からこの無能天使の神殿を焼き討ちにしてみせます! どうか見ていてくださいね、いつも優しくかっこいい、私の大好きなウカノミタマ様!」
「あ、こら! なに分かりやすく媚を売っているのですか! ウカノミタマ、ツツミはあなたの像の前歯を全部折るそうです!」
「ぎゃー! 告げ口禁止だって! 汚いよレカエル!」
「ツツミこそ焼き討ちとは何ですか! そんな神をも恐れぬ所業はこの私が許しません!」

 ウカノミタマがこの会話を聞いているかは知る由もないが、とりあえず若作りは言いすぎたかもしれない。挽回に必死になるツツミだった。




「おほん。ともかく……」

 言い争いが一段落し、レカエルが咳払いをして仕切り直した。

「大事なのはどうしてこうなったかではありません。これからどうするかが重要なのです」
「レカエルが言うのは釈然としないけど、まあそうだね」

 一言釘を刺さずにはいられなかったツツミ。レカエルは無視して話を続ける。

「この世界のどこがどう変化したのか。ひとつずつ確認していきましょう。差し当たっては……」

 レカエルは可能な限り首を上に向けた。ツツミとエウラシアもそれに倣う。三人揃って口がポカンと開いている。

「いくらなんでも大きくなりすぎでしょうこの木は!」

 エウラシアの木は三人のすぐ傍まで来ていた。目の前にあるそれはもはや壁である。幅も高さも果てが見えない巨木の幹に触れ、エウラシアがぽっ、と顔を赤らめた。

「……いやあ。照れる」
「その感想はよくわかんないんだけど……」

 自身の分身ともいえるこの木の成長は、エウラシアにとっては喜ばしい事らしい。答えるように木も体を震わせた。ちょっとした地震である。

「前から聞こうと思ってたんだけど、これ何の木なの?」
「さぁ?」
「いや、さぁではないでしょう」

 木の精であるニンフは一心同体である木と共に生まれる。しかしエウラシアはその種類に心当たりがないのだった。

「オリンポスでも。同じ木は。見たこと。ない」
「……まあスギたちをよく従わせられるのです。ただの木という事もないでしょうが……」

 ヤクスギ、レバノンスギたちはその周りに控えていた。ツツミたちが現れたのを知らせたのは彼ららしい。

 天界の木々にしてみれば、深遠な森ができるほど長く不在だった主の帰還である。喜んで踊っているように見えたのはあながち間違いではないかもしれない。

「天界の。維持は。みんなで。やって。くれてたって。神殿も。神社も。結構。きれい。らしいよ」
「そ、そうですか。ありがとう、みんな」

 ある程度自身の木とコミュニケーションが取れるエウラシア。その説明を聞いて微妙な表情になってしまったレカエルだった。……木々が掃除などしてくれていたのだろうか。シュールな絵だ。

「とりあえず、様子を見に行きましょうか」

 レカエルは神殿に、ツツミとエウラシアは神社に向かって確認することになった。




「……本当にきれいですね」

 神殿にたどり着いたレカエルは軽く息をのんだ。元世界に戻る前とほとんど変わらない神殿の様子である。広い庭も手入れがされ、荒れている様子はない。

 建物はさすがに創ったときほどの新しさは失われていた。しかしこちらも廃墟のような風ではない。むしろ年季が入った分、荘厳さが増したようにも見えた。

「スギたちには感謝しなければいけませんね。まあさすがに室内はホコリもたまって……。きゃっ!」

 レカエルは神殿の入り口のドアを開け、中に入る。目に入ってきたのは小さいスギたちが枝をハタキのように使って掃除をしている姿だった。

 スギたちはレカエルを見て手(枝)を止める。しかしそれも一瞬のことだった。ぺこりとお辞儀をするように幹を傾け、すぐに作業に戻る。

「ご、ご苦労様です」

 どうやらレカエルの想像以上に行き届いた手入れをしてくれていたらしいスギたちだった。

「ひとまず聖堂に行って主に祈りを捧げましょうか。……というかあの鬼畜悪魔、元世界に戻したのならば少しくらい御許に参ずる時間くらい……ん?」

 レカエルの独り言は近づいてくる空気の振動に遮られた。置いてある調度品の数々がカタカタと音をたてはじめる。

「……この既視感はまさか」

 レカエルは外に出て振動の元凶を探した。案の定、空から見たことのある影が接近してくる。

「……やはりですか」
『レカエル! たいへんたいへん!!』

 機影は移動型木製神社要塞ロボ『明星』だった。乗り込んだツツミが慌てた様子で呼びかけてくる。

「またそれで来たのですか! どうせなら飛べなくなっていればいいものを!」
『スギたちってすごいね! って、そんなことより一大事だよ! やっぱかなり未来だここ!』
「なんだというのですか、いったい!」

 『明星』が稼働できるまでに維持に力を尽くしてくれたらしいスギたち。手落ちがあるとも思えないレカエルに、ツツミは絶望したように言った。

『マンガが、ゲーム機がぁぁ!!』

 ……神社は神殿と同じように保たれていたらしい。城も同様である。しかし、時間の流れは元世界から持ってきたツツミのコレクションを蝕んでいた。

『ゲーム機は電源入らなくなってるし! マンガなんて触ったら崩れちゃうんじゃないかって感じにボロボロに……! 学園ラブコメが完全に古文書みたいな風合いにぃぃ!』
「なんですって……! では、コーリーベイたちの活躍を描いたあの本も……!」
『あ、それは葛籠に入れて持ち歩いてたから大丈夫。でも部屋に出しといたあれとかこれとかがぁ!』

 ショックのあまり思わず『明星』を起動して駆けつけてしまったらしいツツミ。天界のために腐心してくれたスギたちにも、無理なことというものはあったのだった。
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