上 下
1 / 5

落下

しおりを挟む
 なぜ人が争うかはこの進歩した13世紀の学問においても当然ながらわからない。
 なのに姫様は、宝玉のような眼を優しく輝かせ、そのようなことを私にいつも問いかける。
 ただの一平卒の私がわかるはずが無いのも勿論承知の上、という具合に。
 優しいお方だった。
 すべてを捨てて守りたいほど。
 だがそんなものは心意気に過ぎず、今、その華奢な命は私の手から零れ落ちる。

「もとと言えば父上が撒いた種、血が繋がってる限り仕方ないのです。敵がここまで来るのも時間の問題でしょう」

 普段のような微笑の中に哀しみが僅かに見えた。
 滅びの美しさだった。

「敗れた国の主の行く末など想像もしたくもないでしょう。ならば死にましょうかしら」

 大窓から身を乗り出した彼女の腕を思わず掴んだが、離さない理由は何一つ無かった。
 せめてご一緒させてください、と苦し紛れに言ったが、本心であることに気付かされた。
 その微笑が了承を意味することを知っているのが嬉しかった。
 しばらくして上体を傾け、二人で頭から地面を目指した。
 この瞬間が人生で一番長く感じているのが不思議でしょうがなかった。
 助かるかも、と考えたりもしたが、私は私の死の音を聞く、


『筈だった』



なぜ雨の音が聞こえるのか



私は死んだはずだ



そうだ私は死んだのだ



なぜ死んだのだろう?



ダメだ、何も思い出せない



 頭痛がして薄目を開けると雨が確かに降ってた。
 飛び起き辺りを見渡すと、隣に可憐な少女が寝ており、景色は地平線まで続く草原が見えるだけであった。
 美しい少女は15か16だろうか。
 死んだということ以外何も思い出せないでいたが、私は使命を思い出した。

 この人を守るために私はいる

 そのことは確実であって、なぜか普遍的であるように私は考えていた。
 この涙が流れる理由は当然わからないが、少女の肩を抱いていつまでも上を見ていた。
しおりを挟む

処理中です...